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7 視察

「それはよかった。その前に約束する。君にいかがわしいことは一切しないから、安心してほしい」


「それは承知しております」


 アメリは即答した。


 シメオンが、自分をそういう対象で見ていないことは十分理解している。なので、最初からそういった心配は一切していなかった。

 

「じゃあ、今後の話を少ししたいから、早速お願いする。座って」


 アメリはしぶしぶシメオンの隣に座る。と、シメオンが膝の上に頭をのせた。


「うん、快適だ。ところで君が休んでいるあいだに決まったことなんだが、しばらく屋敷を離れ領地を視察して回ることになった」


 それを聞いてアメリは心臓が大きく跳ねるのを感じた。もしもリディがシメオンルートに入っているなら、この視察のあいだにシメオンとリディの出会いがあるはずだからだ。


 このとき、アメリはゲームのシナリオと細かい差異はあれど、大筋は変えられないのかもしれないと考えていた。


「アメリ? どうしたんだ、なにか心配ごとでも?」


 黙り込むアメリを見て心配したのか、シメオンはそう言ってアメリの顔を見つめた。


「いいえ、なんでもありません。道中お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 すると、シメオンは苦笑する。


「何をいってる。君も同行するんだ」


 思いもよらぬ話に、アメリは一瞬思考停止した。


「え……? なんです?」


「だから、君も視察に同行するんだ」


 今までもシメオンが領内を視察することはあったが、アメリを同行させることなど一度もなかった。


「なぜ私も同行するのですか?」


「当然だろう、君は枕なんだから」


 それを聞いてアメリは、シメオンとリディの出会いの瞬間を目の当たりにする可能性を考え、一気に憂鬱になった。


 できることならそれだけは回避したい。


「絶対に同行しなければダメなんでしょうか。膝枕が必要ならば、誰か現地の者に頼むとか……」


 すると、シメオンは不機嫌そうな顔をした。


「君の膝枕でなければ意味がない」


 あまりにも我が儘な言い分に、アメリは思わず笑ってしまった。


「本当に、シメオン様は子どもみたいなところがありますね」


「なんとでも言えばいい。だが、これは譲れない」


 考えてみれば、シメオンは先日命を狙われている。事件は解決し犯人も捕まったものの、また同じようなことがないとは言い切れない。


 周囲にいる人間は、親しい相手でないと安心できないのかもしれない。


 アメリはそう思うと、シメオンのために同行を決意した。


「承知しました」


 それに、またなにかあったときに、同じように守ることもできるかもしれない。


 シメオンは満足そうに頷くと言った。


「よし。出発は一ヶ月後だ、それまでに君も準備しなければね」


「準備、ですか? 分かりました。私の方はすぐにでもできると思います」


 アメリはさほど物を持っているわけではない。替えの衣類やお仕着せが数着あれば事足りる。準備に一ヶ月もかからないだろう。


「はたして本当にそうかな?」


 シメオンはそう言ってアメリを楽しそうに見つめた。


「はい。大丈夫です。問題ありません」


 そう答えたが、その後でなぜシメオンが『はたして本当にそうか』と言ったのかを知ることになる。




 翌日、シメオンの膝枕というふざけた担当でも、アメリはただシメオンの隣に座っているだけではなく、その仕事をきっちりこなすつもりでいた。


 まずはシメオンのその日のスケジュール管理をし、次の予定に支障がないようにサポートしたり、準備する役割を担った。


 早朝シメオンの部屋を訪ねると、そこにはピンクのシルクハットにピンクの大きな羽、ピンクの燕尾服にピンクのブーツを着た全身ピンクの金髪碧眼の奇っ怪な男性が立っていた。


