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132話: 封印の扉、その先に揺らぐ光

今回もお読みいただきありがとうございます!

いよいよ五つの鍵が揃い、封印の扉を開く瞬間へ――。

長い旅路の果てに待つものは「報酬」か、それとも「さらなる試練」か。

ぜひ、その一歩を一緒に見届けてください。

重い石が擦れる音と共に、封印の扉がゆっくりと開き始めた。

 長い年月を経てなお、扉の文様は鮮明に輝き、五つの鍵の紋章が呼応するように淡く脈打っている。


 フィンの胸奥では、水・火・風・大地・空――それぞれの光が静かに震え、ひとつの大きな円環を描いていた。扉の奥から吹き出す空気は、冷たいのに甘い香りを孕み、まるで誰かの囁きを伴っているように錯覚させる。


 「……開いた」

 リナが低く呟く。握る剣の柄に、かすかに汗がにじんでいる。


 セリアは杖を抱え込み、瞳を大きく見開いていた。

 「光ってる……すごい……まるで夜空の中みたい」


 扉の隙間から覗くのは、暗闇ではなく、蒼白い光に満たされた空間だった。足を踏み入れるごとに、視界がじわじわと塗り替えられていく。



 最初に感じたのは「音」だった。

 石造りのはずの通路から響くのは、まるで水面を叩くような音。そして、見上げれば天井からは滴が落ちている……かと思えば、次の瞬間には燃えさかる火花のように散って消えた。


 「……全部の属性が、混じってる?」

 フィンは呟き、目を細めた。


 水滴は火花に、火花は砂塵に、砂塵は風に吹かれて霧散し、やがて光の粒となって漂う。その循環が途切れることなく繰り返され、通路そのものが「四元素と空の交差」を体現しているかのようだった。


 「不気味なほど整ってるわね……」

 リナが慎重に剣を構える。


 セリアはその光景に息を呑み、震える声で付け加えた。

 「でも……きれい。怖いけど、目が離せない……」



 三人が進むたび、足元の床は微かに光を放った。

 円環を描く文様が一歩ごとに浮かび上がり、靴底に触れると柔らかな抵抗を返す。石ではなく、水でもなく、まるで「記憶そのもの」を踏んでいるような奇妙な感覚だった。


 「……試されてるな」

 フィンは小さく言った。


 「まだ始まったばかりよ」

 リナは冷静に応じ、周囲を警戒し続けている。


 「扉の奥って、こんな場所だったんだね……」

 セリアは杖を強く握り、足を止めそうになるたび二人を見て前へ進んだ。



 やがて通路が開け、広間が姿を現した。


 そこは巨大なドーム状の空洞。天井はどこまでも高く、星々の瞬きのような光が浮かんでいる。だが空ではなく、地下の奥底にあるはずの場所でそれが瞬いているのだ。


 中央には、黒曜石の祭壇のような台座がそびえていた。その表面には五つの紋章が刻まれ、まるでフィンを待ち構えるように光を脈打たせている。


 「……呼んでる」

 フィンは無意識に胸へ手を当て、台座を見据えた。


 セリアは唇を噛んだ。

 「フィン、危ないかもしれない……!」


 リナは剣を構え直し、短く言った。

 「止めても無駄でしょ。どうせあんた、行くんだから」


 フィンは二人の視線を受け止め、小さく笑った。

 「……ありがとう。どんなものが待っていても、一緒に越えよう」


 三人はゆっくりと歩き出した。

 祭壇の前に立つと、五つの鍵が再び輝きを増し――その瞬間、空間全体に低く響く声が広がった。


 『――来たか。我を継ぐ者たちよ』

声は、石に刻まれた古い言葉ではなかった。息を持たない風のように、ただ胸の奥の一番やわらかなところに触れてきた。


 『——来たか。我を継ぐ者たちよ』


 フィンは祭壇の前で足を止めた。黒曜の板面は水鏡のような艶を保ち、五つの紋が底光りしている。みずかぜつち、そして透明そら。どれもが明滅し、互いに重なる瞬間にだけ、かすかな音を生んだ。鼓動というより、呼吸だ。古い場所が、三人の来訪に胸をひらく。


