第32話 帰還
「ノワちゃーんっ!!」
ロコちゃんは私の顔を見るなり、大声を上げてすごい勢いで抱き着いてきた。私だから受け止められたけど、普通なら一緒に倒れちゃうから気を付けないとね?
◇◇◇
私は手足の拘束を解いた後、囚われていた建物を出るかしばらく迷っていた。外に出て急に襲われたりしたらどうしよう、とかいろいろ考えてしまってなかなか一歩を踏み出せずにいた。
ベッドのある部屋のなかで思案しながらうろうろと歩き回っていると、外から複数の人の声が聞こえてきた。程なくして足音が聞こえ……、そしてついには人が入ってくる気配を感じた。
その人たちが、聖ソフィア教団の治安維持隊と気付くのにそう時間はかからなかった。彼らの服には皆共通して、女神様の姿を模した紋章が記されているからだ。
私は、彼らに保護されて無事に大神殿へと送り届けられた。ガーネットさんやグレイ……、他にいた人たちがどうなったかはわからない。
教団の馬車で大神殿に送られた私は、まず医務室に連れていかれ、お医者様から容態をいろいろと尋ねられた。
長い時間拘束をされたり、目の前で人が刺されたのを見たりと、心に傷を負った感じはあるけど、身体的な怪我はほとんどなかった。
特に後者は……、忘れたくても忘れられそうにないけど、時間が経てばきっと自然と傷は癒えると信じることにする。
「肉体的にも、精神的にもお疲れかと思います。我々もノワラ様に尋ねたいことがいくつかございます……が、まずはパーラ様に会って下さいませんか?」
医務室で休んでいたところへサフィール様がやってきてそう言った。
「お恥ずかしい話ですが、ノワラ様が無事と知らせたところ、会わせろと騒ぎ出しまして……。貴女がお疲れである旨もお伝えしたのですが」
ロコちゃんらしいなと思って、思わずにやけてしまう。
「かしこまりました。私もパーラ様にお会いして、早くご安心して頂きたいですから」
彼に案内されて神殿内にあるロコちゃんの自室に向かう。
「おふたりで話したいこともあると思いますので、しばらくしたら改めてお迎えに上がります」
ロコちゃんの部屋をノックする。元気のいい返事が聞こえ、サフィール様は扉を開けてから、私に一礼して立ち去っていった。
部屋の中に入ると、ロコちゃんは走って私に抱き着いてきたのだった。
「ノワちゃんならぶん殴ったら勝てるんじゃないの?」
私とロコちゃんは並んでベッドに腰掛けながら話をした。彼女は忙しくなく足をパタパタと動かしている。
「私は力持ちだけど……、そんなに勇気はないから」
いつかバザールで教団の人を吹っ飛ばしてしまったことがあるけど、間違っても危害を加えられる心配はないと思っていたから抵抗できたんだと思う。身の危険を感じると、できそうなことでもできなくなるもんだ。
「そっかー……、ワタシ、ノワちゃんは最強無敵だと思ってたよ?」
――うん、それはかなり間違っているわ……。
心の中で苦笑していると、ロコちゃんがまた抱き着いてきて、私の胸に顔をうずめてきた。
「ごめんなさい、ノワちゃん。ワタシの代わりなんかやったからこんな目にあったんだよね? ホントごめん……」
彼女の声は涙声になっていた。本当に優しい子なんだ、この子は。
「ううん、影武者をするって決めたのは私だし……、なにも悪いことされてないから大丈夫だよ?」
彼女の頭を、綺麗な髪をなぞるように撫でながら私は話しかけた。
一時、私もロコちゃんもなにも言わなかった。まるでお互いの存在を確かめるように少しの間、抱き合っていた。
囚われていた時は正直怖かった。けれど、私が怖い思いをした代わりにこの子があんな経験をせずにすんだのならそれでいいとすら思えた。
口は悪いけど、心は優しくてキレイなこの聖女様を守れたのだから……。