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125話:自らの名を掲げて

今回は塔の試練のひとつ「風」を描きました。三人の前に現れたのは、自分たちの「虚ろな影」。過去の痛みや弱さを突きつけられながらも、それぞれが“今の名”を選び取り、橋を渡って進む姿を中心にしています。

聖精の泉から続く石造りの回廊は、しんと冷え切っていた。

 壁の苔は湿り気を帯び、歩を進めるごとに滴が落ちる。松明の火は頼りなく揺れ、長い影が三人の背を何倍にも引き延ばしていた。


 「……ここ、空気が違うね」

 最初に口を開いたのはセリアだった。声が反響し、まるで誰かが背後で囁いたように聞こえる。


 リナが軽く眉をひそめ、剣に手をやった。

 「気を抜くな。通路の湿気は自然なものだろうけど……この圧迫感はおかしい。誰かに見られてるみたい」


 フィンは小さく頷き、壁に触れてみる。石は冷たく、微かに震えていた。

 「……魔素が流れてる。自然のものじゃない。何かが“封じられてる”証拠だ」


 その言葉に、セリアが不安げに杖を握り直した。

 「封じられてるものって……まさか、また“記録”じゃないよね?」


 「わからない」

 フィンは答えながらも、心の奥に微かなざわめきを感じていた。先ほど“伝える者”として選ばれたはずの自分が、今度は何を試されるのか――その予感が胸を締め付ける。



 やがて、通路は大きな円形の広間に開けた。

 中央には浅い水盤があり、薄い光がぼんやりと水面を照らしている。壁には古代文字のような刻印が環状に並び、ひとつひとつが淡い蒼光を放っていた。


 「……儀式の場、って感じね」

 リナが呟き、周囲を見渡す。


 セリアは刻印を見上げながら首を傾げる。

 「でも、なんだか変だよ。光が……揺れてる」


 言われてみれば、刻印の輝きは一定ではなかった。まるで息をしているかのように、明滅を繰り返している。


 フィンは水盤に近づき、身をかがめて水面を覗き込んだ。

 そこには、ただの水ではなく――淡く揺らめく“映像”が広がっていた。


 「これは……」


 映っていたのは、見知らぬ谷。切り立った岩山、渦を巻く風、そして三本の尖塔のように突き出た遺跡。

 セリアが小さく息を呑んだ。

 「ここ……地図にあった、次の場所だ」


 「“風裂きの谷”か……」

 リナの声は低い。

 「あそこは昔から、誰も戻ってこない危険地帯だって聞いたことがある。けど……どうして、この場に映されてるの?」



 その瞬間、水盤の映像がかすかに揺らぎ、声が響いた。

 (……選ばれし者よ)


 三人は息を呑み、互いに顔を見合わせる。

 声は確かに水面から響いていた。男とも女ともつかない、低く透き通った声だった。


 (お前たちの“名”は聞いた。祈りも、誓いも、受け止めた。だが――まだ足りぬ)


 フィンが思わず水盤に向かって叫ぶ。

 「足りないって……何が!」


 (“繋ぎ”だ。ひとりでは届かぬ。三つの声を束ね、結び、未来へと渡せ)


 「また“三声”……」

 リナが小さく舌打ちする。

 「つまり、また三人で力を合わせろってことか」


 セリアは緊張した面持ちで杖を握りしめる。

 「……でも、どうやって?」


 その時――広間の壁が低く鳴動し、刻印が一斉に強く輝いた。

 やがて光は束ねられ、水盤の上空に三本の道を描き出した。


 「……三つの試練」

 フィンの声が、広間に小さく響いた。



 光の道はそれぞれ色を帯びていた。

 一つは赤――炎を思わせる揺らめき。

 一つは青――水のような静かな光。

 一つは白――風か光か、澄んだ輝き。


 リナが剣を構えたまま言う。

 「三人でそれぞれ進めってことね。……いや、違うな。これは“役割”を示してる」


 「役割……」

 フィンが呟き、セリアを見る。


 セリアは少し考え、意を決したように口を開いた。

 「あたし、青がいい。水……静かな光って、たぶん“癒す力”だから」


 「なら、赤は私ね。戦う役割は譲れない」

 リナが短く笑い、剣を握り直す。


 「……じゃあ、俺は白か」

 フィンは小さく頷いた。

 「伝える者として、光を――未来を選ぶ」


 三人がそれぞれの道を見つめる。

 その先に待つものが何かは、まだ分からない。

 けれど、選ばなければ前へは進めないことだけは、はっきりしていた。



 水盤の声が、再び低く響いた。

 (選べ。迷うな。名を持つ者は、名を背負え)


