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134話:勇者たちの誓約

封印の試練を終え、五つの鍵を携えて王都へ戻ったフィンたち。

冒険の功績はすでに証明されたが、それは終わりではなく――新たな始まりだった。

祝宴と称された場は、彼らにとって外交の舞台。

剣や魔法ではなく、言葉と信念で人々と向き合う時間が、ついに始まる。

石畳を踏みしめる音が、王都の喧騒に溶けていく。

 昼下がりの市場は賑やかだった。商人たちが威勢の良い声を張り上げ、焼き菓子の香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。だが、街路を歩く三人の心には、妙な静けさがあった。


 「……なんだか、みんなの目がこっちに集まってる気がする」

 セリアが小声で呟いた。


 確かに、市民たちの視線は彼らに注がれていた。驚きや憧れの眼差し、そして中には探るような色を帯びたものもある。噂は既に広まっているのだろう。――“鍵を持ち帰った者たちが戻った”と。


 リナは口元だけで笑った。

 「仕方ないわね。目立ちたくなくても、目立つ立場になっちゃったんだから」


 フィンは肩にかかる栗毛を払い、深く息を吐いた。

 「俺たちがやったことは、大きすぎる。四つの鍵を揃えて、封印の扉を前に立った。それだけで、もう普通の旅人じゃいられない」


 セリアは少し俯いて、胸の前で杖をぎゅっと抱きしめる。

 「……でも、怖いよ。みんなが見てるってだけで、なんだか息苦しい」


 リナが彼女の肩を軽く叩いた。

 「平気よ。見られるのに慣れるしかないわ。それに、見られてるからこそ背筋を伸ばして歩けるもの」


 フィンは二人のやり取りを聞きながら、周囲を注意深く見回していた。城下の空気は確かに明るい。だが、その裏に潜む影の気配――彼にはそれがどうしても気にかかっていた。


 やがて、三人は城へと続く大通りへと足を踏み入れる。

 白い城壁が陽光を浴び、威容を放っている。その姿は以前と変わらないはずなのに、いまの彼らには別の意味を帯びて見えた。ここは“外交”の舞台。己の力だけでなく、言葉と姿勢が試される場所だ。


 「……この門をくぐったら、もう後戻りはできない」

 フィンが小さく呟いた。


 セリアは不安げに彼を見上げる。

 「フィン……本当に、大丈夫?」


 フィンは少し考え込んでから、穏やかに微笑んだ。

 「大丈夫。俺一人じゃない。セリアとリナがいる。それだけで、怖くない」


 リナは剣の柄に手を添えたまま、真っ直ぐ前を見据えた。

 「なら、胸を張って行きましょ。ここまで来たんだから」


 兵士たちが槍を交差させ、三人の前に立ちはだかる。だが、案内役の兵が駆け寄り、短く言葉を交わすとすぐに槍は上がった。王宮の中枢が、彼らを“迎え入れる準備”を整えているのだ。


