第28話 憧れ
夜、真っ暗な部屋の中にワタシはいた。外は月明かりが頼りないかすかな光を届けてくれている。ワタシはまた閉じ込められていた。
親衛隊の女騎士が部屋に中に2人もいる。きっと扉の外にも何人か見張りがいるんだと思う。
大神殿の中にはワタシ専用の部屋がひとつ設けてある。ふかふかのベッドがあって、食事も勝手に朝昼晩と運ばれてくる。キレイでかわいい家具が並んでいて、まるでお金持ちの家のお嬢様にでもなったような気持ちにさせてくれる。
孤児院で暮らしていた時とはまるで別世界だ。
あの頃は、衣類の引き出しみたいに重ねて並んだベッドでたくさんの子と一緒に寝ていた。食事も質素なもので、少ないと喚く小さい子に時々分けてあげたりもしてたっけ……?
孤児院の中では最年長だったから、食事の準備や洗濯、掃除も全部手伝っていたし、子どもの面倒もたくさんみていた。生意気なガキが多かったけど、それなりにワタシに懐いてる子もいて、まあまあかわいくもあったかな?
孤児院は18になると、仕事を見つけて出て行かないといけない決まりだった。今の歳になるまで特に里親が現れるわけでもなく、ワタシはいよいよ仕事探しをしないといけないと思っていた。
孤児院でいろんな手伝いをしていたけど、お世辞にも真面目とはいえなくって、いかに要領よくやってサボるかばかり考えていた。
一応、18になっていくところがなければ、住み込みで聖ソフィア教団のなかで働かせてもらえる話にはなっていた。
後から知ったけど、孤児院自体が教団の支援によって成り立っているらしい。
聖ソフィア教団への憧れはあった。
だけど、それは「聖女様」にだけだった。孤児院のみんなで近くの神殿に赴き、お悩み書きを送ったりしていた。そこで、時折姿を見せてくれる聖女エスメラルダ様はワタシのなかで世界一美しい人だった。
肩が隠れるくらいまで伸びた真っすぐで金色の髪は、陽の加減によって時に翡翠のような色にも見えて、本当にキレイだった。
ワタシも生まれ変わったら、お金持ちの家に生まれて、あんなキレイな姿で街を歩きたいとか思っていた。
そのワタシが次の聖女に選ばれるなんて思っていなかったから……。
エスメラルダ様とは聖女の任命式で一度顔を合わせたきりだ。間近で見るとそれはもう目がくらみそうになるくらい美しい人だった。ワタシもこんなふうになれるのかな、って期待と不安が入り混じった感情が込み上げてきたのをよく覚えている。
今のワタシは「聖女パーラ」だ。誰からも「聖女様」、「パーラ様」と頭を下げられ、神殿に集まった人たちから羨望の眼差しを向けられている。きっと今のワタシは、憧れたエスメラルダ様のようにみんなの目に映っているのだと思っていた。
けど、その聖女の本当の姿はなんの「力」もない、ただ神託を聞けるだけのお飾りだと思い知らされた。ワタシが叫んでも、命令しても誰も見向きもしない。
聖女として教団に入ってから生活に不自由はなにひとつなかった。公務と神託ばかりで自由もほとんどないけれど、お腹が減ることも、着るものに困ることも、寒さに震えることもなくなった。
ただ、楽しくおしゃべりできる人が全然いなくてとにかく退屈だった。刺激がほしくてこっそり神殿を抜け出したりもした。
そして、出会ったのがノワちゃんだ。
ノワちゃんは、鏡を見てるみたいにワタシとそっくりだ。それだけでもうびっくりなのに、男を吹っ飛ばしたり、屋根の上まで跳べたりとわけわかんない身体能力をもってる。そのくせ、奥手でかわいいところもあって、ワタシよりずっとしっかりもしている女の子だ。
ノワちゃんと一緒だと退屈しない。聖女になってそんなに楽しいと思ったことないけど、ノワちゃんと一緒になってからは楽しかった。だから、彼女がワタシの身代わりで危険な目に合ってるなんて許せない。どうにかして助けたい。
助けたいのに、ワタシにはなにもできない。
「聖女ってなんなんだよ……」
ワタシは暗い部屋でベッドの毛布に包まりながら呟いていた。この夜をノワちゃんはどんなふうに過ごしてるのだろうか……。想像するだけで胸が苦しくなる。
本当にワタシにできることはないの? 聖女なんてもてはやされてるけど、結局孤児院にいた時と同じ、普通の女の子じゃんかよ……。
いや……、待って!
あるじゃんよ! ワタシにできること……。いいや、ワタシにしかできないことが! ノワちゃんを救えるかもしれないことが!