 その言葉に、フィンは強く頷いた。

 「……わかった。俺たちは三人で進む。もう迷わない」


 セリアとリナも、その背に並んだ。


 そして三人は、それぞれの光の道へと歩みを進めた――。

塔の内部に足を踏み入れた瞬間、三人を包んだのは重い湿気と、石の匂いだった。外から見ればただの古びた遺跡にしか見えなかったが、内部はまるで“生きている”かのように、微かな脈動を感じさせる。


 「……空気が違う。外よりも、ずっと濃い」

 フィンが眉をひそめ、剣の柄に触れながら呟く。


 「魔素ね。ここ全体が、まるで精霊の器みたいに見える……」

 リナもまた、壁に刻まれた古代の紋様を見て目を細めた。ひとつひとつはただの装飾に見えるが、光が差す角度によって、紋様の中から淡い青や緑の輝きがにじみ出てくる。


 セリアは足を止め、ぽつりと声を漏らした。

 「……ちょっと怖いね。あたしたちが入るのを、最初から知ってたみたい」


 「怖いなら戻るか?」

 フィンが振り返ると、セリアはぶんぶんと首を振る。

 「ち、違うよ! ただ……“見られてる”感じがするってだけ。……でも、ここまで来て戻るなんて、絶対しないから!」


 リナが小さく笑って肩をすくめる。

 「よしよし、意気込みは一人前。じゃあ腹括りなさい。ここから先は、多分“歓迎されない仕掛け”が続く」


 彼女の言葉を裏付けるように――床が揺れた。


 「っ……!」

 セリアが壁に手をつく。振動は短いものだったが、次の瞬間、塔の奥から低い轟音が響いてきた。


 「……聞いた? 水の音だ」

 フィンが耳を澄ませて言った。確かに、遠くから流れ込むような水音がこだまする。だが、ここは高地に建つ遺跡。自然の川が通るはずもない。


 「“水の試練”ってことかしら」

 リナが口にした瞬間、足元の石畳がひび割れ、隙間から水が噴き出した。


 「きゃっ!」

 セリアが慌てて飛び退く。だが水は止まらず、まるで塔そのものが泉になったかのように、足元をみるみる覆っていく。


 「落ち着け、これは……仕掛けだ」

 フィンは剣を抜き、青白く光る水面をにらんだ。やがてその水の中から、ぼんやりと人影が浮かび上がっていく。


 「……また“記録”?」

 リナの声は低い警戒を帯びていた。


 水の中から現れたのは、フードをかぶった人物の姿だった。輪郭はあいまいで、まるで水の膜で形作られた幻影のようだ。


 『――問う。おまえたちは“名”を刻んだ者か』


 低い声が、三人の胸の奥に直接響いた。


 セリアが息を呑む。

 「“名”って……また?」


 「この塔に入る時も言ってたわよね。“名乗った者が選ばれる”って」

 リナが呟く。


 フィンは一歩前に出て、まっすぐに幻影を見据えた。

 「俺は……フィン。ホビットの里に生まれて、追放されて、でもこうして仲間と歩いてる。俺の“今の名”は、確かにフィンだ」


 水面が大きく揺れる。幻影は黙したまま、しかし確かに反応を見せていた。


 セリアも胸の前で小さな手を握りしめる。

 「わ、私も! セリアって名前……本当の名前で呼ばれるのは、まだ慣れてないけど……でも、大事にしたいから!」


 リナが最後に一歩踏み出す。

 「リナ・ヴァルド。剣を振るい、守るためにここにいる。偽りの名じゃない、これが私」


 三人の声が重なった瞬間、水面に広がる波紋が輝きに変わり、塔全体を包む光の紋様が走った。


 『……認めよう。だが、名は“言葉”だけではない。行いで証を立てよ』


 幻影の声が消えると同時に、水は荒れ狂い、波の壁となって三人に襲いかかってきた。


 「くっ……来るぞ!」

 フィンが剣を構える。


 リナは即座に横へ跳び、波を切り裂くように剣を振る。セリアは杖を構えて詠唱を始め、氷の盾を展開して水流を防ぐ。


 しかし次々と押し寄せる水は止まらない。塔そのものが試すかのように、彼らを押し流そうとしていた。


 「これじゃキリがない!」

 リナが叫ぶ。


 フィンは歯を食いしばり、剣を握る手に力を込めた。

 「なら、証明してやる! 俺たちの“名”は、ここで生きる力だって!」


 彼の剣に、幼竜の火が宿る。赤い光は水を焼き払うのではなく、温めるように広がり、荒れ狂う波を静めていく。


 セリアの氷が溶け合い、リナの斬撃が流れを裂き、三人の力が重なった時――塔の水は次第に静かになっていった。


 残されたのは、中央に浮かぶひとつの石板。そこには、淡い光で文字が刻まれていた。


 『名を刻む者よ、次の層へ進む資格を得たり』


 三人は互いに息を合わせ、石板を見つめた。


 リナが静かに呟く。

 「……これで、第一層突破ってわけね」


 セリアは胸を押さえながら、それでも笑った。

 「こ、怖かったけど……なんだか、少しだけ誇らしいかも」


 フィンは剣を収め、小さく頷いた。

 「行こう。ここからが本番だ」


 三人は光を放つ石板に手を伸ばし――次なる層へ導かれていった。

光に包まれた感覚が、次第に沈むように収まっていく。足元の石畳の硬さを確かめたとき、フィンはゆっくりと目を開いた。


 そこは、まるで別世界だった。


 天井は低く、石灰岩の鍾乳洞のように無数の突起が垂れ下がっている。壁一面は苔に覆われ、湿り気を帯びた土の匂いが鼻をついた。だが、ただの洞窟ではない。床に散らばる岩塊は人工的に並べられたように円環を描き、中心には黒々とした石柱が一本、静かにそびえている。


 「……土の気配だ」

 フィンは剣に手を添えながら呟く。


 リナがすぐにうなずいた。

 「水を抜けた先にこれ……どう考えても次は“大地”の試練ね」


 セリアは背筋を伸ばし、周囲を見回す。

 「音がしない……水も風もない……でも、なんか重いよ。息が詰まる感じ」


 三人は慎重に進み、石柱の前に立った。柱の表面にはびっしりと古代文字のような文様が刻まれ、淡い赤茶色の光がにじんでいる。まるで血管のように光が走り、その鼓動に呼応して大地そのものが低く震えた。


