第59話 結束
「ノワラちゃんはパンおっきいのにしとくよ！？ お連れの方は普通のでいいのかい！？」
ご近所のお店で私は昼食をとっている。同じ席にはガーネットさんとグレイもいる。お互いの情報交換は、バザールへ出て行くよりも私の家の近所の方が安全な気がしたからだ。
ガーネットさんたちを追ってる人がいたとしてもここなら見かけない顔があればすぐに気付く。それは、万が一私に見張りが付いていたりしてもだ。
聖女様の影武者が公にされていない以上、私の存在自体が聖ソフィア教団にとっては大きな秘密の1つなのだ。今まで意識してなかったけど、見張りとかいたとしても全然不思議じゃない。
今いるお店はパン屋さんだけど、店内にいくつかテーブル席が設けてあって食事がとれるようになっている。
私たちのテーブルに芳ばしい香り漂う焼きたてのパンを載せたお盆が運ばれてきた。中に明らかに1つ大きいのが混ざっている。
私が迷わず大きいパンに手を伸ばすと、ガーネットさんもグレイも唖然とした顔でこちらを見ていた。
「え、えっと違うんです！ さっきまで力仕事をしてたから、その……、お腹減ってるんです！ 決していつも大きいのを食べてるわけでは」
「ノワラ様、たくさん食べるのはよいことだと思います。決して『すごいボリューム』とか思っておりませんから」
ガーネットさん、驚くほど心の声が駄々洩れなんですけど、天然ですか？
「あの怪力を発揮するにはそれなりに食べないといけないのだろう」
「怪力怪力言わないでよ、もう！」
ここでカッコつけても、もう手遅れなので遠慮なくいただきます。この見た目からお腹いっぱいにしてくれる感じがたまらないわけなんです。
「ノワラちゃんもお連れの方も飲み物はミルクでいいかい！？」
店主のおばちゃんの大きな声が聞こえてくる。私は2人の顔を見やった後に同じく大きな声で返事をした。
「――聖女パーラに協力してほしいと？」
パンとミルクをご馳走になった後、私たちはそのままテーブルで声を潜めて話をしていた。パン屋のおばちゃんは私たちの様子を気にも留めずに常連のお客さんと世間話をしている。
「はい、ロ……、パーラ様がなしたいことはガーネットさんたちの目的に近いと思うんです」
「たしかに今のお話が事実で、尚且つ本物の聖女様がこちらの味方をしてくれるのでしたら、目的もほぼ一致しますし、頼もしい限りなのですが……」
「聖女パーラは信用していいのか？」
グレイがじろりと私の顔に目をやってそう言った。たしかに今の話をパーラ様と面識のない2人に信じてもらうのはむずかしいのかもしれない。
「パーラ様は私に嘘なんか付きません」
「ノワラ様、今だから話せますが私たちは教団内に間者を潜ませています。ノワラ様を連れ去ったときも、護衛の人数が少ないことを知っていたから実行できたのです」
なんとなく予想はしていたけど、やっぱりそういうことか。間者って誰なんだろう？ 大神殿で私も顔を合わせている人なのかな？ 護衛の人数とかは把握しているのに、聖女が影武者とかは知らなかったのかしら？
「聖女パーラ様はその……、破天荒といいますか、なかなか個性的なお方と聞いております。内容が内容ですし、そのまま鵜呑みにしていいのかどうか……」
個性的か、ロコちゃんを貶さないようにうまく形容するのは大変だろうなあ。いい子なんだけどね。
「たしかにお二人にいきなり全部信じてと言ってもむずかしいのはわかっています。ですが、聖女様は女神様の代弁者です」
グレイは一瞬、虚を突かれたような顔をした。それは、ガーネットさんも同じだった。
「ほう……。なかなかおもしろいことを言う」
この2人がたとえ「反・教団」であっても、女神ソフィア様のご神託の力は知っているはずだ。教団の意思・意向に関わらず、女神様のご神託は現実に人々を導き、国を守ってきた。女神様の言葉なら信じるに足るのではないか？
「ノワラ様、これは仮の話です。聖女パーラ様を信じるとして、ことを成した後はいかがするおつもりですか？」
「私は……、一緒に国を出ようと思っています。きっともうここにはいられないと思いますから。両親が心配ではありますけど、その両親がずっと前から国を出ろっと言ってたんですもの」
少しの間、沈黙が流れた。パン屋のおばちゃんの笑い声がやけに大きく聞こえてくる。
「国の外へでる手引きなら、ナイトレイ商会を通じてなんとかできると思いますが――」
ガーネットさんがここまで言ったところでグレイが話に割り込んだ。
「ノワラ・クロン……、最初から国の外へ出る手段として協力を仰いだのではないのか？ 大神殿の中は自分と聖女パーラだけでどうにかするつもりで？」
私は小さく頷いた。
「グレイの言う通りです。ここまで話しましたが、やっぱり間違いの可能性も否定できません。ですが、私と聖女様だけなら間違っていても誤魔化せると思うんです」
「間違いじゃなかったときの――、その先が必要なんですね？」
ガーネットさんは少しだけ身を乗り出してきた。力強い目で私を見つめてくる。
「はい、虫のいい話とは承知しています」
彼女たちは一度目を見合わせてお互いの意思を確認するような素振りを見せた。
「わかりました。ノワラ様と聖女パーラ様でことを成す時機を探して下さい。それに合わせてできる限り支援できるよう手配をします」
そう言ったガーネットさんの表情は笑顔だった。
「ありがとうございます！ ガーネットさん、それにグレイも」
「おおよその目的が一致していると最初に言っていただろう？ 虫のいい話とは思わん。こちらにも利があるなら協力できる」
私はテーブルの上で2人に握手を求めた。それぞれの手を固く握り、できる限りの感謝の意を示した。
――あとは私たちだよ？ ロコちゃん！
