第66話 人間
「そこまでです。パーラ様……、そしてノワラ・クロン」
扉を開けた先に待っていたのは、神官長のルーベン様と親衛隊と思しき男性が4人。女神ソフィア様の存在を考慮すると、この大神殿の中でもよほど深部にいる人でないとここには来れないのだと思う。だから、とんでもない人数に囲まれるとかはないと思っていた。
ルーベン様入れて5人かぁ。私、力は人より何倍も強いけど、戦えるわけじゃないからね……。不意打ちならなんとかなるけど。
「『女神の間』で破裂音がしたと聞いてやって来たが、とんでもないことを仕出かそうとしているな？」
――破裂音？ はいはい、私のビンタですね。思いっきりやり過ぎたわね？ もうちょっと加減したらよかったわ。自らピンチを招いてしまったわね、ノワラ・クロン？
すぐに組み付いてこないところを見ると、私の力を知ってる人が混ざってるのかしら。申し訳ないけど、吹っ飛ばした方のお顔は覚えていないのよ。
4人の男たちの動きを注視していると、ロコちゃんが私から半歩くらい前へ出た。
「神官長？ ソフィア様は『人間』じゃんか？ 教団はひとりの女の子の助言なんかにずっと頼ってきたのかよ？」
ロコちゃんの言葉にルーベン様は少しの間、沈黙をしていた。だけど、一度目を瞑った後に話始めた。
「パーラ様、あなたは本当にその娘が人間だとお思いですか？」
彼は私の背中にいる少女を指差した。
「はぁ？ どっからどう見ても普通の女の子だろうが！？」
ルーベン様は、2度ほど小さく首を横に振った。
「この国の……、教団の歴史を調べていたパーラ様ならご存知でしょう？ 聖ソフィア教団がこの国の実権を握ってからもう100年以上経っております。そして、その頃からずっとソフィア様はいらっしゃるのですよ？」
「だからなんだってんだよ？ ただ長生きなだけじゃんよ！？」
「パーラ様にとってはそうかもしれません。ですが……、他の誰もがそう思うでしょうか？ 老いを知らずにずっと生き続けている彼女を同じ『人間』と果たして思えるでしょうか？」
「ワタシはご神託の間で普通にソフィア様と話をした！ 少なくともこの子は神様なんかじゃない！」
ロコちゃんの語気は強い。怒ってるんだ。ソフィア様を、人間じゃないと言われたことに。
「たしかに『神』ではない。だが、その娘は特別なのだ。歳をとらず、そして異常なまでの記憶力と分析力をもっている。聖ソフィア教団を設立した私たちの祖先はその力を国の発展に利用した」
「神官長、この子について知ってることを話せよ？ 内容によってはソフィア様を返してやってもいい」
ロコちゃんは心にもないことを口にしている。私も、ここにいる誰もがそれに気付いたはずだ。
「パーラ様、今のあなたが交渉できる立場にあるとお思いですか？ ――と言いたいところですが、できれば穏便にことを済ませたいですので、話して差し上げましょう」
きっとルーベン様は時間稼ぎをしたいんだわ。加勢を呼んでるのかしら？ ロコちゃんにはなにか狙いがあるの？ 私には残念ながらわからない。そんな作戦考えていないもの。
「とても簡単な話ですよ。教団を設立した私たちの祖先は、その娘の特性に目を付けて教育を施しました。伝えられるありとあらゆる情報を読み聞かせ、余計なことは言わずに、ただただ『問い掛け』にだけ答えるように調教してきたのです」
ルーベン様は言った。私たちがソフィア様を連れ出した「女神の間」、あそこでは今でもご神託の時間を除いて、教団のもつ国民の情報を延々と読み聞かせているのだと……。何人かが交代で、人が生きるための最低限のお世話と一緒にだ。
「最初は『聖女』など存在せず、ただ、政の問い掛けに答えてもらうだけだった。他国の歴史書を含め、あらゆる情報をもって判断できるその娘の答えは常に的確だった。ところが、ある時から特定の女性以外に心を開かなくなったのだ。それが今日こんにちの聖女、というわけだ」
膨大な知識をもった彼女の答えは、政治的判断から些細な悩み事まで解決していった。
その存在を隠し、「女神」として据えて、彼女が心を開く女性を「聖女」として祀り上げる、こうして聖ソフィア教団はその勢力を拡大していった、とルーベン様は語った。
「いつしかその娘は、私たちが与える国民の情報から話をする女性を選ぶようになった。パーラ様？ あなたもそうして選ばれたのです」
「教団の人間がこれまでどんな教育してきたかしんないけどさ、きっとソフィア様は自分を助けてくれる『変化』を与えてくれる人を探していたんだ！ 途方もない年月をずっとだ……」
「そんな自我があるとは思えませんが？ 何度も言いますが、その娘は人間ではない。パーラ様も動物の肉を食べるでしょう？ それとなんら変わりませんよ？ ただ、利用の仕方が違うだけです」
利用の仕方って？ サフィール様といい、この人たちどうして涼しい顔でそんなことが言えるの？ どうかしてるわよ、絶対。
「ソフィア様はたしかに『ここから出たい』って言った！ それが願いなんだよ！ 人の願いを散々叶えてやってるのに、ソフィア様の願いだけ聞けないなんて不公平だろ！？」
「冷静になって下さい。仮にその娘が人間だとしても――、です。1人の犠牲で国民は救われるのです。現実にそうやってこの国は栄えてきました。女神を失えば、この国は滅びてしまうかもしれません」
「それが本当に……、国民のことを想ってだけなら一考に値すると思うわ！」
廊下の向こう、出口側の方から別の声が響いてきた。まったく予想していなかったけど、聞き覚えのある声だ。足音を軽く響かせながらこちらに近付いてくる。
「けど、違うでしょう！？ 女神様を利用して国民を縛って、教団の一部の人間が甘い汁を吸ってるだけじゃない！？」
どうやってここまで入って来たのかわからない。だけど、間違いなく現れたのはガーネットさんだった。