 『――立ち止まるか。進み出るか』


 不意に声が響いた。先ほどの水の幻影とは違い、今度は地鳴りのように重く、胸の奥を圧し潰す響きだった。


 「出たわね」

 リナが剣を抜き、鋭く構える。


 だが、目に見える敵は現れない。代わりに、床の岩が次々とせり上がり、人の形を模していった。土と石でできた巨人が四体、無言のまま三人を囲む。


 「ゴーレム……!」

 フィンが低く唸る。


 セリアは慌てて詠唱を始めかけたが、すぐにリナに止められた。

 「待って! ただ壊すだけじゃ……“証”にはならないわ」


 「じゃあ、どうするのさ!」

 セリアが半泣きで叫ぶ。すでに一体のゴーレムが大地を揺らすように歩み寄ってきていた。


 フィンは剣を握り直し、仲間に視線を向けた。

 「……試練ってことは、“力任せに突破”じゃ駄目なんだ。たぶん、俺たちに求められてるのは――“立ち向かい方”だ」


 「立ち向かい方……?」

 セリアは息を呑む。


 リナは理解したように頷いた。

 「つまり、“名”を証明する行動……か」


 ゴーレムの一体が巨腕を振り下ろす。轟音と共に石畳が砕け、破片が飛び散った。フィンはとっさに剣で受け流し、衝撃でよろめきながらも踏みとどまる。


 「俺は――“伝える者”だ! だったら、言葉じゃなく行動で見せる!」

 フィンは叫び、衝撃に抗うように前へ進んだ。剣を横薙ぎに振ると、幼竜の火が赤い弧を描き、ゴーレムの腕を一部削り取る。


 「守るのは……私の役目!」

 リナが続いた。二体目のゴーレムがセリアに迫る。だがリナは割って入り、鋭い突きでゴーレムの膝関節を貫き、崩れ落ちる巨体を受け止める。


 セリアは必死に杖を握り、震える声で詠唱した。

 「私は……“名前を取り戻した者”! だから……仲間を呼ぶ!」


 杖先に青白い光が集まり、小さな氷精霊が弾けるように現れる。その冷気が三体目のゴーレムを包み、動きを鈍らせた。


 「……やれる!」

 フィンが息を荒げつつ叫んだ。


 三人はそれぞれの“在り方”で戦い、少しずつゴーレムを押し返していった。


 しかし――最後の一体が動かなかった。中央の石柱の前に立ち、ただじっと彼らを見下ろしている。


 「……何もしない?」

 セリアが不思議そうに首をかしげる。


 そのとき、地鳴りのような声が再び響いた。

 『――名は、ただ名乗るだけでは足りぬ。己を刻み、仲間と結び、大地に立つことで証とならん』


 石柱が強く輝いた。残る三体のゴーレムが砕け散り、最後の一体がゆっくりと跪いた。


 「……認められた?」

 リナが剣を下ろし、肩で息をする。


 フィンは剣を収め、汗を拭った。

 「たぶん……俺たちの“行い”を見てたんだ。互いに補い合って立ち向かえるかどうか……それが試された」


 セリアはほっと胸を押さえ、笑みを浮かべた。

 「こわかったけど……やっぱり、みんなと一緒だから勝てたんだね」


 石柱の光はやがて形を変え、一枚の石版となって宙に浮かんだ。その表面には、大地の文字が浮かび上がる。


 『資格を得たり――次の層へ進め』


