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第18話:命を語る剣(後編)

今回のエピソードは、フィンが「命を守るために剣を振るう」という覚悟を、初めて“語り”として剣に乗せて放つ回です。


仲間を信じて動き、仲間に支えられて立つ。

その中心でフィンが放った一太刀――《風語剣・壱ノ型 風薙》は、まだ未熟で、まだ拙いものかもしれません。

けれど、そこには確かに命への祈りがあり、繋がる力がありました。


“誰かの命を守るために剣を抜く”。

その覚悟が、彼の語りに初めて“形”として宿る瞬間を、ぜひ最後まで見届けてください。

夜の静けさが破られたのは、ほんの数秒のことだった。


 風の匂いが変わり、空気が揺れる。

 それに気づいた時には、もう――

 柵が破壊されていた。


 木々がなぎ倒され、土煙が立ち昇る。

 草屋根の家がひとつ、崩れ落ちる。

 村の外れから、獣のような咆哮が響いた。


 現れたのは、漆黒の巨体。

 亜魔獣スピットオーガ――人間の数倍の体躯を持つ魔物。

 牙は石を噛み砕き、両腕は大人二人分の太さがある。


 その背後に続くのは、牙を剥いた無数の魔物たち。

 斑紋を持つ獣、二足歩行の小型獣人、腐食性の触手を持つ虫型魔物――

 まるで一個の小隊のような構成だった。


 村人たちは凍りついたように立ち尽くし、やがて――叫び出す。


「化け物だァッ!!」「に、逃げろォッ!!」


 子どもが泣き、老人が腰を抜かす。

 男たちの何人かが、家族を引いて後方に下がった。


「ノーラ、リナ! 村人を納屋の裏へ誘導して!」


 フィンの声が響く。

 その言葉に、仲間たちは即座に動いた。


「了解! 子どもと年寄りは任せて!」


 リナが剣を抜き、村の中央へと走る。

 敵を睨みつけながらも、村人一人ひとりに声をかけて動かしていく。


 一方で、ノーラは無言だった。


 彼女は最短の動線を見極めるように、

 一直線に敵の先頭へと走る。


 前に出てきた獣型魔物が、口を開いて噛みつこうとした――その瞬間。


 ノーラの脚が、その顎を鋭く蹴り上げた。

 魔物の首がのけ反り、反射で開いた喉元に、ノーラの肘が食い込む。

 ぐしゃりと鈍い音がして、巨体が崩れた。


 次に、別の魔物が突っ込んでくる。


 彼女はかわさない。

 むしろ一歩、前に踏み出した。


 そして――跳ねる。


 横から飛び上がり、魔物の肩を踏み台にして反転、

 背後からその後頭部に回し蹴りを叩き込んだ。


 無音で、それでも鋭い。

 剣も魔法も使わず、ただその技と速度だけで、

 魔物を“処理”していく。


 彼女は誰にも指示を出さない。

 だが、その背中が、村人を導いていた。


 恐怖で立ち尽くしていた人々が、その動きに気づいて走り出す。


 誰かがノーラの袖を掴み、目を潤ませていた。

 ノーラは、その手を取る。

 乱暴ではなく、でも迷いもなく。


「……行け。いまなら通れる」


 小さく呟くその声に、子どもが頷いた。


 一人、また一人。

 人々が納屋の裏の細道へ走り出す。


「こっちは任せろー! ばっちり通路確保したからなーっ!!」


 リナの声が遠くで響く。

 剣で敵の足を止め、村人を後ろに走らせている。


 その声とノーラの静かな導き。

 ふたつの“支え”が、村を生かしていた。


 だが、その背後――


 地響きが、再び鳴る。


 スピットオーガが、ゆっくりと歩みを進めていた。

 牙を軋ませ、腕を振り上げる。


 その一撃が納屋に届けば、避難中の村人ごと吹き飛ぶ。


 リナもノーラも、今は村人の保護で動けない。


 ――なら、立つのは俺だ。


 フィンは、剣を握りしめた。


 鍛冶師に一度だけ打ち直してもらった、遺跡で拾った剣。

 名を与えた、たった一つの武器。

 **風薙かぜなぎ**が、その手の中にあった。


(死なせない。誰も。絶対に)


 彼は、ただ一歩を踏み出した。

フィンが、踏み出した。


 ――風が、止まった。


 まるで世界が、その一歩を“認識”したかのように。

 空気が凝固し、音が抜け落ちる。

 焔の揺らぎは止まり、舞っていた灰すら静止した。


 それを最初に察知したのは、敵だった。


 突進しようとしていた魔物の一体が、唐突に動きを止める。

 その脚が、地面に縫いとめられたように。

 明確な命令もなく、理由もなく、ただ“進めない”。


 フィンは剣を下ろしていない。

 構えたわけでもない。ただ一歩を、踏み込んだだけ。


 それだけなのに――空気が変わっていた。


「……うそ……」


 リナが漏らすように呟いた。


 あのフィンが。

 日常では、誰よりも小さく、優しく、叱られることも多い。

 でも、今その背中からは、“何か”が溢れていた。


 全身の産毛が逆立つような、圧倒的な気配。

 魔力とは違う。武の気迫とも違う。

 それは、もっと根源的なもの――命の意志そのもの。


 ノーラもまた、動きを止めていた。


 その眼で、フィンを正面から見据えていた。


(……これは)


