第51話 手紙
楽園を訪れてからずいぶんと時は流れた。私は変わらず、聖女様の影武者を続けている。私が連れ去られた一件から警備はずっと厳しいままで、それが功を奏してか、ご公務でのトラブルはあれから一度もない。
もっとも、あんなことがそう何度もあっても困るし、それを仕出かそうとする人たちも鳴りを潜めていると思う。
グレイにエスメラルダ様と会ったことを伝えてから、彼ともガーネットさんとも一度も会っていない。
彼らは、私にただ危害を加えただけの人たちだ。それなのに、どこか情が移ってしまっているのはなぜだろう?
きっと……、飛躍した考え方だったけど、その一部には真実もあると思ったからだ。教団の存在と女神様は、この国を守っている一方で縛り付けている存在でもある。
彼らの話を聞くまではそんなこと考えすらしなかった。ガーネットさんが話していた、「夜の街を照らす灯り」ってどんなんだろう? 私も実はあの話を聞いて、かすかに国の外へ憧れを抱いたのかもしれない。
ロコちゃんは最初に出会ったときより、ちょっとだけ大人っぽくなった気がする。言葉使いは相変わらず凄まじいものがあるけど、駄々をこねたりわがままを言わなくなった。外では元々「聖女様」の威厳をもっていたけれど、神殿の中でも少しずつ「らしさ」が芽生えているように思えた。
夕刻、家から少し離れたところでいつも通り馬車を降りて、歩いて帰っていた。赤い空を見上げてゆっくりと歩く。時折吹く風は涼しくて、お仕事の疲れを癒してくれるようだった。
楽園に行ったことで、心の靄が晴れてスッキリしている。それからのご公務も何事もなくて、「反・聖ソフィア教団」の人たちの接触もない。とても平和で充実した日々が続いている。
家に帰って郵便受けを覗くと、手紙が1通届いていた。両親からの手紙だ。あの日顔を合わせてから初めての手紙。私はうきうきしながら家に入って、手紙の封を切った。
今回はお母さんの字ね。この間たくさんお話をしたからか、いつもの手紙よりちょっと量が少なめだわ。
手紙の内容は、お父さんの様子とか近頃の天気の話とかだった。今までの手紙もそうだったけど、きっと楽園のなかについては書いてはいけないのだろう。
2度ほど手紙に目を通した私は、楽園で両親と交わした会話を思い出していた。
『――寂しくなったら古い手紙も読み返してみてね?』
本当に寂しかったわけじゃない。単なる気まぐれで、私は古い手紙を引っ張り出した。20通を超える両親からの手紙。
『ノワラに送っている手紙、お父さんとお母さんが時々替わって書いてるんだけど気付いていたかい?』
字の違いで、両親のどちらが書いているのかの区別はついていた。
「どうせなら1回の手紙で両方書いたらいいのに……」
私はそう独り言ちて、古い手紙も読み返していた。特になにか意味があったわけじゃない。ただ、なんとなくお母さんからの手紙ばかり読んで、そのあとにお父さんからの手紙をまとめて読んでいた。
『ノワラに送っている手紙、お父さんとお母さんが時々替わって書いてるんだけど気付いていたかい?』
『――寂しくなったら古い手紙も読み返してみてね?』
あれ……? なにこれ?
違和感が私を襲った。そして手紙を何度も――、何度も何度も読み返した。
「なによ……、なんなのよ、これ……?」
背筋からなにか冷たいものが這い登ってくる感じがする。吐き気も伴ってきた。私は思わず口を抑えていた。
お母さん、お父さん、どういうことなの? 私わかんないよ……。




