表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

9 テランス

 アメリたちを乗せた馬車が動き出しバッカーイを離れたあとも、アメリはお役御免を言い渡されるのではないかと構えていた。


 だが、シメオンはそんな素振りを一切見せず、それどころか馬車に乗ってからもずっとアメリを抱きかかえ放さなかった。


「シメオン様、あの……」


「アメリ、頼む。しばらくこのままで」


 そう言うと、シメオンは自分の胸の中にアメリを包み込むように抱きしめた。


 いつものようにからかう様子もなく、真剣な表情のシメオンに対して強く言うことはできず、そのまま身体を預けた。


 リディと一緒に過ごしている間、シメオン様に一体なにがあったのだろう?


 そう思いながら、アメリはシメオンを安心させるように寄り添った。


 しばらくそうしてからシメオンは、いつものようにアメリに膝枕を要求し、アメリがそれに応じると膝の上で安心した様子ですぐに寝息をたて始めた。


 アメリはそっと膝の上のシメオンの顔を覗き込んだ。すると、シメオンは目の下にくまがあり、だいぶやつれていた。


 そのくまを見つめながら優しく頭を撫で、いつものようにそっと体力回復の魔法をかける。


 そうして窓から流れる景色を眺め、これから一体どうなるのだろうかと考えていた。


 ワカナイに着く頃にはシメオンも目を覚まし、顔色もだいぶ良くなっていた。アメリの回復魔法が効いたのかもしれない。


「やはり君の膝枕は最高だ、すっかり体調が良くなった」


 馬車を下りると、シメオンはそう言って思い切り伸びをした。


「膝枕が本当に効いたとは思えませんが、顔色も良くなって安心しました」


 そう答えると、シメオンはアメリに向き直り、なにか言いたげにじっと見つめたあと微笑む。


「いいや、君のおかげだ」


 アメリはその優しい眼差しにドキッとし、視線を逸らす。


「そ、そうだといいのですけれど」


「うん、そうなんだよ。アメリ、いつもありがとう」


 そう言うとシメオンはアメリの手を取り、愛おしそうに頬を撫で頭にキスした。


「さぁ、行こう」


 そうして手を引いて歩き出す。アメリはそんなシメオンの横顔をじっと見つめた。


 シメオン様、バッカーイではリディ様とどのようなことを?


 そう訊きたい気持ちもあったが、決定的なことを言われそうで訊くのが恐かった。


 それにシメオンが話さないのだ、こちらから訊く権利などない。


 アメリは自分の気持ちを抑え込むと、なるべくなんでもないような顔をして過ごした。


 ワカナイではその町の一番大きな屋敷へ案内され、アメリはそこで待機するよう言われた。


 他の使用人の手伝いをしたかったが、それはシメオンに固く禁じられたため、部屋で過ごすしかなかった。


 なにもかもが普段通りで変わりなく、アメリは逆にそれが怖いと思いながら、部屋でぼんやりして過ごしていた。


 ダメね、部屋でなにもしないでいるなんて余計なことばかり考えてしまって。


 幸い部屋から出てはいけないとは言われていない。アメリは部屋を出て、少し屋敷内を探索することにした。


 外の空気が吸いたくなり、二階のバルコニーへ出ると美しく整えられた庭を見下ろした。するとこの屋敷の主人が出てきてアメリに声をかけた。


「うちの庭は美しいでしょう。うちはね、庭が自慢なんです。どうです、少し散歩してみますか?」


 アメリは驚いて尋ねる。


「庭に出てもよろしいんですか?」


「もちろんです。それに、お嬢様は領主様の特別な方です。そんな方に庭を見ていただくなんて、それだけでも光栄です」


 お嬢様ではないし、もちろん特別でもない。なにか勘違いされているかもしれないと思いながら、その申し出をありがたく受けることにした。


 案内され庭に出るとアメリは立ち止まり、思い切り伸びをし、外の空気を一杯胸に取り入れた。


「素敵、バロー家の庭もとても素晴らしいけど、この庭も素晴らしいわ」


 そう言って、周囲を見渡すと向こうから誰か歩いてくるのが見えた。


「こんにちわ、お嬢さん」


 その人物はいかにも貴族といった服装で、帽子を取るとこちらに軽く会釈をした。


 歌劇場でのことを思い出し、アメリは少し警戒しながら頭を下げると、その紳士は懐かしそうな悲しそうななんとも言えない表情をしたあと、アメリに質問した。


「お嬢さん、君はもしかして、バロー家の……」


「はい、私はシメオン様の使用人です」


 そう答えると、紳士は相好を崩し持っていた帽子を胸に当てた。


「やはりそうか……」


 そう言ったきり、じっとアメリの顔を見つめる。アメリは困惑しながらその紳士に尋ねる。


「あの、どうかされたのでしょうか?」


「いや、君がバロー家で働いていた知人によく似ていたもので」 


 もしかして、お母様の知り合い? でもこんなところでそんな人に会うことがあるかしら?