「わーお、来たね僕のマーメイド! いいよ、いいよ~! 君のドレス作りたかったんだよね〜!」


 アメリの顔を見た瞬間にその男性はそう叫んだ。その後ろでシメオンが素早く反応する。


「君のマーメイドではない、私のアメリだ」


 アメリも思わず口を出す。


「私は誰のものでもありません。それに、私はマーメイドではなくメイドです」


 するとそのピンク色の男性はこらえきれないとばかりに大笑いしながら言った。


「束縛令息も、マーメイドも、そんなにむきになんないでよ~。それにしてもさ〜『マーメイドじゃなくてメイドです』ってなんか面白いね! あははははは!」


 アメリはその奇っ怪な男性を見つめたあと、戸惑いながらシメオンの方を見た。


 シメオンはその視線に気づくと、苦笑する。


「アメリ、驚かせてすまない。彼はデザイナーのファニー。どうしても君のドレスを作りたいと、押しかけて来てね」


 デザイナー? こんな奇っ怪な人物が?!


 アメリは改めてそのファニーという人物を見つめる。ファニーはそんなアメリからの視線を気にする様子もなく答える。


「そうそう、僕これでも人気のデザイナーなんだよ! でも、今からマーメイド専属デザイナーね! さぁ、今日からマーメイドのドレス、いっぱいデザインしちゃうよ~」


 そう言いながら、ファニーはアメリの全身を上から下まで見ながら周囲をぐるぐると回りだした。


 アメリはそれを無視し、シメオンに尋ねる。


「ドレスをデザインとはどういうことですか? 私にはそんなお金も余裕もありません」


 シメオンは微笑み返す。


「心配はいらない。これは視察に行くために必要なものだから、こちらで手配しよう」


「そんな、迷惑をおかけするようなことはできません。それに私はこのお仕着せがあれば十分です」


 そこでファニーが立ち止まり口を挟む。


「マーメイドってばぁ、遠慮する必要なんかないって〜。束縛令息の言う通りにしちゃいなよ! 束縛令息はお金持ちなんだからさ。それに、マーメイドが断っちゃうとぉ、僕の仕事が減っちゃうんだけどな〜」


 それを聞いて、アメリは少し申し訳なく感じた。そこへ畳み掛けるようにシメオンが言う。


「その通りだ。これぐらいは大したことではない。それに彼は変人だが、とても素晴らしいデザイナーだと聞いている。この機会にドレスを一通り仕立ててもらうのも悪くない」


 そこまで言われ、断る理由もなくアメリはそれを承諾することにした。


「視察まで時間がない。今日は一日ドレスの採寸やデザインの打ち合わせに時間を使って構わない」


「今日一日を、ですか?! でも、私の仕事は……」


 するとシメオンは、アメリに言い聞かせるように言った。


「これが、今の君の仕事だ。いいね?」


「は、はい……」


 アメリは納得してはいなかったが、受け入れるしかなかった。シメオンは満足そうに頷く。


「まっかせておいてよ! じゃあそう言うことだから、僕のお針子たちを呼ぶね! それにしてもわくわくしちゃうなぁ。晩餐用に散歩用、部屋で着るドレスでしょ? あと舞踏会用にお茶会用!」


