第52話 皮切り
「ノワちゃんさ、ちょっとだけ変な話してもいい?」
今日のご公務は早くに終わり、私は夕刻前に大神殿へと戻っていた。ロコちゃんもちょうど神託を聞き終えたところのようで、お部屋で一緒に休憩をとっている。
彼女はいつものようにベッドで枕を抱きしめながらゴロゴロとしている。私はそのベッドに腰掛けながら話を聞いていた。
彼女がこんな前置きをするのは珍しいと思った。
「うーん……、いいけど、怖い話とかはやめてよ?」
「ノワちゃんてあの『力』があって怖がりなの? 幽霊が逆に逃げ出すと思うけど?」
「二言目には『力』って言うのやめてね? けっこう気にしてるんだから」
「ごめんごめーん! けど、ワタシはノワちゃんの『力』に心奪われちゃったからさ! そいえば最初に見かけたときからずっとお目にかかってないやね?」
「もう! 見世物じゃないんだからね!」
腕相撲大会とか出てましたけど……、はい。内緒にしときます。
「えっと、それでロコちゃんの話ってなに?」
私は話を仕切りなおした。
「オラァッ!!」
ロコちゃんが急に大声を上げた。なになに? 全然脈略ないんだけど? 少しの間、部屋に静寂の時が流れた。
「よし! この声で誰も入って来ないってことは盗み聞きしてるやつはいなさそうだね!?」
なるほど、――というか、すごい確かめ方をするなあ……。
しかし、話す前に前置きはするし、誰かに聞かれてないかも確かめてるし、いつものロコちゃんらしくない感じがする。一体どんな話をするつもりなんだろう?
◇◇◇
お買い物用のバッグの中には、トマト、パプリカ、お肉の燻製……、他に買わないといけないものあったかしら?
私はバザールで食品をいくつか買い揃えていた。別にここまで出て来なくても簡単なものは家の近所で十分揃えられる。だけど、今はここまで来ることに意味があった。いいえ――、ひょっとしたら無意味かもしれないのだけど。
お休みの日は、もう何日も続けてバザールまで来ている。それほど見たいものがあるわけじゃないのに適当にお店を物色して回っていた。今日がその何日目だったかはわからない。
お品を買うのを切り上げて家に帰ると決めたときだ。今もそのつもりでバッグの中身を確認していた。待ち望んでいたことが起こってくれた。私の横に立った女性が話しかけてきたのだ。
「ノワラ様……、その赤いスカーフは話しかけてほしい、ということでよろしいのですよね?」
声の主はガーネットさん、グレイに話して私が突き放したはずの「反・聖ソフィア教団」の人だ。
「気付いてくれてありがとう、ガーネットさん。そろそろ諦めようと思っていたところだったわ」