 ノーラがかつて戦場で見た、ある英雄の姿と重なる。

 言葉を発さずとも、戦場を“従わせた”存在。

 ただ立つだけで敵の心を折り、味方の足を動かす。


 その“空気”が、今、目の前の少年から溢れていた。


 魔物たちがうめき声をあげる。

 前に出ようとするが、脚が鈍い。

 異常に気づいたのか、スピットオーガが咆哮を上げ、前進を促す。


 ようやく、魔物の一体が突進してきた。


 それでもフィンは、動かなかった。


 ――いや、動けなかったのではない。

 必要がなかったのだ。


 風が吹いた。


 その風は、村を包む空気ではない。

 フィンの内から溢れ出た語りの風だった。


 語りたい。守りたい。命を繋げたい。


 それは声ではない。叫びでもない。

 それでも――語りとして、世界に響いた。


(誰かが死ぬのを、もう見たくない。

 誰かの涙を、もう見過ごしたくない――)


(だったら、俺が“語る”。

 この命で、この剣で、“命を語る”。)


 風の中心にいたのは、小さな少年。

 だがその姿は、村の誰よりも、大きかった。


 突進してきた魔物の眼に、ほんの一瞬、迷いが走った。


 それは本能だった。


 なぜ、自分がこの小さな存在に恐れを抱くのか。

 理解できぬまま――魔物は咆哮とともにフィンへと迫る。


 リナが叫びかける。ノーラが駆け出そうとする。


 だが、その刹那――


「だったら、この魂ごとぶつける!!」


 フィンの声が、風に乗って轟いた。

 「だったら、この魂ごとぶつける!!」


 その叫びは、ただの気合ではなかった。

 語りだった。

 命を守るという意志を込めた、魂の咆哮だった。


 フィンの中で、何かが明確に繋がった。


 “語り”とは、ただ物語ることではない。

 誰かのために声を上げ、意志を貫くこと。

 “命を語る”とは、誰かの命を――生き方そのものを、語り継ごうとする行為だ。


 剣が、その意志に応えた。


 手の中の風薙が、わずかに震える。


 それはまるで、喜んでいるようにすら感じられた。


(風薙……お前も、俺と一緒に戦ってくれるんだな)


 フィンは剣を振るう準備をしながら、すっと呼吸を整える。

 深く吸い、ゆっくりと吐く。

 喉の奥が焼けるように熱い。

 だが、不思議と怖くはなかった。


 視界が、研ぎ澄まされる。


 突進してくる魔物。

 その肉の硬さ、肩の可動範囲、踏み込みの癖――すべてが見える。


 音も、空気の流れも、

 仲間の気配すら背中から伝わってくる。


 (俺は――“語る”。命を、今ここで)


 フィンが、地を蹴った。


 小さな足が、大地を強く踏みしめる。


 一歩、前へ。


 その瞬間、風が巻いた。


 まるで世界そのものが“語り”に共鳴するように。

 地面を這う風が、剣に吸い寄せられる。

 空気の粒が刃にまとわりつき、旋回し、形を変えていく。


 フィンの周囲に風の軌跡が描かれる。

 それは“目に見える語り”――意志のうねり。


「――風薙!!」


 剣が振るわれた。


 鋭く、鋭く、風を裂く。


 刃の届かぬ距離を越え、語りが斬りつける。


 風が“一閃”として形を得る。


 シュゥゥゥン――!!


