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9 テランス

文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。

 馬車が動き出したあとも、アメリはお役御免を言い渡されるのではないかと構えていたが、シメオンはそんな素振りを一切見せなかった。


 それどころか、馬車に乗ってからもずっとアメリを放さなかった。


「シメオン様、あの……」


「アメリ、頼む。しばらくこのままで」


 そう言うと、シメオンは自分の胸の中にアメリを包み込むように抱きしめた。


 アメリは、からかう様子もなく真剣な表情のシメオンに対して強く言うことはできず、そのまま身体を預けた。


 しばらくそうしてからシメオンは、いつものようにアメリに膝枕を要求し、アメリがそれに応じると膝の上で安心した様子ですぐに寝息をたて始めた。


 アメリはそっと膝の上のシメオンの顔を覗き込んだ。すると、シメオンは目の下にくまがあり、だいぶ疲れているように見えた。


 そのくまを見つめながら優しく頭を撫で、いつものようにそっと体力回復の魔法をかける。そうしてから窓から流れる景色を眺めた。


 ワカナイに着く頃にはシメオンも目を覚まし、顔色がだいぶ良くなっていた。アメリの回復魔法も効いたのだろう。


 バッカーイで何があったのか聞きたい気持ちもあったが、聞くのが恐い気持ちもありこちらからは触れないことにした。


 いつものようにその町の一番大きな屋敷へ案内され、アメリは部屋でシメオンの帰りを待っていた。


 他の使用人の手伝いをしたかったが、それはシメオンに固く禁じられたため、部屋で過ごすしかなかった。


 なにもかもが普段と変わりなく、アメリはそれが逆に怖いと思いながら部屋でぼんやりしていた。


 美しく整えられた庭を眺めていると、屋敷の主人が声をかけてきた。


「うちの庭は美しいでしょう? うちはね、庭が自慢なんですよ。どうです? 少し散歩してみますか?」


「庭に出てもよろしいんですか?」


「もちろんですよ。それに、お嬢様は領主様のお知り合いの方ですから、そんな方に庭を見ていただくなんて、それだけでも光栄ですよ」


 お嬢様ではないし、なにか勘違いされているかもしれないと思いながらも、ありがたく庭を散歩することにした。


 馬車での移動が長かったことや、ここ数日はリディの出現もあって気が張っていたので、庭に出ると気分が晴れるような気がした。


 アメリが思い切り深呼吸していると突然、背後から声をかけられる。


「お嬢さん、こんにちわ」


 振り向くとそこには、いかにも貴族といった服装の紳士が立っていた。


 アメリが警戒しつつ頭を下げると、その紳士はじっとアメリを見つめ質問してきた。


「お嬢さん、君はもしかして、バロー家の……」


「はい、私はシメオン様の使用人です」


 そう答えると、紳士は相好を崩し帽子を取り胸に当てた。


「やはりそうか……」


 そう言ったきり、じっとアメリの顔を見つめると目頭を指で押さえた。アメリは困惑しながらその紳士に尋ねる。


「あの、どうされたんでしょうか?」


「いや、君がバロー家で働いていた知人によく似ていたもので。申し遅れました、私はテランス・フォン・ボドワンと申します。旅をしていて、この屋敷の主人に世話になっています」


 その名を聞いて、アメリは思わず息を飲んだ。


 なぜお父様がここに?!


