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白と黒の聖女  作者: 武尾 さぬき
終章 ふたりの聖女
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第63話 全力

 ご神託の間とよく似た地下へと続く長い階段を私とロコちゃんは下っていた。湿気が多くてひんやりとした空気が流れている。さっき上がってきた階段と比べると幅は広くて、大人数で行き来したり荷物を運んだりもできると思った。




 ロコちゃんと頻繁に顔を合わせるけどお互い無言でいる。声も音も反響が凄そうだからだ。ただ、次の瞬間私たちの短い悲鳴がここをこだましていた。





「なにを企んでいるか知りませんが、お戯れは終わりにしましょう? おふたりとも?」





 サフィール様が階段の一番下、ご神託の間のように扉があるところの前でこちらを向いて待っていたのだ。




 戸惑っている私に反してロコちゃんは頭のウィンプルを投げ捨てずんずんと彼の元へと向かっていく。




「やるじゃん? ノワちゃんの神演技に気付いてたのかよ?」




 長身のサフィール様はいつも通り表情を変えずにロコちゃんを見下ろしている。




「確信はありませんでしたが、あなた方がなにか企んでいるのは薄々感づいていました。ですから、逆にどこまで知っているのか確かめたくなりまして」




「ワタシらを出し抜いたつもりかよ?」




「そうですね。ただ、ノワラ様も一緒に来ているのは想定外です。親衛隊に捕まえておくよう命じたのですが……」




 その方々は裏拳をくらって気絶していると思われます……。





 大きな扉を背にして立ち塞がるサフィール様、私たちは揃って彼の顔を見つめた。いいえ、睨みつけていた。




「ここまで来てしまった以上、おふたりにはそれなりの覚悟をしてもらわねばなりません。特に……、本物の聖女ではないノワラ様には、です」




 彼は一歩こちらに踏み出してきた。同じ分だけロコちゃんが後ずさる。サフィール様の表情はいつもと変わらない……、けど、とても冷たい顔に見える。




「パーラ様は『聖女』です。監視はこれまでの何倍にもなるでしょうが、今後も役目を果たしてもらう必要があります」




 一呼吸おいて彼は私の顔に目を向けた。




「ノワラ・クロン……、まずは大人しくここで捕まりなさい。そうすれば悪いようにはしません。私から総主教様にそう進言しましょう」




「捕まったら()()行きですか!?」




 私は語気を強めて言った。捕まる意思なんてこれっぽっちもない。




「いろいろご理解されてるようですね? よければ楽園でご両親と暮らせるよう計らいましょう。ですが、逆らうようなら――」





「痛っ! 離せよ、堅物野郎っ!!」





 彼はロコちゃんの手を捻るようにして掴んだ。相変わらずの無表情でだ。





 ――ありがとう、サフィール様。今のあなたの行いのおかげで、全部吹っ切れたわ!




 ちらりと胸元のネックレスに目をやる。今付けているのは白い宝石、ロコちゃんから借りたものだ。以前もらった黒い宝石のネックレスは、先日ロコちゃんと街を眺めた高台の崖から投げ捨てた。




 あなたが……、聖女様の身代わりとなった私を利用してるって気付いたから!





「ノワラ・クロン、抵抗はやめなさい。貴女が他の女性と比べてずいぶんと力自慢なのは存じています……が、所詮は女性の腕力です」




 私は迷わず彼の前に踏み込む。





 私は、一度だけ女神様から「お悩み書き」の返事、すなわち「ご神託」をもらったことがある。それは、人よりずっと強い『力』の使い方についてだ。


 女の子らしく、非力なフリをして生きてもいいと思っていた。どうしたものかと迷った末に、ダメで元々のつもりで女神様を頼ってみた。




 すると、それまでどんなお悩みにも返事はなかったのに、これに限ってすぐに返事が届いたのだ。そこには、こう記されていた。





『迷わず、思う存分その力を振るいなさい』




 


 サフィール様……、残念でした。




 そうね、あなたはロコちゃんの口から私が「力持ち」だって聞いたんでしょう? ご公務の帰りに襲われた時もあっけなく連れ去られたもんね。その程度の「力」って認識なんでしょう?





 甘すぎるんだからっ!!





「女の子に手を出す男なんて最っっ低!!」




 きっと私の動きは彼の想定よりずっとずっと速かったんだと思う。私の目に映ったのは、特に身構えず、ただ目を大きく見開いた彼の表情。その頬から顎をなぞるように私は平手を振り抜いた。彼の表情が歪んでいくのがスローモーションのようにゆっくりと見えた気がする。




 頭が飛んでいくんじゃないかと思うくらいの全力の平手。彼の顔は明後日の方向を向いて体ごと浮き上がって吹っ飛んだ。「破裂音」と言っても差し支えない轟音が同時に響き渡る。




 あっちゃー……、死んでないよね?




 サフィール様は受け身もとらずにその場で倒れた。どうやら、手の力は抜けていたみたいでロコちゃんは解放されていた。




「うっわー……、サフィール死んだんじゃね? 白目むいてんじゃん?」




 私は、頬の感触が残る手のひらを見つめていた。とっても痺れているけど……。




「ロコちゃん、手袋持ってない? 素手は私もちょっと痛いわ?」




 痛いのは手じゃなくて心かな? 全部振り切ったつもりだったのに自然と涙が出てくる。おかしいなあ?




「ノワちゃんに今必要なのはハンカチでしょ?」




 彼女はハンカチと皮の手袋、両方を差し出してきた。手袋()持ってたのね……。




 涙を拭った私は手袋をはめて、次の戦いに挑む。目の前の扉には鍵がかかっている。きっとサフィール様がどこかに鍵を持っているのだろうけど、目を覚まされてもイヤだし、いろいろと面倒になってきた。




 うふふ、「面倒」だなんて……、ロコちゃんがどんどん心に浸食してきているみたい。





「むんっ!」





 扉の錠前を素手で破壊。もう「力こそ正義」なのよ、ノワラ・クロン。ここにきて覚醒したわ。




 鍵の開いた扉を前に、私とロコちゃんはお互いの意思を確認するように目を合わせた。小さく頷いてから、その扉を開けた。

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