 魔物の肩から腹へ、斜めに深く裂けた一閃。

 音速を超えたそれは、斬撃というより、風そのものの“裁き”だった。


 スピットオーガの巨体が、ひと呼吸遅れて跳ねた。

 衝撃波が土を巻き上げ、重い肉体が横に倒れこむ。


 地が揺れる。

 砂が舞う。

 耳鳴りが、残響のように村を包んだ。


 フィンは、剣を握ったまま立っていた。


 肩で息をしながら、手の中の風薙をじっと見つめる。


 遺跡で拾い、一度だけ鍛冶師に打ち直してもらった剣。

 その切っ先が、今も“風”を纏っていた。


「……ありがとな、風薙」


 語り終えた戦士のように、フィンは小さく呟いた。


「お前がいたから、俺は命を繋げた」


 風が吹いた。

 今度は、いつもの夜風。

 焔が揺れ、風が灰をさらっていく。


 崩れ落ちた魔物の巨体の前で、フィンは剣を下ろした。


 語りは届いた。

 命は守られた。


 だが、彼自身はまだ気づいていない。

 その剣が放った“斬撃”が、

 仲間にも、村人にも――そして、魔物たちにも――

 **「この少年はただ者ではない」**という、明確な印を刻みつけたことを。

静寂が降りた。


 あれだけ荒れていた村の空気が、今はまるで、

 水面のように穏やかだった。


 焔の明かりが揺れる。

 風が再び流れ始める。

 けれど誰もが、それを感じながらも――口を開けなかった。


 剣を握った少年が、一人、静かにその場に立っていた。


 フィン。


 その背は小さい。

 剣も、名剣ではない。

 けれど、その手にある剣は、確かに今――“語っていた”。


 倒れ伏したスピットオーガの巨体。

 その傷口は、一閃で斜めに裂かれ、血はほとんど流れていなかった。


 それは“破壊”ではなく、“静かな終わり”。


 フィンの剣が放った斬撃は、何かを断ち切っただけではない。

 **命の苦しみ、恐怖、暴走する力――その一切を“語って収めた”**かのようだった。


 その風景を見つめていたのは、仲間たちだけではない。


 村の子どもたちが、家の陰から顔を出していた。

 母に抱かれたまま、目を丸くして。

 老婆が、震える手を合わせていた。

 言葉にできぬ感情を、何かに預けるように。


 一人の少年が、呟いた。


「あの人……怖くない。すごいけど、全然怖くない」


 それは、子どもの感覚だからこそ、最も正確な言葉だった。


 その声を聞いていたリナは、そっと肩の力を抜いた。


 「そっか……そうだよね。うん、ほんと、それが全部だわ」


 彼女は唇を引き結びながら、フィンの背中を見つめた。


 ずっと、自分が前を行っていると思っていた。

 剣の腕では負けないと思っていた。

 でも今は、違う。


 この少年は、もう“背中を追う存在”になっていた。


(悔しい、けど……めちゃくちゃかっこいいな……)


 嫉妬はない。あるのは純粋な感嘆と、湧き上がる尊敬だけ。


 一方で、ノーラは、何も言わなかった。


 ただ静かに、微動だにせず、フィンの“気配”を見つめていた。


(あれは、偶然じゃない。意図してやった)


 それが分かるからこそ、何も言えなかった。


 意図して、風を纏わせ、語りを空間に拡張させ、敵を断った。

 ただの少年では、到底できない“領域”。


 その目は、どこまでも静かで、澄んでいた。

 だからこそ、ノーラは見逃さなかった。


 フィンが、“剣を振るう理由”をようやく自分の中で掴んだ瞬間を。


(……あれが、命を語る剣。あの名に、偽りはない)


 やがて、フィンが歩き出した。

 肩で息をしながら、仲間の方へ、ゆっくりと。


 リナが迎えに出てくる。


「よくやった、フィン!」


 彼女は駆け寄ってきて、勢いよく背中を叩いた。

 その力にフィンはたじろぐが、笑いがこぼれた。


「痛いって……でも、ありがとう」


「“ありがとう”はこっちの台詞でしょ! あんなの、反則じゃん……! かっこよすぎるよ……!」


 リナは目を潤ませながら、何度も何度も背中を叩いた。


 ノーラはその様子を見ていたが、口を開いた。


「……一太刀で、空気を変えた」


 フィンが振り返る。


「……ん?」


「その技、名前はあるのか」


 フィンは一瞬、考えるように目を閉じ、そして言った。


「たぶん……《風語剣・壱ノ型 風薙》。そう呼ぶべきだと思う」


「“壱ノ型”……?」


 リナが食いつくように尋ねた。


 フィンは頷いた。


「うん。もし、語るべき命がもっと増えたら、きっと“型”も増える。

 この剣が、もっと多くの物語を語れるようになったら、きっと――」


「……“弐ノ型”も、“参ノ型”も生まれるんだ?」


「うん。そんな気がする」


 その言葉に、ノーラは頷いた。

 リナはにんまりと笑って言った。


「じゃあその時は、ちゃんと“私たち”の物語も語ってよね?」


「……ああ、もちろん」


 フィンはそう言って、空を見上げた。


 風がまた、村を包んでいた。

 今度の風は、静かで、優しくて、温かかった。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!


第18話は、物語の中でもひとつの「区切り」であり、

フィンという主人公が「語り手」から「語る剣士」へと進化する第一歩でもあります。


小さな村での戦い。

リナとノーラの支え。

村人たちの命。

そして、フィンの想い。


この全てが重なり合って、《風語剣・壱ノ型 風薙》という“技”が生まれました。

彼がこれからどうやって「命を語る剣士」として歩んでいくのか、

どう“型”を増やしていくのか――


次回、第19話では、戦いのあとに残る“語り”が誰にどう届いていくのか、描いていきます。

そちらもどうぞお楽しみに!

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