表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/134

133話:授けられし報酬、そして王都へ

長かった試練の旅が、ついに一区切りを迎えました。

 フィンには精霊石、リナには武具、セリアには魔導書――三人それぞれに相応しい“ご褒美”が授けられ、物語は次の舞台、王都での外交交渉へと移ります。

封印の扉が輝きを放った瞬間、地下区画全体が地鳴りに包まれた。

 低い唸りが石壁を伝い、振動が王都の石畳までをも震わせる。まるで長い眠りを破られた大地が、大きく息を吐いたかのようだった。


 フィンは息を呑んだ。

 掌から流れ込む五つの力――水の澄んだ冷気、火のあたたかな炎、風の鋭い囁き、大地の重い脈動、そして空の広がりを映す透明な力――が胸奥でひとつに絡み合い、渦を巻いて扉に注ぎ込んでいく。

 そのたびに扉の紋様が眩い光を返し、幾重にも重なった円環が次々と解かれていく。


 「……っ!」

 セリアが思わず杖を握りしめる。彼女の髪先を光が掠め、影が床に揺れた。

 「これ……王都中に響いてるよ……!」


 実際、上層の街では人々が立ち止まり、驚愕の眼差しで城塞の方角を見つめていた。

 昼下がりの市場。商人たちが荷を下ろす手を止め、子供たちが歓声を上げる。空には白光が柱のように突き上がり、雲を裂いて天へ伸びていた。

 「な、なんだあれは……!」「城の地下から……光が!」

 市民のざわめきが広がり、鐘の音が重なる。衛兵たちは剣を構えて街路に走り、王宮の塔からは急ぎの伝令が飛び出していく。


 リナは剣を半ば抜きかけ、背後を振り返った。

 「これだけの騒ぎ……もう隠し通せないわね。王も、宗教庁も、必ず動く」

 だがその声音には恐怖ではなく、覚悟が宿っていた。

 「でもいい。私たちがやったことを、全部見せればいいのよ」


 フィンは頷いた。

 「そうだな。……逃げも隠れもしない。ここまで来て、やっと“証”を掴んだんだから」


 扉が唸りを上げる。

 円環の最後の一つが砕けると同時に、広間の空気が一気に軽くなり、眩い閃光が天井を突き抜けた。

 白い光柱は地上をも貫き、遠く郊外からでも見えるほどの高さに伸びていく。

 その光に照らされ、王都は昼とも夜ともつかぬ不思議な蒼白さに包まれた。


 「……開いた」

 フィンの声が震えた。

 扉の中央に走る裂け目が、ゆっくりと左右に広がり始める。

 石ではありえない軽やかな音を立て、光そのものがひとつの通路を形作っていった。


 セリアは目を丸くして、その先を覗き込む。

 「……空だ」

 確かにそこには、雲海が広がっていた。地下であるはずなのに、目の前に見えるのは果てしない蒼と白。空の鍵が示した先――それが、この封印の扉の向こうに広がっていた。


 リナは剣を握り直す。

 「これが……最後の試練の舞台、ってことね」


 フィンは一歩、光の通路へ足を踏み入れた。

 胸の奥で五つの鍵が共鳴し、響き合っている。

 彼は振り返り、仲間たちに微笑んだ。

 「行こう。ここからが、本当の始まりだ」


 セリアとリナも頷き、並んで光へと歩み出した。

 三人の影は光に呑まれ、封印の向こう、誰も知らぬ空の領域へと消えていった。

光を抜けた瞬間、三人の身体はふわりと浮いた。

 地面が消えたかのような感覚に、セリアが小さく悲鳴を上げる。


 「きゃっ……!」

 彼女は思わずフィンの袖を掴んだ。


 フィンもまた一瞬バランスを崩したが、足元に柔らかな抵抗を感じて踏みとどまった。視線を落とすと――そこは大地ではなかった。白く厚い雲が幾重にも重なり合い、その上に薄い膜のような透明な足場が広がっている。踏み出すたびに、波紋のように光が走り、雲が静かに揺れる。


 「……雲の上、だと?」

 リナが低く呟き、剣を握ったまま周囲を見回す。


 空は無限に広がっていた。昼でも夜でもない、蒼白と金のあいだに揺れる光。遠方では雷光が雲の中を走り、反対側には虹のような帯が漂っている。まるで世界そのものが夢の景色になったようだった。


