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130話:封印の扉、その先に在るもの

ついに五つの鍵が揃い、王都地下の封印の扉へ挑む時が来ました。長い旅路の果てに立つ三人が、それぞれの名を胸に刻み、これまで以上の覚悟を試される場面です。

王都地下の円形広間に、石の冷たさが戻ってきた。天井に並ぶ古い灯籠は、炎を抱いているのにほとんど熱を発さず、青白い揺らぎだけを壁面の紋へと投げている。黒曜石の扉はただ黙し、そこに刻まれた五重の円環だけが、微かな呼吸のように明滅していた。


 「……本当に、開くんだよね」

 セリアが胸の前で杖を抱え、囁く。声は広間に吸われ、湿った石の匂いの中へほどけた。


 「開けるのよ。開かせるの」

 リナは短く言って、剣の柄に軽く触れた。緊張と、決めたあとの静けさが、その仕草に滲む。


 フィンは扉の正面へ歩み出る。胸の奥——そこに宿る五つの鍵が、ゆっくりと脈動した。水の澄明が、火の温をやさしく包み、風の律動が拍を刻む。土の重みは躯を芯から支え、最後に、名を得た空が全ての輪郭をやわらげる。五つは混ざらない。けれども、争わない。違うまま寄り添い、ひとつの流れへと束ねられていく。


 指先が痺れた。掌の下で、扉の円環がうっすらと温かい。

 「行くよ」

 振り返らずに告げると、背後で二人の息が揃った。


 フィンは、右手を胸に当てて深く息を吸い、左手を扉へ翳した。刻まれた第一環が、青に近い銀でふっと滲む。水の鍵が応えたのだ。広間の空気が湿り、遠い潮騒のような音が石の目地を伝って響いた。第二環には橙の芯が灯る。焚き火が、寒夜に寄り添うときの温度。けれど、燃え上がらない。焼かずに温める幼竜の気配が、フィンの剣を通じて袖口まで伝い、細い光の筋となって扉へ流れ込んだ。


 「……今の、あの子の火だ」

 セリアが小さく目を見張る。

 「落ち着く熱。あの時と同じ」


 第三環が風を呼んだ。見えないはずのものが、舞い上がる塵の軌跡を描いて可視になる。髪がほどけ、衣が鳴る。空気が広間の中心で渦を巻き、古の発声器官を無理やり覚ますように、石のひびから低い音が立ち始めた。第四環は、最後まで黙していた。だが、沈黙は拒絶ではない。地の鍵は、広間の床全体をゆっくり持ち上げるように支えを与え、音の基底を整える。足裏で骨組みの位置が変わるのを、三人は確かに感じた。


 そして——第五。空の環は色を持たない。持たないことで、全ての色が通り抜ける。光そのものが薄布になって、扉の刻線に沿って滑り込み、四つの環の明滅をやさしく束ねた。

 瞬間、扉の円環が全て同じ拍で脈打つ。石が呼吸する。広間が呼吸する。胸の鼓動と重なった。


 『——来たか』


 声は耳ではなく、名を呼ばれた場所そのものに落ちた。フィンは軽く目を伏せ、言葉にならない返礼を胸の中で編む。扉の刻文がゆっくりと光り、失われた古代語が線の順に立ち上がる。読むというより、思い出す。遠い誰かの唇の運びが、舌の根元に微かな感覚として蘇る。


 「……“結びを失う時、器は裂ける。五つを以って縫え”」

 フィンがひとつ、声にした。

 リナが横目で笑う。

 「縫い目を増やして、やっと布になるってわけね」


 「じゃあ、ほどけないように……」

 セリアは杖の先をそっと下げ、扉下の石へ触れさせた。薄い音がして、床の紋様にも細い光が流れ出す。広間全体が、巨大な機械の内部だったかのように、ばらばらだった歯車がふたたび噛み合い始めた。