 乙女ゲームでは、アメリの方から手紙を書き、テランスが会いに来るという設定だったはずだ。


 だからこそメイドのままでいたかったアメリは、自分から接触しないことにしていた。もちろんテランスに手紙など書いてもいない。


 それなのに出会ってしまうなんて、物語の強制力なのかもしれないと考えた。


 だとしたら、この先の未来はやはり決まっているのかもしれないが、それでも、いやだからこそ、断罪を避けるためになんとしてでも自分が娘だと気づかれないようにしなければならないとアメリは思った。


「そうなのですね。では、散歩の邪魔になってはいけませんから失礼いたします」


 アメリはそう言って下がろうとしたが、テランスは素早くアメリを引き止めた。


「いや、お嬢さん待ってくださいませんか? 私はお嬢さんと少し話がしたい」


「私と話ですか? 私では楽しい会話ができないかもしれません」


 テランスは微笑む。


「そんなことはありません。今の会話でも君が聡明なことがわかる。どうか話し相手をしてもらえないだろうか?」


 そこまで言われて断ることはできないと思ったアメリは、テランスの話し相手を受けることにした。


 ここまで引き止めるのは、アメリがステラの娘だとなんとなく気づいているからではないかと思った。


 だとすればテランスは、ステラがどう過ごしたのか聞きたいのだろう。


 アメリは母親が普通に恋愛をして自分を生み、亡くなるまで幸せだったという架空の話をしようと考えた。


「そこのベンチに座ってゆっくり話そう」


 そう言って座るように促され、アメリは黙ってしたがった。


「君のお母さんの名はステラだね?」


 やはり気づかれていた。アメリはそう思いながら隠しても仕方がないので、正直に答える。


「はい、そうです。母と知り合いだったのですか?」


「そうだよ。ところで、君の父親は?」


「父は亡くなったそうです」


 そう答えると、テランスは少し悲しそうな顔をした。


「そうか。だが、もしかしたらその父親は生きているかもしれない。もしそうだとしたら君は会いたいと思うか?」


 アメリはまっすぐテランスを見据えて答える。


「いいえ」


「なぜだ?」


 テランスは明らかに動揺していた。そんなテランスを見て、もしかしたらテランスはアメリが自分の娘だと疑っているのかもしれないと思った。


 ならば、なるべくテランスが傷つかないようにしなければと、アメリは言葉を選びながら答える。


「もしも父が生きているのなら、母のあの性格です。きっと相手に迷惑をかけたくないと思って、父に私が生まれたことを黙っていたのだと思うからです」


「だが、相手は? 君の父親は君に会いたがるかもしれない」


 アメリは首を振る。


「どうしてもと言うのなら会うかもしれません。ですが、私は今バロー家で使用人と思えないほどの恩情を受け、これ以上ないぐらいにとても幸せに過ごしています。だからこのままバロー家に恩を返すことが私の望みなのだと伝えます」


「そうか……」


 そう答えテランスは押し黙った。そんなテランスにアメリは微笑みかけた。


「でもそれはもちろん、もしも父が生きていたら、の話ですよ?」


 アメリがそう言うと、テランスは何か言おうとしたがそれに気づかないふりをして話を続けた。


「母が生きているころ父の墓参りによく行きました。だから、父が生きているわけがないのです」


 テランスは唖然とする。


「墓参りに?」


「はい。それで、お墓の前でよく父の話をしてくれました。父は私が生まれてくるのをとても楽しみにしていたそうです」


「それは本当に?」


「本当ですよ? それに、母は父をとても愛していたのだと思います。いつもお墓に語りかけていましたから。それにしても、こんなに母のことを気にかけてくれた人がいたなんて驚きました。ありがとうございます」


「そうか……」


 もちろん、墓参りの件は嘘である。そもそもアメリはバロー辺境伯が父親ではないかとずっと疑っていたので、ステラに父親のことを訊いたことはなかった。


 アメリは勢いよくベンチから立ち上がると、テランスを振り返った。


「母のことを話せてとても楽しかったです。ありがとうございました」


 そう言って頭を下げた。


「いや、私も君と話ができて楽しかった。もし、私がバロー家に行くことがあれば、また話をしてくれないか?」


「もちろんです。では失礼しました」


 お父様、ごめんなさい。


 心の中でそう呟くと、アメリはその場から急いで立ち去った。


誤字脱字報告ありがとうございます。


※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。


私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。


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