 「ここが……封印の向こう」

 フィンは呟き、胸に宿る五つの力を確かめる。

 そのどれもが、ここに来てさらに強く震えている。まるで「本来の舞台に戻った」とでも言うように。


 セリアは恐る恐る足を前に出し、足場を確かめた。

 「落ちない……大丈夫、歩ける」

 安堵の吐息を漏らし、次の瞬間には笑顔を浮かべた。

 「ねえ、見て! あそこ!」


 彼女が指差した先。

 巨大な浮遊大地が、雲海の中にそびえていた。岩山の断崖の上に建つ古代の祭壇。石柱がいくつも立ち並び、中央には円環の紋章が光を放っている。


 「……間違いない。あれが、この領域の中心だ」

 フィンは深く息を吐き、二人を振り返った。

 「行こう。最後の扉が、俺たちを待ってる」


 しかし――その道程は簡単ではなかった。


 彼らが歩み出した瞬間、周囲の雲がざわめいた。

 風が集まり、形を持ちはじめる。霧のような翼を広げた鳥の影、長い尾をうねらせる龍の残光、そして人の姿を模した透明な兵士たち。


 「……出たわね」

 リナは剣を抜き放ち、構えを取る。

 「ここは“空”。きっと、最後の守りが待ってる」


 セリアは息を呑んで杖を構えた。

 「数が多い……でも、怖くない。今なら大丈夫だよね?」


 フィンは頷き、仲間に目を合わせる。

 「俺たちは五つの力を繋いだ。この先で何が待ってても――絶対に突破する」


 その言葉に呼応するように、胸奥の紋章が一斉に輝いた。

 足場となる光が延び、雲海の上に道を形作る。

 その道の先、遠く祭壇の光が、三人を呼んでいた。


 戦いと旅路の続きを告げる、空の試練が始まろうとしていた。

空の大地に延びる光の道。三人が踏み出すたびに、足元の雲が波紋のように震えた。

 しかし、歩みを進めるほどに空気が張り詰め、雲の向こうから影が蠢きはじめる。


 「来る……!」

 リナが剣を構え、鋭く息を吐いた。


 次の瞬間、雲が裂け、三体の巨鳥が姿を現した。羽根は霧でできているかのように透き通り、翼を振るうたびに鋭い風刃が飛び散る。

 「《スカイ・レイス》……空の守護者か」

 フィンは目を細め、剣を抜いた。


 巨鳥たちの鳴き声は雷鳴に似ており、響くだけで胸が震えるようだった。


 「来るよっ!」

 セリアが杖を掲げ、詠唱に入る。


 最初の一羽が突っ込んできた。風をまとった爪が光の道を切り裂き、足場が揺れる。

 リナが迎え撃ち、剣を横薙ぎに振った。鋼の刃が霧の羽根を裂き、散った光が火花のように宙に散る。


 「手応えが……薄い!」

 リナは叫びながら後退した。


 「霧の体……攻撃を散らしてるんだ!」

 フィンは即座に理解する。

 「セリア、力を貸して!」


 「わかった!」

 セリアは深く息を吸い込み、青白い魔力を杖に収束させた。

 「《フリーズ・ランス》!」


 氷の槍が空を裂き、巨鳥の翼を貫いた。霧の羽根が凍り、形を保つ。そこへフィンが剣を振り下ろした。

 「はああっ!」

 鋭い斬撃が氷ごと霧を断ち割り、巨鳥は叫び声をあげて霧散した。


 「なるほど……一度“固定”すれば倒せるのね」

 リナが頷き、残る二羽に目を向ける。


 だが、巨鳥たちの動きは速かった。旋回しながら風を纏い、竜巻のような渦を道の上に叩きつける。光の足場が軋み、セリアがよろけた。


 「きゃあっ!」

 「セリア!」

 フィンが手を伸ばし、彼女を引き寄せる。


 その隙を狙うように、もう一羽が急降下してきた。爪がフィンを狙い――


 「させるか!」

 リナが前に飛び出し、剣を交差させて受け止めた。

 衝撃が腕に走る。だが彼女は踏みとどまり、力強く押し返した。


 「リナ、今!」

 「了解!」


 セリアが再び魔法を放つ。今度は凍てつく嵐が鳥の全身を包み、輪郭を固定した。

 そこへリナが斬り込み、フィンが追撃する。二人の剣が交差した瞬間、巨鳥は粉々に砕け散った。


 残るは一羽。

 その巨鳥は一際大きく、目のように輝く核を胸に抱えていた。


 「……あれが“核”か」