 「……あなたは誰?」

 セリアが小さく問いかける。声は震えていたが、逃げ腰ではない。


 『名は持たぬ。名は来る者が与えるもの。我はこの層に留まり、結び目を見張り、忘却を見張る者だ』


 リナが剣をわずかに下ろし、目を細める。

 「見張る、ね。じゃあ、何を“通す”?」


 『名を持つ者のみ』


 その返答と同時に、祭壇の周縁に刻まれた細い溝が光った。五つの輪が音もなく回り、中央へ向けてゆっくり縮んでいく。吸い寄せられるように、フィンの胸の奥で五つの鍵が熱を帯びた。


 「……試すつもりだ」

 フィンは息を整える。「でも、もう引けない。ここで終わりにさせて」


 『終わりではない。始まりの手前だ』

 声は静かに、しかし否応なく響く。『名を刻め。三つの声で、ひとつの名を』


 リナが眉を上げた。

 「三つ? 三人で、ひとつ?」


 フィンは二人を見る。セリアは逡巡の表情を浮かべ、リナは無言で頷いた。彼女の頷きは短く、しかし迷いがない。


 「やってみる」

 フィンは祭壇に向き直り、掌を黒曜に近づけた。指先から、幼竜の熱が細い糸になって流れ出す。焼かない火。冷え固まった字形を、やわらかく温めて浮き上がらせる温度だ。


 熱に誘われて、祭壇の右辺がほのかに輝いた。そこに眠っていた古代語が、息を吹き返すみたいに形を取り戻す。


 「……読める」

 フィンはゆっくり口にした。「《名は忘却を裂き、縫うもの》」


 セリアが杖の先を石へ置く。

 「《澄め》」

 その一言で、祭壇の左辺に貼りついていた暗い煤が水に溶けるように退き、下から別の文様が現れた。小さな祈りは、長い呪文よりも素直に紋へ届く。


 「《刃は境を示す。斬らずとも線を与える》」

 リナは刃の峰で、中央の円環を軽く二度、敲いた。金属音ではない透明な音が、広間の天井へすっと立ち上がる。剣は破壊の道具だけではない。境界に目盛りを刻む道具でもある。


 『——良い。三つの役割は揃った。次は“呼び”だ』


 声が落ちた瞬間、祭壇の中央に浅い窪みが浮き出た。手のひらほどの丸い盆。そこに、水のような薄膜が張り、揺らぎ始める。鏡だ。映るのは三人の顔ではない。名の輪郭だ。


 「呼ぶ、って……」

 セリアが不安げにフィンを見上げる。


 「順番は関係ない」

 フィンは首を横に振った。「合わせよう。——せーので、言う」


 三人は肩を寄せ、息を合わせる。胸の奥の拍が三つ、ゆっくりと重なっていく。祭壇の五つの紋が、それを追って脈を刻む。


 「——せーの」


 「フィン!」

 「リナ!」

 「セリア!」


 三つの名が重なった瞬間、鏡面がぱっと弾けて光の粒になった。粒は対流し、祭壇の上に薄い文字列を紡ぐ。やがて、それは一文字のようでいて一文字ではない、継ぎ目のない筆致になった。


 『受け取った。——次は“選ぶ”』


 リナが肩をすくめる。

 「まだあるのね」


 『名は刻まれた。では、その名で何を選ぶ? ——切るか、結ぶか、届けるか』


 問いと同時に、祭壇の右に赤、左に青、中央に透明の光柱が立ち上がった。選択を急かす音はしない。ただ三つの道が、呼吸するだけだ。


 セリアが唇を噛む。

 「切るって……斬ること?」


 「違う」

 リナが首を振る。「“断つ”ってことよ。過去の縛りとか、偽りとか。あんたが番号で呼ばれてたのだって、どこかで断たなきゃ今の名前は守れない」


 フィンは中央の透明な柱を見つめる。光は色を持たず、代わりに周囲の色を受け入れている。

 「届ける……俺は、たぶんこれを選ぶ」


 「なら、私は“断つ”」

 リナは赤の光柱へ半歩近づいた。「誰かが刈り込まないと、絡まったまま進めないこともある」


 セリアはしばらく青の前で迷い、やがて顔を上げた。

 「結ぶ。……呼ばれた名前を、ちゃんとここに繋いでおきたい」


 『良い』

 声が柔らいだ。『三つでひとつ。では、そのまま“奏でよ”』


 「奏でる?」

 リナが目を瞬く。


 祭壇の縁がわずかに沈み、円周が鍵盤のように分節した。叩けば音が出る——のだろう。けれど音は音符ではなく、紋と対になっている。古い旋法。声ではなく、行いで鳴らす歌。


