第45話 遠出
「うーん、違う……。これじゃ自然な感じがしないわ」
私は午前中に荷下ろしのお手伝いを済ませた後、家にある一番大きな鏡の前で服を取っ替え引っ替えしていた。
「ノワラ・クロン」としてサフィール様の前に立った経験はほとんどない。大神殿には、支給されている修道女の服で入っている。その後はいつも聖女様専用の純白の法衣に着替えている。
制服のある学校に通っている女の子が気になる男の子とデートするときってこんな気持ちなのかな?
家にいるときの服や荷下ろしで着ている服はお世辞にも「かわいい」とは言えない。だけど、行き先がわからない状況で思いっきりおしゃれして場違い感が出てしまっても怖い。それに、なんていうか――、張り切ってる感を出したくない、という変なプライドがよりいっそう服装選びを難解にさせていた。
「どうしましょ……、あーそういえば靴も考えないと。いっぱい歩くかもしれないから底が厚いのは避けた方がいいわよね?」
誰かいるわけでもないのに疑問形の言葉を投げかけながら、部屋を右往左往している。気が付くと空き巣が入った後のように、床やらテーブルに衣装が散らかっていた。
髪だけヘアバンドでまとめてパーラ様とは違った雰囲気にした。神官様と共に行動する以上、聖女様と勘違いされる可能性はあると思ったからだ。
結局私は、部屋を散々散らかした挙句、白い長袖のブラウスと濃い茶色のパンツという普段着とさほど変わらない恰好に落ち着いたのだった。
いいのよ、ノワラ・クロン。今日案内される場所はそんな気合を入れていくようなところではないわ。わかんないけど……。
荒ぶる自分の心を諭すようにしながら、私は引っ張り出したたくさんの服を仕舞っていた。ほんとなにやってるんだろう……。
すると、ドアノッカーの音が部屋に響き渡った。びくっと両肩が少し上がった。びっくりして寿命が縮むんだったら、私ここ最近で数年は早く死ぬようになってる気がするわ。
最後の確認をするように、鏡の前で一度くるっと回った後に私はドアを開けた。
迎えに来てくれたサフィール様はいつもの神官様の法衣姿だった。やっぱり今日向かう場所もご公務に関係あるとこなのかな? 熱く踊っていた心にほんのちょっとだけ水を差されたような気がした。
彼に案内されて家から少し歩くと、いつも大神殿からの帰りで使う馬車が待っていた。家の真ん前まで来てもらうと目立ってしまうので、いつもあえて離れた場所で乗り降りしている。
陽射しが真上から降り注いでいる。長袖を選んで正解だったかな。
先に馬車に乗り込んだサフィール様の手に引かれて、私も馬車に乗った。握られた手を大事なもののようにもう片方の手で無意識に包んでいた。
サフィール様の雰囲気はいつもとあまり変わらず、私たちは馬車に揺られていた。まだ今日の目的地についても全然聞けていない。この馬車はどこへ向かっているんだろう?
「ノワラ様、こんなところで失礼かもしれませんが、改めてお礼を言わせて下さい」
「えっ? お礼ってなんのお礼ですか?」
「パーラ様の影武者を務めてくれていることへのお礼です。1日とはいえ、反・教団の連中に襲われ監禁されていたわけです。あのような目に合って、なお続けて頂いていることに感謝の言葉もありません」
彼は馬車の席に座ったまま数秒に亘って頭を下げていた。
「いいえ、たしかに襲われたときは怖かったですし、同じようなことがまた起こるかもしれないと思うと今でも怖いです」
私がここで区切ったためか、サフィール様は頭を上げて私の顔を見た。
「ですが――、私が影武者をやめたら、パーラ様が危険な目に合うかもしれないのでしょう? 私はその方が辛いですから」
これは本心から出た言葉だ。ロコちゃんが危険な目に合うのは自分がそうなるよりずっと怖くて恐ろしく思える。
それに、私なら……、今度は自力でなんとかできるかもしれないしね?
「ノワラ様は聖女の影武者ですが、その内にある心はパーラ様よりむしろ聖女に相応しいとすら思えてきます。パーラ様が貴女と巡り合ったのも女神様のお導きかもしれませんね?」
「そんなこと言うとパーラ様に怒られてしまいますよ?」
「パーラ様に怒られるのが私の務めと心得ておりますから」
彼は苦笑しながらそう言った。
「ご公務」と言われていないため私の緊張がほぐれていたのか、普段よりサフィール様と軽い気持ちでお話ができていた。ロコちゃんのお世話係としての苦労話を彼の口から聞くのは新鮮でとても楽しかった。
時間を忘れて話をしていると、外の景色はずいぶんと変わっていて眼前に「あるもの」が迫っていることに気が付いた。
それは高く積まれた黒い石造りの壁――、この国に住んでいる人なら誰もが知っている忌み嫌われた場所を隔離しているものだ。
「サフィール様? ここってもしかして……?」
「ええ。近付いて来ましたね? 今日ご案内したい場所……、『禁足地』です」