 低い唸りが骨を震わせる。円環が反時計に半周回る。石粉が天から霧雨のように降った。リナはさっとマントを翻し、セリアの肩へ軽く被せる。

 「目、守って」

 「う、うん。ありがと」


 扉の隙間から、冷たい風が一度だけ抜けた。風ではない。封じられていた時間の匂いだ。乾いた文書、祈りの煤、誰かの衣擦れ。どれも古びているのに、いま触れたばかりのように鮮やかだった。


 『鍵は五。名は一。——開く』


 石語がひときわ明瞭に響いた刹那、円環の中心に、糸くずのような黒が滲んだ。リナが即座に半歩、前へ出る。

 「瘴だ。薄いけど、いる」

 剣の鞘鳴りが、広間の音を一瞬だけ制した。


 フィンは扉から手を離さない。掌の下で、五つの鍵が互いの輪郭をなぞり直す。水の澄明を前へ。火の温を周縁へ。風を循環へ。土を脚元へ。そして空を、ぜんぶの上に。配列が噛み合った瞬間、指先に一拍遅れて熱と冷の層が重なり、扉の黒を白が打ち消すように洗った。


 「……大丈夫だ。まだ“漏れてるだけ”。本体じゃない」

 フィンが短く告げると、セリアが深くうなずき、掌を扉の麓へ向けてそっと開いた。

 「《澄め》」

 子どもの祈りのような簡素な言葉。けれど、その素直さが紋を素通りで通り、足元から広間全体へ淡い清水の膜を広げる。黒は膜に触れて、紙の煤のように形を失った。


 円環が、二度目の半回転を終える。今度は順回りだ。刻文が別の章句を立ち上げる。

 「“名乗った者にのみ、扉は輪郭を与える”」

 セリアが小声で追うと、リナが肩を竦める。

 「じゃ、はっきり名乗っときなさいよ。誰が開けるのか」


 フィンは息を吸い、胸の底から押し出すように言った。

 「——俺はフィン。忘れられないためじゃない。忘れないために、ここに来た」


 円環が鼓動の拍を一つ外して脈打ち、すぐに揃え直した。扉の継ぎ目に薄く光が差す。石が、少しだけ離れた。広間の空気が戸惑ったように前へ進み、すぐに戻る。長く封じられた空間が、初めて外と呼吸を合わせるときの不器用さ。


 「まだ半分」

 リナの声は落ち着いている。銀の鍔が、灯籠の青をはね返した。

 「来るなら、来なさい」


 扉の向こうから、微かな足音がした。足音といっても、肉の重さが石を打つ類のものではない。書き物が頁をめくるときの軽い息。古い絹が擦れる気配。——音の名残りだけが、隙間を渡って来る。


 セリアの指先が、ほんの少し震えた。

 「怖い?」

 リナの問いに、彼女は小刻みに首を振る。

 「嬉しいの、かもしれない。こわいのと、いっしょに」


 フィンは無言で頷き、左手を扉に、右手を剣へ置いた。幼竜の火が刃の中で丸くなり、舌を鳴らすように細く明滅する。焼かない火——目覚めの温度。

 「もう少しだけ、借りるよ」

 囁くと、刃から橙の糸が一本、扉の刻みへ走った。硬い線を柔らかくほぐすための糸切り。石の内側で固まっていた“凍り”が、音もなく解ける。


 第三の拍。円環は静かに止まり、まるで考え込むように薄闇へ沈む。広間の灯が小さく瞬き、次の瞬間、扉全体が深い呼気を吐き出した。砂が一度に降って、外套に昼の粉雪みたいに積もる。