 「やってみる」

 フィンは剣を鞘に収め、右手で透明の鍵を押した。空気が澄み、遠くの光の粒が近づく。

 リナは赤の区画を峰で「コツ、コツ」と刻む。線が生まれ、輪郭が際立つ。

 セリアは青に杖の先で触れ、「ひとつ、ふたつ」と数えるように軽く弾く。糸みたいな光が出て、赤の線に絡みつく。


 三つの動きが一巡した時、祭壇が低く共鳴し、黒曜の芯が震えた。床下に潜む見えない歯車が噛み合い、空洞の壁面に刻まれた文様が、上から下へ順々に灯っていく。


 『——目覚める』


 広間の空気が、はっきり暖かくなった。息が楽になる。長い間閉め切られた家の窓を、初めて開いた時の匂いがした。埃も混じるが、それ以上に新しい空気の味がする。


 「……通れる?」

 セリアが不安と期待の間で睫毛を震わせる。


 祭壇の中央、先ほど鏡が張られていた盆がふたたび現れ、今度は底知れぬ深さを湛えた井戸になった。覗き込むと、そこには道が映る。ただの通路ではない。記憶の野とうつつの境のような、光の小径。


 『最後だ。——名で開いたなら、名で行け。誰の足で、どの順で』


 リナが剣を持ち直し、口角を上げる。

 「私が先に行く。斬らずに道をつける」


 「じゃ、あたし真ん中」

 セリアが小さく手を上げる。「怖くなったら、前と後ろの二人がいるの安心だから」


 フィンは笑って頷いた。

 「じゃあ、俺が最後。届かなかった声があったら、拾い集めて行く」


 『良い。三声の順——承認』


 柔らかい風が三人の外套を撫で、祭壇の光が足元へ舞い降りた。光は靴底に薄く貼りつき、歩幅に合わせて形を変える。踏みしめるごとに、床が“そこにある”ことを明確にしてくれた。


 リナが最初の一歩を井戸の光へ踏み入れる。落ちない。沈まない。むしろ、水面の上を歩くような軽さで、前へ進めた。

 「行ける」

 振り返らずに言う声は、少しだけ楽しげだった。


 セリアが続く。少し躊躇い、すぐにフィンの手の圧を受け取って、二歩目を置いた。光は彼女の体重を受け止め、杖先の影まで大切に運んだ。


 フィンは最後に祭壇へ手を当てる。幼竜の火が剣の中で丸く瞬き、短く舌を鳴らす。

 「置いていかないよ。一緒に行こう」

 答えるように、刃の中で橙の灯が一度強く明滅した。


 『——行け。忘れられたものの前へ。忘れなかった者の前へ』


 声が遠のき、光が深くなる。井戸の底は、底ではなかった。降りるのではなく、向こう側へ渡るのだ。三人の影が長く伸び、やがて光に溶けて輪郭を失っていく。


 渡りの途中、壁も天井もない空間を過ぎた。代わりに、誰かの笑い声、誰かの泣き声、誰かの歌声が、糸のように交差している。フィンはその一本一本に耳を澄まし、触れては離し、離しては覚えた。拾うためではない。落とさないために、そこにあると知るために。


 「フィン」

 前からリナの声がする。「後ろ、任せた」


 「任せて」

 フィンは応える。「——セリア、歩幅、合ってる?」


 「だいじょうぶ。ちゃんと、届いてるよ」

 セリアの声は不思議と明るかった。足もとで、光が彼女の名前の形に一瞬だけ結ばれ、すぐほどけた。名は線路でも檻でもない。足どりのあとを、たしかに残すための細い糸だ。


 渡りの終わりが、ゆっくりと輪郭を帯びる。暗いのに、暗いと思わせない陰。光の量ではなく、約束の密度が濃くなっていく。


 その先に、扉がある。

 王都地下で開いたものと同じ意匠。けれど今度は、待っている。五つの環が最初から重なり合い、中央は薄く白んでいる。叩けば開く扉ではない。——名を置けば、開く扉だ。


 リナが立ち止まり、振り返らずに言う。

 「準備、いい?」


 「うん」

 セリアが一歩、扉の目前に進む。「あたし、呼ぶね」


 フィンは剣を左へ、右手の掌を胸へ——五つの鍵が本当にひとつに束ねられる瞬間、彼は小さく笑った。ここまで来る間に、何度も自分を名乗ってきた。けれど、今ほどその行為が“世界に触れる仕草”だと思えたことはない。