 それを聞いてアメリは慌てる。


「舞踏会用とお茶会用も? 散歩用と普段着で十分です」


 そう言ってシメオンを見つめ助けを求める。だが、シメオンは当然とばかりに言った。


「いや、もちろん必要だろう。ファニー、よろしく頼む」


「はーい! マーメイドってばドレス持ってないんだってね、僕がデザインしたドレス以外着ないなんて最高!」


 そう言ってファニーが手を叩くと、一斉にお針子たちが部屋へなだれ込み、アメリはあっという間に囲まれる。


「お嬢様、(わたくし)たちにお任せください。旦那様は変人ですが腕は確かです。さぁ、こちらへ」


 そう言って空いている部屋へ連れていかれ、細かく採寸されることになった。


 そうして、この日一日は採寸やファニーの質問責めに合い一日を終えた。


 その後もファニーはデザインに必要だからと、屋敷に住み込んでアメリの周囲をうろうろしていた。


 時折、シメオンに邪険に扱われていたが、当の本人はどこ吹く風でアメリの後ろをついて回った。


 それから視察までの間、アメリはシメオンの秘書のような仕事の合間に、時々ファニーに言われドレスの試着をしたりした。


 そうして気がつけば、あっという間に視察へ出発する日になっていた。


 アメリは着慣れないドレスに戸惑いながら、エントランスでシメオンを出迎える。


「アメリ、そのドレスとても似合っている。前から美しいと思ってはいたが、これほどとは……」


 後ろからファニーが叫ぶ。


「でっしょ〜! さっすが僕のマーメイドだよね~」


 するとシメオンがムッとしながら答える。


「だから、君のマーメイドではない。私のアメリだ」  


 そう言って改めてアメリに向き直ると、手を差し出した。


「さぁ、行こう。君にとっても、私にとってもこの旅で何か運命が変わるような出来事があるかもしれないね」


 シメオンは何の気なしにそう言ったのかもしれないが、アメリはその言葉に少し動揺した。


 やはり運命は変えられないのかもしれない。そう思いながらシメオンの手を取った。


「シメオン様、あの私は今回初めて同行させていただくのですが、いつも視察ではどのようなことを?」


 同行するにあたって、アメリはどうサポートするべきか確認して置かなければと考えていた。


 シメオンは馬車の窓から外を見ていたが、その視線を隣に座るアメリに戻すと、つないでいるアメリの手の甲にキスし微笑んだ。


「興味がある? そうだね、君もこれからはこういったことを知っていったほうがいいだろうな」


 アメリはそんな甘いシメオンの態度に弾む心臓をなんとか落ち着かせようと、息を整えて答える。


「はい。教えていただければ、お手伝いできますし」


 アメリは邪魔にならないよう、役に立てることならなんでも手伝おうと思っていた。


 シメオンは優しく微笑むと言った。


「そういう意味ではないんだが、まぁいい。私たちが領地を見て回るのは、領民たちが問題なく生活できているか確認する以外にも、もう一つ役割がある」


「自然の気の流れの調整、ですね?」


「そうだ。この流れが滞ると土は枯れ、水は腐り、大地が死ぬ。貴族が領地を持つのはこの調整を行うためなんだ」


「実際にはどのようなことを?」


「そんなに難しいことはないよ。気が滞っている場所を見つけ、そこで気を整える。それだけだ」


 魔法が使えて貴族になると言うことは、それなりの責任を負う生半可なことではできないことなのだ、アメリは改めてシメオンを尊敬の眼差しで見つめた。


「シメオン様は土属性の使い手でしたよね?」


「そうだね、だからバロー領の土地はとても肥沃なんだ」


 魔法を使えることができるアメリも、本来ならばその責任を負わなければならないのかもしれない。だが、『地枯れ』ではその役割を果たすことはできないだろう。


 自分はなんて中途半端な存在なのだろう。


 そんなことを考えていると、シメオンがアメリの顔を覗き込み、眉間に寄ったしわを指で伸ばした。


「なにかよくないことを考えてるんじゃないか?」


 アメリは慌てて顔を上げると微笑んだ。


「いえ、違います。シメオン様のお邪魔にならないよう、頑張らなければと気を引き締めていただけです」


「いや、今回は初めての視察なんだ。君はそのやり方をそばで見ているだけでいい。それに私のそばにいること、それが君の今の仕事だって言っているだろう?」  


 そう言うと、シメオンはアメリの膝に頭を乗せた。


 馬車の窓から外を見ると、作物がたわわに実り馬車に気づいた農夫たちは作物を手に抱えこちらに頭を下げ、手を振ってくれたりした。


 こんなに領民から好かれているということは、それだけここの領民がバロー家から多くの恩恵を受けているからなのだろう。


 アメリは優しくシメオンの頭を撫でると、シメオンはゆっくり目を閉じ、寝息を立て始めた。

誤字脱字報告ありがとうございます。


※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。


私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。


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