 「セリア、目」

 リナが片手で彼女の頭を庇い、もう片手で剣先を下げる。斬るためではなく、そこに“線”があると扉へ知らせるための角度。


 『鍵は揃った。名は定まった。——残るは、共に在るか否か』


 石語は最後の問いを投げた。

 フィンは振り返らない。背中の空気だけで、二人の存在をはっきりと感じる。焚き火に背を向けて座る夜の、あの距離の温かさ。


 「共に」

 その一言に、リナが即答で重ねる。

 「当たり前でしょ」

 セリアも慌てて。

 「う、うん! 一緒!」


 扉の継ぎ目が、かすかに笑った気がした。石が笑うはずはない。けれど、確かに軽くなった。押されていた古い戸が、家の中の笑い声ひとつで動き出すみたいに。


 重奏のような轟きが広間を満たす。円環が三度、ゆっくりと回り、止まる。線が、音が、温度が、全て一箇所に収束して——

 扉の中央に、細い亀裂が走った。


 光はまだ漏れない。ただ、闇が濃くなる。闇が、濃くなりすぎて色を失い、その縁だけが白い。息を呑む音が重なった。誰のものか分からない。自分の息が、自分の耳まで遠い。


 「フィン」

 リナの呼ぶ声は、いつもより低い。

 「ここから先、振り返らないでよ」


 「振り返らない」

 フィンは言う。剣の柄を握り直し、掌を扉から離さずに、足を半歩だけ前へ出した。石の冷たさが、今は頼もしい。支えてくれる重さだ。


 最後の機構が、奥で噛み合う音がした。金属ではない。石でもない。言葉と時間の、見えない歯車が、正しい位置へ落ちる音。広間全体が小さく震え、その震えが波のように収束していく。


 ——次の拍で、開く。


 フィンは目を閉じ、胸の鍵を静かに撫でた。水は澄み、火は温め、風は巡り、土は支え、空は許す。五つの輪郭が、名を囲う。

 「行こう」

 目を開ける。扉の亀裂が、音もなく少し広がった。冷たい匂いと、新しい匂いが混ざって、頬を撫でる。


 広間の灯が一斉に小さくなり、そして——脈打つように戻った。石の口が、そっと息を吐くみたいに、闇が薄くなる。開口はまだ人ひとりがやっとくぐれる幅。だが、確かに「開いた」。