 城門の影をくぐった瞬間、外の喧騒が遠のいた。

 広がる石畳の回廊は静寂に包まれ、足音がよく響いた。


 「……本当に、始まるんだね」

 セリアの声は震えていたが、その瞳には確かな決意が宿っていた。


 フィンは頷いた。

 「うん。俺たちが選んだ道だ。ここで、試される」


 三人は並んで歩き続けた。

 その背に、市井のざわめきではなく、未来を見据える気配が重くのしかかっていた。

王宮の石造りの回廊を進む三人の靴音が、やけに大きく響いた。

 外の喧騒を断ち切るように、ここは静謐に包まれている。壁には精緻な紋章入りのタペストリーが掛かり、磨き込まれた床は松明の光を映して淡く輝いていた。


 「……こんなに静かだったっけ、王宮って」

 セリアが小声で呟いた。


 「前に来たときは、もっと慌ただしかった気がするわ」

 リナが応じる。その声音は落ち着いていたが、目は絶えず周囲を見回している。


 フィンは二人の後ろにちらりと視線を送った。

 「今回は俺たちを“迎えるために整えられている”んだろうな。余計な音も、余計な人影もない」


 やがて彼らは高い天井を持つ広間に通された。

 そこは「控えの間」と呼ばれる場所らしく、厚い絨毯が敷かれ、壁際には彫刻椅子が整然と並んでいる。


 兵士が無言で扉を閉めると、しんとした空気が降りた。


 「……待たされるのね」

 リナが腕を組み、背もたれに寄りかかる。


 セリアは落ち着かない様子で椅子に座り、杖を抱きしめていた。

 「王様とか……偉い人たちと話すんでしょ? なんか、心臓が苦しくなってきた」


 フィンは隣に腰を下ろし、穏やかに言葉をかける。

 「大丈夫だ。俺たちがやってきたことを話せばいい。嘘も誇張も必要ない。見てきたもの、感じたことを、伝えるだけでいいんだ」


 「……伝える、か」

 セリアは小さく繰り返し、やや顔を上げた。


 リナが小さく笑う。

 「フィンがそう言うなら、安心できる気がするわね。何せ、“語る者”なんだから」


 フィンは少し照れたように目を逸らした。

 「俺一人の言葉じゃ意味がないさ。リナもセリアも一緒に歩いてきた。その証を、ここで見せるだけだ」


 しばしの沈黙。

 だが、三人の胸中にある鼓動はそれぞれ高鳴っていた。


 その時――。


 重厚な扉が音を立てて開いた。

 長衣をまとった侍従が進み出て、一礼する。

 「お待たせいたしました。陛下がお会いになります」


 セリアは小さく息を呑み、リナは剣の柄に触れて深呼吸した。

 フィンは立ち上がり、二人を振り返る。

 「行こう。ここからが、本番だ」


 三人は歩みを揃え、開かれた扉の向こう――王の待つ謁見の間へと進んでいった。

玉座の間に、静寂が広がっていた。

 王国の臣下たちが並び、三人の姿を見つめている。背後の大理石の柱に掲げられた旗が、微かに風に揺れた。


 「……四鍵を携え、封印の扉を解き、精霊たちの力を我らにもたらした者たちよ」

 王が立ち上がり、厳かな声で告げる。


 その言葉に、臣下たちがざわめきを漏らした。

 だが王の瞳は真っ直ぐで、揺らぎはない。


 「フィン・グリムリーフ。汝は遠き地より来たりし王にして、いまや“精霊と盟約を結んだ勇王”なり」


 王は侍従から金の円環を受け取り、それを高く掲げる。

 「我らの国は、ここに汝を“同盟の証”として認める」


 フィンは一歩進み、堂々と膝を折った。

 王冠ではなく、象徴の環を頭上に掲げられる。

 それは物理的な権力を与えるものではなく、王都と精霊を結ぶ外交上の盟約の証だった。


 続いて王の視線がリナに向けられる。

 「リナ・カーティス。汝の剣はただ力を誇るものではなく、仲間を守り、この国をも守らんとした。その剣を讃え、ここに“守護騎士”の称号を授ける」


 玉座の間に歓声が広がる。リナは片膝をつき、剣を捧げる姿勢を取った。頬をわずかに赤く染めながらも、凛とした瞳で王を見上げる。


 そして、最後にセリアの番だった。

 王は微笑を浮かべ、彼女へ歩み寄る。

 「セリア。幼き身にして名を取り戻し、精霊の声を紡ぎ、仲間を導いた。その功を称え、“叡智の継承者”の名を与える」


 玉座の間が再びざわめいた。魔導師たちが驚きと羨望の眼差しを向ける。

 セリアは慌てて杖を抱え込み、しどろもどろに頭を下げた。

 「……は、はいっ! あ、ありがとうございますっ!」


 その純真な姿に、場の空気が和やかに笑みを帯びた。


 王は改めて三人を見渡し、厳かに告げる。

 「かくして我らは、三人の勇者を同胞と認め、精霊との盟約をここに記す」


 重厚な拍手が広間を揺らした。

 彼らはもはや、旅人でも挑戦者でもない。

 世界に認められた――精霊と人を繋ぐ、真の勇者だった。

玉座の間を辞した三人を待っていたのは、城館奥に設けられた饗宴の間だった。

 大理石の床は磨かれ、天井には精霊樹の枝から削り出されたシャンデリアが光を散らしている。長大なテーブルには果実酒や燻製肉、香辛料を効かせたスープが並び、香りだけで人の心をほどくほどに豊饒だった。


