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白と黒の聖女  作者: 武尾 さぬき
第7章 壁の向こう側
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第48話 至福

「おっ、お父さん!? お母さん!?」




 後ろにいたのは紛れもなく私の両親だった。




「ノワラ! まさかここに来てくれるなんて! 会いたかったわ!」




 お母さんは私の右手を両手で強く握りしめた。感触を確かめるかのように何度も握りなおしている。目の前にいるのが、本物の私だと確かめているかのようだ。その後ろにはお父さんが笑顔で立っている。




「ノワラ、元気そうでなによりだ」




「うん! お父さんもお母さんも元気でよかった!」




 私は少しの間、両親の顔を見つめて微笑みあった後、振り返ってサフィール様に問い掛けた。




「サフィール様……、これは一体?」




 彼は一度咳払いをした後に話し始めた。




「実は、以前にノワラ様の住所を調べたときに『クロン』の名が気になっていたのです。楽園に住まう方のお世話係りにその名のご夫婦がいたと――」




 サフィール様の説明はおおよそこんな感じだった。





 楽園で暮らしているのは代々の聖女様だけではない。教団のさまざまな功労者や、その方々のお世話係の人もこの中で暮らしている。


 ただ、楽園の存在は外に知られてはならないため、専属で働く人たちは対外的に「他国へ行く」とされるようだ。





「先日、ノワラ様がエスメラルダ様の話をされたときに思い出したのです。そういえば、彼女がここへ入ってからお世話をしているのは『クロンご夫婦』ではなかったか、と……」




 彼は以前から、楽園での務めによって外界との交流が途絶えてしまう人を気にかけていたそうだ。そして、私もそのような境遇にあると知り、神官長様へ掛け合って、両親と会えるように取り計らってくれたようだ。


 お父さんとお母さんがエスメラルダ様のお世話係をしていたのは、本当に単なる偶然だったみたい。





「私は先にお屋敷へ戻りますね。ラックとケイトはノワラさんとゆっくり過ごしてください。午後は休暇にしておきますから」





 エスメラルダ様はそう言うと、優雅な所作で一礼をしてここを離れていった。





「この陽気ですから、どこかへ行くより庭園の方が過ごしやすいかもしれませんね。私はここへお茶を運ぶよう係りの者に申し伝えてきます。また、迎えに参りますので、ご両親との時間を楽しんで下さい」





 サフィール様もそう言って、私と両親にそれぞれ深くお辞儀をしてから去っていった。




 ああ、サフィール様ってなんてお優しい方なのかしら……。まさかこんな最高の贈り物を準備してくれているなんて。




 私たちは庭園にあったテーブル席に腰掛けて、お互いの近況を報告し合った。離れて暮らした期間はたったの2年だったけど、それまではずっと一緒に過ごしてきてたので、その2年はとてもとても長い時間に感じられた。




 サフィール様がここを離れてから少しすると、給仕の方が2名ほどやってきてティーセットと焼きたてのスコーンとジャムをいくつか差し入れしてくれた。


 お茶もお菓子もとても美味しい。ロコちゃんにもらったビスケットのときも思ったけど、教団の関係者ってこんなにおいしいものをいつも食べてるの?




 サフィール様の言う通りで、外の陽気はぽかぽかしてとても気持ちよかった。陽の光に照らされて、庭園の草花もとてもキレイに光って見える。目の前には、会いたかったお父さんとお母さんがいる。


 今この瞬間はきっと、私の心にキラキラと輝く記憶の1ページとして刻まれると思った。






 お話していると時間が過ぎるのはあっという間だった。2年の隙間を埋めるように私はいっぱいお話をした。お母さんもいろんな話をしてくれて、お父さんは、私たちに圧倒されてか聞き役に回っていた。




「お手紙はちゃんと届いているかい?」




「うん、仕送りもちゃんと一緒に届いてるよ。だけど、私も働いてるから無理しなくていいんだよ?」




「いいのよ、楽園にいるとお給金もらっても使うところがあんまりないのよね。お屋敷にはちゃんと私たち専用のお部屋もあるし、お料理の食材もほとんど準備してくれるのよ」




 なんと至れり尽くせりなのか……。それなら遠慮なく使っちゃおうかな?




「ノワラに送っている手紙、お父さんとお母さんが時々替わって書いてるんだけど気付いていたかい?」




「もちろんよ、字が全然違うもの」




「本当はもっとたくさん手紙を出せたらいいんだけど、楽園は人だけでなく『物』の出入りもとても厳しいの、ごめんなさいね?」




「いいのよ、元気でいてくれたらそれで十分だし、今日はこうして顔も見られたんだから」





 そのとき、庭園の入り口あたりからこちらに向かって歩いてくるサフィール様の姿が見えた。表情を確認できる距離に来ると、申し訳なさそうな顔をしているのがわかる。それを見て私は、そろそろ時間なのだと察した。




「お父さん、お母さん、今日はありがとう! そろそろここを出ないといけない時間みたいだわ」




 私は席から立ち上がると、できる限りの笑顔をつくってそう言った。




 両親も私の視線の先のサフィール様に気付き、察したようだ。




「ノワラ、会えて本当によかったよ。これからも手紙は書くからね。寂しくなったら古い手紙も読み返してみてね?」




 ここでお別れすると、またきっとしばらく会えない。私も両親もそれをわかっているから笑顔でいるけど、視線を逸らしていた。目が合うとお互い泣いちゃいそうな気がするからだ。




 両親も立ち上がったところで、サフィール様がこちらに歩み寄って来た。そして、両親に向かって大きく頭を下げている。




「大変心苦しいのですが……、そろそろ私もノワラ様もここを出ないといけない時間です」




「いいえ! 神官様、今日は本当にありがとうございました! 娘と会えるのはまだずっと先だと思っていましたので、なんとお礼を言ったらいいか……」




 サフィール様と両親はいくつか言葉を交わして、それから私は彼の後を追って庭園を出た。陽はオレンジ色に変わっていて、時の経過を感じさせた。




 後ろ髪を引かれる気持ちを振り払いながら、私は黒い壁を通り抜け、楽園をあとにした。

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