 セリアが息を詰め、瞳を丸くした。

 「——開いた……!」

 リナは笑わない。けれど、刃先がわずかに下がる。その肩は、次の重さを引き受ける準備をしていた。


 扉の向こうは、まだ見えない。薄い霧と、古代の静けさだけが満ちている。けれど、その静けさは拒絶ではない。迎え入れるための、整えられた沈黙。


 フィンは一歩、足を踏み入れる前に、振り向かずに手を差し出した。

 掌に、すぐ小さな手と、硬い手袋ごしの手が重なる。


 「——共に」

 三つの声が、石と光に刻まれた。

 拍が合う。次の瞬間へ、三人の影が、開いた亀裂の白へと溶けていった。

扉が、重く開き始めていた。

 その隙間から漏れる光は柔らかくはなかった。むしろ鋭利で、肌を切るような白。視界が焼かれるほどの明るさに、セリアは思わず目を細め、リナは片腕で光を遮った。


 「……すごい光……!」

 セリアの声は震えていた。恐怖ではなく、圧倒的な存在を前にした畏れからくる震えだ。


 フィンは扉に手を置いたまま、一歩も引かない。胸奥の五つの鍵が共鳴し、鼓動と一体になって光へと流れ出していくのを、はっきりと感じていた。

 「これは……俺たちを拒んでるんじゃない。……確かめてるんだ」


 その言葉に、リナは短く頷き、剣を構えたまま前を見据える。

 「なら、はっきり示してやりましょう。ここまで来た意味を」


 やがて光は弱まり、隙間の奥に暗闇が現れた。

 否、それは暗闇ではなかった。光が強すぎて、かえってその先が“色を持たない”ように見えただけだ。霧とも影ともつかぬ揺らぎが、扉の向こう一面を覆っている。


 「……あれが、封印の中?」

 セリアの問いに、フィンは低く答える。

 「まだ外郭だと思う。でも……中へ入らなきゃ分からない」


 開口は人ひとりがやっと通れるほどに広がっていた。石の軋む音が響き、広間全体が地鳴りのように震えた。天井の砂がぱらぱらと落ち、足元の床石がかすかに揺れる。

 リナは後ろを振り返り、衛兵や神殿の補佐官たちに短く命じた。

 「ここから先は、私たちが行く。あなたたちは外で待って」


 兵たちは敬礼し、誰も異を唱えなかった。彼らも理解しているのだ。この封印の奥にあるものは、通常の人間が触れてよいものではないと。


 フィンは仲間を見た。

 「行こう」

 セリアはぎゅっと杖を握りしめて頷く。リナは剣を軽く振り、気合を込めるように刃を光らせた。


 そして三人は、一歩、扉の中へ足を踏み入れた。



 中は、奇妙な静寂に包まれていた。

 音がない。足を踏みしめる音さえ、石の床に吸い込まれていく。呼吸の音がかろうじて耳に届くが、それすらもどこか遠く、他人の吐息のように聞こえた。


 「……変な感じ」

 セリアが肩をすくめる。

 「音が響かないの。ここ、空間そのものが歪んでるんだと思う」


 リナは壁を見渡した。壁はあった。けれど、それは“石”ではなく、滑らかな水晶のような材質でできており、淡く光を放っている。触れれば冷たいはずなのに、近づくだけで熱を感じた。

