第47話 楽園
「神官長は、いつから神官やってんの?」
ご公務に出る前の準備中、ワタシは近くにいた神官長に話しかけていた。
「神官に就いての期間ですか? 『神官長』になってからおよそ10年ですから、神官としてはもうずいぶんになりますな」
「今のサフィールみたいに聖女様のお世話係りとかやってたの?」
神官長は、記憶を辿るように虚空を見上げてから答えてくれた。
「ええ、そういった経験もあります。もっともパーラ様ほど荒々しい聖女様は初めてですが……」
「ふんだ! 退屈しなくていいだろ!?」
「さあさ、そろそろ切り替えて下さい。そのお言葉使いはここだけの約束です」
さすがに神官長のルーベン様相手だとワタシも気圧されてしまう。一度、目を瞑って大きく息を吐き出した。
――よし……、気持ちが整った。
「では、参りましょうか。ワタシを待っている方々がいるところへ」
表情を引き締め、背筋をスッと伸ばしてワタシは歩き出す。大神殿の一室を出ると、親衛隊がすかさず周りを囲んで共に進んでいく。
結局ノワちゃんとサフィールがどこ行ってるかは知らないけど、本物の聖女様がノワちゃんに見劣りしたらマズいからね。しっかりご公務に励むとしましょうか。
なんだか、どっちが「身代わり」かわかんなくなってきたなぁ……。
◆◆◆
禁足地の壁を抜けた先に見えたのは――、いくつも並んだ綺麗なお屋敷。
街の位の高い人たちが住んでる居住区みたいな雰囲気だ。
「……ここは?」
サフィール様に問い掛ける、――というよりは、ほとんど独り言だった。けど、それに彼は答えてくれた。
「禁足地は、かつて聖女を務め上げた方々の居住区なのです」
「せっ、聖女様のですか?」
もう、ここ最近ホントに驚いてばっかりだ。私の寿命まだちゃんと残ってるよね?
「はい。聖女様はそのお立場上、役割を終えられた後でも目立ち過ぎる存在なのです。そのため、普通の生活を送りにくくなります。ただ、この国や教団への貢献度合いでいえば計り知れないものです」
たしかにエスメラルダ様やモルガナ様を街で見かけたなら、たとえ聖女を退任された後であっても注目を集めることになるだろうなあ……。
「また、女神様と接触している数少ない人物であるため、居所がわかれば他国の者から狙われる可能性すらあるのです。そのため、彼女たちは任期を終えた後ここで匿われ、生活をしております」
国や教団に尽くしてくれた聖女様だからこそ、役割を終えられた後もしっかりと保護されているということか……。
「外の人間からは『禁足地』と呼ばれていますが、中の人間は『楽園』と呼んでおります。ここの不気味な言い伝えも、外の人間が近付かないようにあえて流しているのです」
私はサフィール様の話を聞きながら、彼の後ろを追って歩いた。綺麗に整備された石畳みの道を進むと、これまたしっかりと手入れされた庭園が見えてきた。色とりどりの季節の草花が視界に入ってくる。
植物のアーチを潜った先には小さな噴水とベンチがあり、そこにはひとりの女性の姿があった。白いワンピースを着た大人の女性だ。
肩のあたりまで真っすぐ伸びた金色の髪は、陽の加減で翡翠のような色にも見える。庭園にあるどの花も羨むような美しい姿……。
そこにいるのは間違いなく、先代の聖女エスメラルダ様だった。
「ご機嫌麗しゅう、サフィール」
「ご機嫌麗しゅうございます、エスメラルダ様。本日は急なお呼び立てに応えて頂き誠にありがとうございます」
「いいえ、構いませんわ。ここでの生活は不自由こそありませんが、退屈ですから……。来客は大歓迎ですよ」
「ノワラ様、ここはどこよりも秘密が守られる場所ですから、エスメラルダ様には貴女が聖女パーラ様の影武者とも伝えてあります」
呆然として口が半開きになったままエスメラルダ様を見つめていた私は、サフィール様の言葉で正気を取り戻す。すると、エスメラルダ様が私の元へ歩み寄ってきた。
「聖女パーラ様とは彼女の任命式でお会いして以来ですけど……、『ノワラさん』でしたか……、本当に驚くほど似てますわね?」
彼女は、鼻と鼻がぶつかりそうな距離で私の顔をマジマジと眺めている。こんな近くでお目にかかったのは初めてだ。なんて綺麗な人なんだろう……。女性の私でも見惚れてしまう。
「えっ…と、お初にお目にかかります! ノワラ・クロンと申します!」
私は、頭をぶつけないように一歩下がってからエスメラルダ様に向かって大きく頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくてもよくてよ、ノワラさん? 私はもう聖女を引退して隠居した身ですから」
お辞儀をしたまんまで私はいろいろと考え事をしていた。
代々の聖女様のお姿を見かけないのは教団が護ってくれていたからなんだ。ガーネットさんやグレイの言っていた「女神様の生贄」なんて話が急にバカバカしく思えてきた。
あんな話を信じかけていた私はどうかしていたんだわ。
それに――、これでロコちゃんが生贄にされるなんてこともないってわかった。なんだか胸のつっかえが無くなってとてもスッキリしてきた。
「あの! サフィール様は私をエスメラルダ様に会わせるためにここへ?」
私は顔を上げて、サフィール様に問い掛ける。先代の聖女様の無事が確認できたのはよかったけれど、私がここへ連れて来られた理由がよくわからない。
「それはですね、実はエスメラルダ様もなのですが、そのお世話をしている人と会ってもらいたかったからなのです」
「お世話の人……、ですか?」
「うふふ、サフィールに言われてちゃんと呼んでおきましたわ。もうすぐここへ来ると思いますよ?」
そう言ってエスメラルダ様はにこりと笑っている。私にはなんのことかわからない。
そのとき、後ろに人の気配を感じた。
「こっちですわ! ラック! ケイト!」
エスメラルダ様が大きな声で呼びかける。
――あれ? 「ラック」と「ケイト」って……。
後ろを振り返った私は、こちらに来る2人の顔を見て思わず叫んでしまった。
「おっ、お父さん!? お母さん!?」