 「——行こう」


 三人の名が、同時に置かれた。

 扉は、ひらいた。

扉を抜けた瞬間、三人の身体を包んだのは、熱でも冷気でもない――どこか懐かしい、柔らかな圧力だった。

 風が吹いているようで、実際には空気の流れはなく、それでいて確かに頬を撫で、胸を揺らす。誰かに抱きしめられているような感覚。


 「……ここは……?」

 セリアが杖を胸に抱えながら、きょろきょろと辺りを見回す。


 目の前に広がっていたのは、地上とも地下とも言えない空間だった。

 黒曜石の床は、鏡のように彼ら自身の姿を映し出す。けれどその背後には、確かに星空が広がっている。足元は大地、頭上は空。しかし、その境界は存在せず、歩けば歩くほど自分がどこに立っているのか分からなくなる――そんな不思議な場所。


 「まるで、記憶の中にいるみたいね」

 リナが静かに剣の柄へ手を添えた。敵の気配は感じない。けれど、油断すれば足場さえ消えそうな、この空間そのものが敵にも思える。


 フィンは深く息を吐き、胸に宿る五つの紋章に意識を向けた。

 水、火、風、大地、空。

 それらは今やバラバラに震えてはいない。ゆっくりと一つの流れに合流し、鼓動と同じリズムで脈打っている。


 「……ここが、五つが交わる場所……?」

 フィンは呟いた。


 すると、遠くに光が揺れた。

 最初は星の瞬きかと思ったが、それはゆっくりと形を変え、人の輪郭を描き出す。


 「誰か、いる」

 セリアが声を詰まらせ、リナがすぐに一歩前へ出る。


 光の人影は三つに分かれた。

 一つは、幼い子供の姿。もう一つは、壮年の女性。最後の一つは、年老いた老人。


 それぞれがフィンたちを見つめ、声なき声を響かせた。


 『名を得た者よ。名を捨てた者よ。そして、名を探す者よ』


 三人は思わず顔を見合わせる。


 「……今のって……私たちのこと?」

 セリアが小さく呟く。


 「順番に当てはめるなら、そうね」

 リナが淡々と答える。「セリアは奪われた名を取り戻した“名を得た者”。私は剣を振るうために一度名を切り離した“名を捨てた者”。そして……」


 視線がフィンに向けられる。

 彼は小さく息を呑んだ。

 「……俺は、誰かの記憶に触れて、自分が誰かを探し続けてきた。“名を探す者”」


 光の三人は頷くように揺れた。


 『名は重なり、やがて“記録”となる。記録は受け継がれ、やがて“歴史”となる。歴史は繰り返し、やがて“虚ろ”となる』


 虚ろ――その言葉に三人の背筋が冷えた。尖塔で対峙した影のことを思い出したからだ。


 「また……虚ろが関わっているの?」

 セリアの声は不安に震えている。


 『虚ろは否定ではない。虚ろは“忘れられた名”の姿。その度に人は選ぶ――繋ぐか、断つか、届けるか』


 老人の姿が杖を掲げると、空間に無数の文字が浮かび上がった。

 それは見覚えのあるものだった。泉で水に映し出された記録。尖塔で壁に残されていた刻印。谷で風が囁いた欠片。祠で大地に刻まれた碑文。

 それらがすべて、この場所に集まり、繋がり合っていた。


 「……全部、ここに……」

 フィンは息を呑んだ。

 「水も、火も、風も、大地も……空も。全部、忘れられていた記憶が一つに集まってる」


 リナが唇を引き結ぶ。

 「でも、まだ全部は見えないわ。文字は途切れてる」


 確かに、幾重にも連なった光文字はところどころでちぎれ、煙のように消えていた。


 「……じゃあ、これを繋ぐのが、私たちの役目なんだね」

 セリアが小さく呟く。


 フィンは頷いた。

 「“語る”だけじゃない。“届ける”ことが必要なんだ」


 光の三人は最後に一度だけ揺れ、やがて溶けるように消えていった。残されたのは、無数の文字列と、五つの紋章の光に照らされた黒曜の床だけ。


 「ここで……試されるんだ」

 フィンは剣を握り直した。

 「名を繋ぐのか、名を断つのか、名を届けるのか……俺たちがどう生きるのか」


 リナは小さく笑みを浮かべた。

 「面倒だけど、嫌いじゃないわね。こういう選択」