 フィンは息を整えた。

 「倒すには、あそこを狙うしかない!」


 巨鳥は翼を大きく広げ、風の壁を作り出した。進もうとすれば押し戻され、足場さえ揺らす暴風。

 セリアが必死に魔力で耐えるが、額に汗が浮かぶ。

 「これ以上は……支えきれないよ!」


 「俺が行く!」

 フィンは風に抗い、前へ踏み出した。剣を握る手に、五つの紋章の力が宿る。


 水が剣を濡らし、火がその刃を熱し、風が背を押し、大地が足を支える。そして空の力が――彼の全身を軽やかに浮かせた。


 「おおおおっ!」

 跳躍。暴風を裂いて突き進む。

 巨鳥の胸の核が迫る。


 「今だ!」

 リナの声が響き、セリアの魔法が鳥の動きを鈍らせる。


 フィンは渾身の力で剣を突き立てた。

 核が砕け、光が爆ぜる。


 巨鳥は悲鳴を上げ、霧となって消え去った。

 風は収まり、足場の揺れも止まる。


 「……やった」

 セリアがへたり込み、安堵の息を漏らす。


 リナは剣を下ろし、フィンを見やった。

 「見事だったわね。今の一撃……五つの力を、全部使ったでしょ」


 フィンは剣を納め、深く息を吐いた。

 「そうだな。みんなのおかげで届いた」


 雲海は静けさを取り戻し、遠くの祭壇がはっきりと輝いていた。

 そこが、彼らを待つ“空の中心”――最後の試練の場所。

巨鳥が霧散し、風が止んだ祭壇に静けさが戻った。

 フィンの掌に宿った青白い精霊石が脈打つように光を放ち、周囲を淡い光で包んでいる。


 その輝きに応じるように、祭壇の左右に二つの台座が浮かび上がった。ひとつには銀の光を帯びた長剣、もうひとつには古びた革装丁の分厚い魔導書。


 「……これって」

 リナが目を見開き、剣に手を伸ばしかける。刃はまだ鞘に納まっているにもかかわらず、鋭い気配を放っていた。

 「まるで……私を待っていたみたい」


 セリアは魔導書に駆け寄った。表紙には見慣れない古代文字が刻まれ、開く前から魔力が震えて伝わってくる。

 「……本当だ。これ、すごい。中から声が聞こえるみたい……!」


 フィンは二人の姿を見て、ゆっくりと頷いた。

 「精霊が……俺たちそれぞれに選んだんだ。リナには武具を、セリアには知識を。俺には……精霊石を」


 リナは長剣を手に取り、鞘から少しだけ抜いた。光が弧を描き、周囲の空気すら震わせる。

 「……軽いのに、重みがある。不思議ね」

 彼女の横顔には、かつての剣士としての誇りが甦ったような力強さがあった。


 セリアは魔導書を抱え込み、ページをぱらりとめくった。途端に青白い光の文字が宙に浮かび、彼女の指先を包み込む。

 「……これ、魔法が“生きてる”みたい。使い方を教えてくれてる……」

 その声は驚きと喜びで震えていた。


 フィンは微笑みながら二人を見た。

 「よかったな。これで本当の意味で……三人で揃ったんだ」


 その瞬間、祭壇全体が淡い光に包まれ、道が開かれた。光の回廊は王都の方向を示している。

 『力は授けられた。今度は、それをどう使うかを示せ』

 精霊の声が最後に響き、すべての光が収束した。


 リナは剣を握り直し、フィンの方を見た。

 「……帰ろう。待ってる人たちに、ちゃんと見せるために」


 セリアも魔導書を胸に抱きしめ、頷いた。

 「うん……これを持って、外交の答えを返すんだよね」


 フィンは精霊石を握りしめ、歩き出した。

 「そうだ。試練は終わった。今度は俺たちの番だ。王都で……この成果を示そう」


 三人は光の回廊を進む。

 祭壇に残るのは、もう試練の気配ではなく――“力を携えた者たち”を讃える、静かな光だけだった。

試練編はここで完結。これまで応援してくださった読者の皆さま、本当にありがとうございます!

 次回からは、いよいよ王都での謁見と外交パート。三人が得た力をどう示し、周囲からどう受け止められるのか――新章の始まりをぜひ楽しみにしていてください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