 「……すごい」

 セリアが小さく声を上げる。彼女の両の瞳は、豪奢な料理ではなく、そこに集う人々の数に驚いていた。


 すでに各国の使節や学者、騎士たちが席に着き、彼らを迎えるように視線を向けている。祝宴と銘打たれてはいたが、その実、これは“公開された外交舞台”だった。


 「気を抜くなよ」

 リナが隣で囁く。腰の剣に手をかける仕草は、祝宴の場であっても彼女の矜持そのものだった。


 フィンはゆるりと息を吐き、堂々と歩み出た。王としての威容を示すためにではない。ただ、“語る者”として正直に振る舞うために。



 乾杯の声が上がり、杯が交わされると、すぐに人々が三人のもとへ歩み寄ってきた。


 「おお、これが“風裂きの谷”を渡った勇者か!」

 「リナ殿、その剣は本当に精霊に認められたというのか?」

 「セリア嬢、もしよければ……その魔導書を一目でも」


 視線は、期待と好奇に満ちていた。


 リナは肩を竦めつつも、誇らしげに背中の剣を少し抜き、刃の紋様を見せる。周囲から歓声が上がり、若き騎士たちは憧れの眼差しでそれを見つめた。

 「守るために振るっただけよ。けど、この剣があるなら、私は何度でも仲間を守るわ」

 彼女の凛とした声は、広間を通して響き渡った。


 その隣で、セリアは魔導書を抱えながら困惑していた。学術院の老人や若き魔導師たちが、次々と質問を投げかけてくる。

 「その書は古代の叡智の断片では?」

 「どんな術式が記されているのですか?」

 セリアは頬を赤らめ、慌てながらも答えた。

 「ぜ、全部はまだ……でも、精霊の声を写したみたいで……開くたびに、風が響くんです」

 その言葉に、学者たちは息を呑み、まるで宝を見つけたかのように目を輝かせた。


 ――その光景を、フィンは静かに見守っていた。



 やがて、一人の大使が歩み寄ってきた。黒い羽根飾りをあしらった外套を翻し、鋭い目でフィンを見据える。

 「勇王フィンよ。五つの鍵を携え、封印を解いたと聞く。我が国はその功績を認めよう。だが――」

 大使の声は低く、広間に緊張を走らせた。

 「功績と責任は同義だ。その力をもって、何をするつもりか。我らに、答えを聞かせてもらおう」


 杯を傾けていた人々の手が止まり、視線が一斉にフィンへと注がれる。祝宴は、次の瞬間、試問の場へと変貌した。


 フィンは短く息を吸い込み、口を開いた。

 「――風は、境界を選ばない。だから俺は、その力を戦のためではなく、繋ぐために使う」

 広間に、静けさが落ちた。

 「四つの鍵も、五つ目の空の鍵も。どれも精霊が託したのは、支配のためじゃない。未来を繋ぐためだ。俺一人じゃない、リナも、セリアも……俺たちは仲間と共に、その証をここに持ち帰った」


 その言葉に、リナとセリアがそっと立ち上がり、彼の隣に並んだ。


 セリアは胸に魔導書を抱きしめ、震える声で続ける。

 「精霊は、忘れられることを一番怖がっていました。だから私は……ここで、彼らの声を伝えたい」


 リナもまた、剣の柄に手を置き、毅然とした態度で告げる。

 「私たちが戦ったのは、敵を倒すためじゃない。背中を守るため。……その想いは、この国にも届くはずよ」


 広間を包む空気が、ゆっくりと和らいでいく。



 やがて、大使は一歩退き、深々と頷いた。

 「……その覚悟、確かに見届けた。我らもまた、風を拒まず、共に歩もう」


 その瞬間、広間に拍手が湧き起こった。杯が再び掲げられ、音楽が流れ始める。

 リナは兵士たちに囲まれ、セリアは学者たちに質問攻めにされ、フィンは各国代表との握手に応じる。


 それは祝宴であり、同時に新たな誓いの場でもあった。


 フィンは杯を掲げ、心の奥で静かに呟いた。

 ――これは褒美じゃない。始まりの鐘だ。


 やがて風が、広間の旗を揺らした。

 その音は、未来を告げる合図のように響いていた。

旅で得たものは武具や魔導書だけではない。

仲間との絆、精霊から託された想い、そして世界を繋ぐ使命。

そのすべてが、外交という新たな試練の場で問われようとしている。

次回――フィンたちが示す答えは、祝宴の熱気を超えて、国々の未来を揺るがすだろう。

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