 セリアは深く頷き、杖を強く抱きしめた。

 「もう、名前を奪われるのは嫌だから。ちゃんと、ここで残したい」


 三人の足もとに、再び光の小径が浮かび上がった。

 先は闇に包まれている。けれど、その闇の奥にはきっと“封印の扉のさらに向こう”がある。


 彼らは視線を交わし、同時に頷いた。

 そして一歩を踏み出す。


 ――五つの鍵が揃った者たちの、最後の旅路が始まろうとしていた。

光の小径を渡り切った先、広がっていたのは空虚でも闇でもなかった。

 そこには、まるで玉座の間を思わせる広大な空洞があった。壁一面が結晶の輝きで覆われ、天井からは星のような光の粒が降り注いでいる。


 「……すごい」

 セリアが小さく息を呑んだ。


 中央には巨大な石台。その上には三つのものが並んでいた。


 ひとつは、光を纏う大剣。刃は透明な水晶でできているように澄み、振るえば空気そのものが震える気配を放っていた。

 ひとつは、古文書の束。革で綴じられたその書物からは、淡い魔素の光が漏れ、近づくほどに頭の奥でざわめきが広がる。

 ひとつは、宝石をちりばめた箱。蓋が開かれ、中には金貨銀貨に混じって未知の鉱石や小瓶がぎっしりと詰まっている。


 リナが思わず口笛を吹いた。

 「……出たわね。これぞ“ご褒美”ってやつじゃない」


 セリアは目を丸くして宝箱を覗き込む。

 「ほんとに……こんなに……! これがあれば、村も困らないよね……」


 フィンはしばらく黙って三つを見比べていた。

 「武具、知識、財宝……つまり、“選べ”ってことか」


 その瞬間、空洞全体に声が響いた。

 『名を携え、試練を越えた者よ。ここに与えられるは、力か、記録か、富か。選ぶは、お前たち自身』


 三人は顔を見合わせる。


 「ねえ、どうする? あたし……ちょっと欲しいな、知識の本。お師匠さまが探してた禁書かもしれないし」

 セリアの瞳は好奇心に輝いている。


 「私は剣よ」

 リナは即答した。「あの刃は、本物。どんな戦場でも、守るための力になる」


 二人の意見が交錯する中、フィンは宝箱へ目をやった。

 金銀財宝は確かに眩い。だが、その中に混じっている石――どこか見覚えがあった。かつて泉で見た精霊石と似ている。


 「……どれを選んでも、ただのご褒美じゃない。きっと、この先に必要な“鍵”なんだ」


 沈黙が広がる。

 やがてリナが肩をすくめ、剣から視線を外した。

 「なら……選びなさいよ、フィン。結局、鍵を背負ってるのはあんたなんだから」


 セリアも小さく頷いた。

 「……うん。フィンがいいと思うものを」


 フィンは目を閉じ、胸に五つの紋章の鼓動を感じた。

 水が流れ、火が燃え、風が駆け、大地が揺るぎ、空が舞う。

 そのすべてが彼の心を通り抜け――最終的に、宝箱の中の石へと導かれた。


 「俺は……これを選ぶ」


 フィンが手を伸ばし、青白く輝く精霊石を取り出す。

 瞬間、空洞全体が震え、三つのご褒美はすべて光に包まれて消えた。


 「えっ!? 他のは!?」

 セリアが慌てて辺りを見回す。


 声が再び響く。

 『一つを選ぶは、全てを捨てること。だが、捨てしものは必ず巡り、道を変えて再び現れる。忘れるな』


 リナが小さく笑った。

 「なるほどね……“選んだから終わり”じゃなくて、“選んだから始まる”ってことか」


 フィンは手の中の石を見つめ、静かに頷いた。

 「ご褒美じゃない。これは……次の扉を開くための“真の鍵”だ」


 三人は並んで立ち、結晶の輝きに包まれながら前を見据えた。

 ご褒美は確かにあった。だがそれは、彼らの旅を終わらせるものではなく、さらに先へと導くものだった。

ここまでの応援、本当に励みになっています!

ブックマーク、評価、感想やレビューなどをいただけると、次の更新の大きな力になります。

「ご褒美として何を得るのが一番ふさわしいか」など、ぜひご意見を聞かせてください。

次回もどうぞよろしくお願いします!

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