 三人は顔を見合わせ、小さく頷いた。


 「水に続いて……土。次は――」

 リナが呟いたところで、石版が放つ光が彼らを再び包み込んだ。


 大地の響きと共に、三人の姿は次の階層へと導かれていった。

声に応えるように、三体の影が動き出した。


 最初に動いたのは、フィンの影だった。

 「お前は“伝える者”だと? 笑わせるな」


 冷たい声と共に、影は手をかざす。刹那、橋の上に過去の光景が揺らめいた。

 ――ホビットの里。追放を告げる村人たち。冷たい目。拒絶の声。


 「お前には“居場所”などない。伝える言葉も、聞く者すらいない」


 フィンの胸に、鈍い痛みが走った。だが彼は歯を食いしばり、剣を構える。

 「……違う! 俺には、ここに仲間がいる!」


 その一閃は、幻影を斬り裂いた。影の瞳に、一瞬驚きが走る。

 「今の俺は一人じゃない。“虚ろな名”に縛られる必要はない!」


 続いて動いたのは、リナの影だった。無言のまま剣を振り下ろし、鋭い斬撃が風を切る。本物のリナは冷静に受け止めた。

 「強さを証明したいだけ? ……それじゃ足りない」


 彼女は影の刃をいなし、軌道を変えることで衝撃を殺した。

 「守るための剣だからこそ、私は立っていられるの!」


 叫びと共に、影の剣は粉々に砕け、風に溶けて消えた。


 最後に残ったのは、セリアの影だった。


 虚ろな瞳の少女は、ただ一言だけ呟く。

 「……名前なんて、意味ない」


 その声に、セリアは胸を突かれたように動けなくなる。奴隷として番号で呼ばれ続けた過去が、脳裏に蘇ったからだ。


 だが――フィンとリナの声が届く。

 「セリア!」

 「思い出して! あんたが名前を取り戻したのは、誰かに呼んでもらうためでしょ!」


 セリアの瞳に光が宿る。

 「そう……! “意味ない”なんて言わせない! 私はセリア! みんなに呼んでほしい、私の名前だ!」


 杖を振り上げると、青白い光が影を貫いた。虚ろな少女は微笑むように消え、風に溶けた。


 影が全て消えた瞬間、暴風が静まった。重く軋んでいた橋は安定し、遠くの門が明るく輝く。


 「……これで、認められたのね」リナが剣を下ろし、深く息を吐く。

 フィンは汗を拭いながら頷いた。

 「風は……“虚ろな名”を暴いた。でも、俺たちはちゃんと答えた。自分で、自分の名を選んで」


 セリアは涙を拭い、笑みを浮かべる。

 「うん……やっと言えた気がする。“私はセリアだよ”って」


 三人は並んで門をくぐった。風の声が最後に囁いた。

 『――名乗った者が、道を選ぶ』


 次の瞬間、視界は再び白い光に包まれた。

 塔の試練――水、大地、そして風。三つの“名を証する階層”を越えた彼らを、次なる真実が待ち受けていた。

虚ろとの対峙は、自分自身の答えを言葉や行動で示す場面でした。フィンは仲間の存在、リナは守る剣、セリアは自分の名。三人の答えが揃った時、門が開きます。次回はいよいよ塔の先に待つ“選ばれた者の道”へ。


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