 「本当に、別の世界みたいね」


 フィンは胸に手を当てる。五つの鍵は、ここに来てなお強く鼓動していた。しかし、その力は“流れ出そう”としている。まるで、この空間そのものが鍵を欲しているように。

 「……気を付けろ。ここは、俺たちの力を試すためにある」


 その言葉を証明するかのように、空間の奥から黒い影がすっと現れた。

 形を持たない影。煙が集まったような姿だが、やがてそれは“人の形”を取り始める。


 「また……影?」

 リナが剣を構える。


 フィンは違和感を覚えた。これまで戦ってきた“虚ろな影”とは違う。もっと濃く、もっと深く、そして“何かを映し出す”ような気配がある。

 「……これは、俺たち自身じゃない」


 やがて影は、三つに分かれた。

 一つは、無数の手を持つ黒塊。欲望の象徴のように、際限なく何かを掴もうと蠢く。

 二つ目は、炎に包まれた獣。咆哮とともに、全てを焼き尽くそうとする衝動を放っている。

 三つ目は、白い仮面を被った人物。表情を持たず、ただ静かに佇みながら、目の前の全てを“無に還そう”とする冷気を纏っていた。


 「……これって」

 セリアが呟く。

 「私たちが乗り越えてきたものの……“別の姿”?」


 フィンは剣を抜いた。幼竜の炎が刃を走り、温かな光が周囲を照らす。

 「そうかもしれない。……でも、乗り越えられるか試されてるんだ」


 リナが構え直す。

 「なら、答えは一つね。叩き伏せて進む」


 セリアも杖を構える。

 「うん。みんなで一緒に」


 影たちが、動いた。



 最初に襲いかかってきたのは、炎の獣だった。燃え上がる鬣を揺らし、四肢で床を叩き割るほどの力で突進してくる。

 リナが前に出る。

 「来なさい!」

 剣を横に構え、一閃。だが炎は刃を溶かすように絡みつき、リナの腕を焦がそうと迫る。彼女は瞬時に足を踏み変え、刃を流すようにして炎をいなし、熱を背後へ受け流した。

 「……なるほど。真正面からじゃ無理ね」

 額に汗を滲ませながらも、リナは目を細めて笑った。


 一方で無数の手を持つ黒塊がセリアへ迫っていた。

 「わ、わあっ!」

 セリアは咄嗟に防御の魔法を展開する。青白い光の壁が現れるが、影の手は次々と叩きつけ、ひびが走っていく。

 「壊れる……! フィン!」

 「任せろ!」

 フィンが跳び込み、剣を振り下ろす。炎の刃が黒塊を裂き、影の手を焼き払った。

 「大丈夫か、セリア!」

 「うん……でも、怖い……!」

 涙目で頷きながらも、セリアは杖を振り、光の矢を放った。黒塊の中心に突き刺さり、影が一瞬よろめく。


 そして——白い仮面の人物が、音もなく動いた。

 フィンに狙いを定め、ただ一歩踏み出す。その瞬間、空気が凍りついた。視界の色が抜け落ち、音が消え、心臓の鼓動さえ止まったように錯覚する。

 「ぐっ……!」

 フィンは膝をつきそうになった。仮面の人物が放つのは攻撃ではなく、“存在の否定”そのものだった。


 「フィン!」

 セリアが叫ぶ。しかし声すら届かない。

 リナが横から斬りかかるが、仮面の人物はただ手を翳すだけで、その斬撃を“無”に変えて消し去った。

 「そんな……!」


 フィンは、必死に意識を繋ぎ止めた。

 胸奥の五つの鍵が、一斉に光を放つ。水が澄み、火が温め、風が流れ、土が支え、空が包む。

 「……俺は、消えない!」

 全身から力を絞り出し、剣を振り上げた。刃に五つの光が集まり、炎でも氷でもない、新たな輝きとなって走った。


 白い仮面に、一筋の亀裂が走る。

 人物がよろめき、仮面が砕け散った。そこに顔はなかった。ただの虚ろな闇が残り、やがて霧散した。


 三体の影は、同時に動きを止めた。

 炎の獣は燃え尽きるように崩れ、黒塊の手は溶けるように消えていった。


 静寂が戻る。


 フィンは肩で息をしながら剣を下ろした。

 「……これが、封印の奥に至るための……試練」


 リナは剣を納め、額の汗を拭った。

 「相変わらず無茶するんだから。でも、まあ……突破したわね」


 セリアはまだ胸を押さえていたが、やがて顔を上げ、小さく笑った。

 「三人で……乗り越えられたね」


 三人は互いに目を合わせ、そして奥へと視線を向ける。

 暗い通路が、さらに深く広間の奥へと続いていた。


 その先に——封印の核心が、待っていた。

通路の奥は、ただ深いだけではなかった。

 歩みを進めるごとに、空気はますます重くなり、胸の奥を圧し潰すような感覚が強まっていく。まるで大地そのものが心臓を持ち、その鼓動に飲み込まれているかのようだった。


 「……息が、重い……」

 セリアが胸に手を当て、小さく呻いた。幼い身体には、この圧力は強すぎた。


 「無理するな。俺の後ろに」

 フィンが片手を差し伸べる。セリアは頷き、その背にぴたりと寄り添った。


