第58話 決断
「ノワラ様、神殿で迷子になるなんて貴女らしくもない。聖女様には侍女をつけていますから、案内を頼めばよいのですよ?」
「ご迷惑おかけ致しました。お腹の調子が悪かったものでして……」
大神殿での「ノワラ・クロン」の捜索は、頃合いを見てひょっこり私が顔を出したことで解決を見た。
サフィール様を筆頭に神殿の人には、お手洗いを探して迷子になった、というなんとも間抜けで恥ずかしい設定を貫いた。私自身もすべてを振り切って全力でロコちゃんを演じ切った。
恥ずかしさの波が怒涛の勢いで押し寄せて、もはや失うものはなくなったわ、ノワラ・クロン。
――とほほ……。
だけど、私が姿を現したのはロコちゃんがしっかりと成果を上げたからだ。正確にはまだ「予想」の段階だけど。
おおよその目的を果たしたロコちゃんはこっそりと神殿の自室へと戻って来た。そこで聖女の衣装に着替えて、今度は私がこっそりと部屋を抜け出して、適当なところで見つけてもらった。
珍しくサフィール様から軽いお説教をもらった後に、私とロコちゃんはお部屋で二人きりになった。きっと顔を合わせると思いっきり笑われると思っていたけど、彼女の反応は意外なものだった。
「ノワちゃん、ワタシ本気で感動しちゃったよ……。マジで女優とかの道目指した方がいいんじゃね?」
「……ありがとうロコちゃん、私もほんの少しだけど才能の片鱗を感じてしまったわ、――ってそうじゃないでしょ!?」
私は話を真面目な方向へと修正する。ロコちゃん相手だと全部笑い話になっちゃうよ? まあ、それがいいところなんだけどね。
「ノワちゃんの知恵と神演技のおかげで、チャンスさえあったら確かめるのはできそうなかなぁ?」
彼女はそう言いながら、ベッドに背中から飛び込んだ。
「ロコちゃんは、確かめられたら――、その後どうしたいの?」
ベッドの天蓋を見上げるロコちゃんに問い掛けた。
彼女がどうしたいのか……、それによっては私も決断をしなければならない。
「うーん、ワタシ頭は終わってるくらい悪いからさ、むずかしいことはよくわかんないんだけど」
「終わってるくらい」か、はさておき、ロちゃんはここで一呼吸置いた。この先の言葉には彼女にとっても相応の決意があってのものなのかもしれない。
「孤児で口悪くて取り柄のないワタシが聖女に選ばれた理由って『これ』だと思うんだよね? ううん、――きっと、代々の聖女様も含めてひょっとしたらこの理由で選ばれていたのかも?」
ロコちゃん、あなたは決して頭が悪いなんてことないわよ? ただ、学ぶ機会が他の人よりちょっと少なかっただけじゃないかな?
「だったら、ちゃんと役目は果たしたいんだよね! ようやく聖女様としての自覚が芽生えてきたんだからさ!?」
碧あおい宝石のような瞳と中に煌めく美しい虹彩、初めて出会ったときと同じ目をしている。不思議と彼女の成したいことは、私が進むべき道のような気もした。
「わかったわ、ロコちゃん……。ロコちゃんの望みを叶えるために、私からもお話しないといけないことがあるの」
言葉にしたら、もう後戻りはできない。そう思った。