 そう思いながら、その紳士をなんとなくどこかで見たことがあるような気がした。どこで見たのか、誰なのか思い出せず、じっと見つめているとその紳士は柔らかく微笑んだ。


「申し遅れました、私はテランス・フォン・ボドワンと申します。旅をしていて、この屋敷の主人に世話になっています」


 その名を聞いて、アメリは思わず息を飲む。


 お父様? お父様がなぜここに?!


 乙女ゲームでは、アメリの方から手紙を書き、テランスが会いに来るという設定だったはずだ。


 だからこそメイドのままでいたかったアメリは、自分から接触しないと心に決めていた。


 それなのにこんなところで出会ってしまうなんて、なんという皮肉なのだろう。


 そう思い、もしかしてこれは物語の強制力なのかもしれないという考えに至った。


 だとしたら、この先の未来はやはり決まっているのかもしれない。それでも、断罪を避けるためになんとしてでも自分が娘だと気づかれないようにしなければならなかった。


 アメリはにっこりと微笑んだ。


「そうなのですね。では、お散歩の邪魔になってはいけませんから失礼いたします」


 アメリはそう言って下がろうとしたが、テランスは素早くアメリを引き止めた。


「いや、お嬢さん待ってくださいませんか? 私はお嬢さんと少し話がしたい」


「私と話ですか? ですが、私とでは楽しい会話ができないかもしれません」


 テランスは首を横に振ると微笑んだ。


「そんなことはありません。今の会話でも君が聡明なことがわかる。どうか話し相手をしてもらえないだろうか?」


 ここまで引き止めるなんて、もしかしてお父様は私がお母様の娘だって気づいているのかも……。


 そうだとすればテランスは、ステラの話がしたいだけなのかもしれない。


 アメリは、テランスの話し相手を受けることにした。


 テランスに促されるまま、近くのベンチに並んで腰掛けるとテランスはいきなり核心を突いた質問をした。


「君のお母さんの名はステラだね?」


 やはり気づかれていた。アメリはそう思いながら隠す必要もないので正直に答える。


「はい、そうです。お母様と知り合いだったのですか?」


「そうだよ。ところで、君の父親は?」


 アメリは自分の心臓が素早く脈打つのを感じながら、少し考えて答える。


「父は私が物心つく前に、亡くなったそうです」


 それを効いたテランスは、少し悲しげな顔をした。


「だが、もしかしたら父親は生きているかもしれない。そう考えたことは?」


「ありません。考えても仕方のないことなので」


「そうか。では、もし、もしも君の父親が生きているとしたら、君は会いたいと思うか?」


 アメリはまっすぐテランスを見据えて答える。


「いいえ」


「なぜだ?」


 テランスは明らかに動揺していた。


 やっぱり、お父様は私が娘だと疑ってる。なら、なるべくお父様を傷つけないように、その疑いを否定しなければ。


 アメリは言葉を選びながら答える。


「もしもお父様が生きていたとしても、お母様は私のことを黙っていたのです。その意思を尊重します」


「だが、相手は? 君の父親は君に会いたがるかもしれない」


 アメリは首を振る。


「お父様がどうしてもと言うのなら会うかもしれません」


 そう答えるとテランスは明らかに嬉しそうな顔をした。それを見て申し訳なく思いながらアメリは続けて言った。


「ですが私は今、バロー家で使用人とは思えないほどの恩情を受け、これ以上ないぐらいにとても幸せに過ごしています。だからこのままバロー家に恩を返すことが私の望みなのだと伝えます」


「そうか……」


 そう答えテランスは押し黙った。そんなテランスにアメリは微笑みかけた。


「でもそれはもちろん、もしもお父様が生きていたら、の話ですよ?」


 アメリがそう言うと、テランスは何か言おうとしたがそれに気づかないふりをして話を続ける。


「お母様が生きているころお父様のお墓参りによく行きました。ですから、お父様が生きているわけがないのです」


 テランスは唖然とする。


「墓参りに?」


「はい。それで、お墓の前でよくお父様の話をしてくれました。お父様は私が生まれてくるのをとても楽しみにしていたそうです」


「それは本当に?」


「本当ですよ? それに、お母様はお父様をとても愛していたのだと思います。いつもお墓に語りかけていましたから」 


 するとテランスは考え込むような顔をした。アメリはベンチから立ち上がると、テランスに向き直った。


「それにしても、こんなに母のことを気にかけてくれた人がいたなんて驚きました。ありがとうございます」


「そうか……」


 もちろん、墓参りの件は嘘である。そもそもアメリはバロー辺境伯が父親ではないかとずっと疑っていたので、ステラに父親のことを訊いたことはなかった。


 アメリはテランスに微笑みかける。


「母のことを話せてとても楽しかったです。ありがとうございました」


 そう言って頭を下げた。


「いや、私も君と話ができて楽しかった。もし、私がバロー家に行くことがあれば、また話をしてくれないか?」


「もちろんです。では失礼しました」


 お父様、ごめんなさい。


 心の中でそう呟くと、アメリはその場から急いで立ち去った。


誤字脱字報告ありがとうございます。


※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。


私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