 リナは剣を抜いたまま、周囲に鋭い視線を巡らせる。

 「圧だけじゃないわ。……何かが、ここを見てる」


 そう呟いた直後、通路の終端に光が差した。

 それは松明や水晶の灯りではなく、どこからともなく滲み出る青白い光。霧のように揺らめきながら、広大な空洞を照らしている。



 空洞は、想像を絶していた。

 天井は高く、まるで天空が地中に沈んだかのように果てしない。壁面には無数の文様が刻まれ、その一つ一つが光脈のように繋がって大地の奥へと走っている。


 そして中央には、黒曜石の巨柱が立っていた。

 柱の表面は鏡のように滑らかで、光を受けるたびに内部にうごめく影が浮かび上がる。その頂には円形の窪みがあり、そこから淡い光が脈動のように放たれていた。


 「……ここが、封印の核」

 フィンは呟いた。胸奥の五つの鍵が、まるで待ち望んでいたかのように激しく鼓動している。


 セリアが息を呑む。

 「すごい……全部の魔素が、ここに集まってる……!」


 リナは慎重に一歩進み、剣先で地面を突いた。響いた音は、石のものではなかった。深く、金属のような反響を持っていた。

 「これは……“地上の床”じゃない。何かで覆われてる」


 その時、巨柱の表面が揺らめいた。

 黒い鏡が波打ち、そこに映し出されたのは――三人の姿。

 だが、それは歪んでいた。セリアは顔のない人形として、リナは血に濡れた剣を掲げる影として、フィンは背に巨大な翼を持つ“異形”として映し出されていた。


 「……いやだ……これ、あたしたちじゃない……!」

 セリアが後ずさる。


 「違う。これは“可能性”だ」

 フィンは影を見据える。

 「選ばなかった未来。……あるいは、選ばされる未来」


 鏡の影が蠢き、空洞全体に声が響いた。

 『――問う。名を持つ者よ。汝らは己の名を信じ、この扉を開くか』


 低く、重い声。耳ではなく胸に直接響くその問いかけは、心の奥底を抉るように突き刺さる。


 リナが息を吐き、剣を構え直した。

 「答えは一つしかないわ。信じて進む。……でしょ?」


 セリアも杖を抱きしめ、小さく頷いた。

 「うん……怖いけど、それでも、あたしは“セリア”だから」


 フィンは二人の顔を見た。

 「俺も同じだ。……俺はフィン。仲間と一緒に進む者だ」



 次の瞬間、巨柱の窪みから光が迸った。

 五つの色――水の青、火の紅、風の白、大地の褐、空の蒼。

 そのすべてが柱を伝い、三人の胸に刻まれた紋章と共鳴した。


 「……来る!」

 リナが叫ぶ。


 黒い鏡が割れ、空洞全体に衝撃波が走った。地面が揺れ、石片が降り注ぐ。その中から現れたのは、巨大な影だった。

 翼を持つでもなく、剣を持つでもなく、ただ無数の形を混じり合わせた“混沌”そのもの。


 『――汝らの“名”を示せ』


 影が唸りを上げ、三人へ襲いかかる。



 フィンは剣を構えた。刃に宿る炎が轟き、青白い光と重なって輝きを増す。

 「俺の名は――フィン! 語り、伝える者だ!」

 一閃が闇を裂き、炎の道を作る。


 リナはその道を駆け抜け、影の腕に斬り込んだ。

 「私はリナ! 斬るのは恐怖、守るのは仲間!」

 彼女の剣が光を放ち、影の一部を吹き飛ばす。


 セリアは涙を浮かべながらも、杖を高く掲げた。

 「わたしはセリア! もう“番号”なんかじゃない! 呼ばれるたびに、ここにいる!」

 放たれた光の矢が影の胸を貫いた。


 混沌の影が咆哮する。

 だがその声は、次第に薄れ、崩れ、やがて霧散していった。



 空洞に再び静寂が戻る。

 巨柱の窪みには、ひとつの結晶が浮かんでいた。

 透明で、しかし中心には虹色の光が揺らめいている。


 「これが……」

 フィンは結晶を両手で受け取った。

 「封印を開くための、本当の“鍵”」


 その瞬間、空洞全体に響いた声が告げた。

 『汝らの名、確かに受け取った。……封印の扉は、今こそ応えるだろう』


 柱の光が消え、静寂だけが残った。

 三人は互いに顔を見合わせ、深く頷いた。


 「……行こう。扉を、本当に開けるために」

 フィンの声には、迷いはなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

 いよいよ物語は封印の扉の先、新しい舞台へと進みます。これまで集めてきた四元素と「空」の鍵がどのように作用し、どんな真実へ繋がっていくのか――ぜひ注目していただければ嬉しいです。


 ポイントやブックマーク、感想・レビューをいただけると本当に励みになります。特に「五つ揃った後の展開予想」など、皆さんの考察を楽しみにしています!

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