6 前世の記憶
キャスはお抱えの治療師がアメリの治療に間に合ったのは、とても運が良いことだったと言った。
だがアメリは思う。これは運が良かったのでも偶然でもない。すべてが必然的なことだったのだと。
ステラが事故で亡くなったこと、それでバロー家に世話になりある程度の教育を受けることができたことも。
それに、今回の騒動。そのすべては以前から決まっていたシナリオをなぞっているに過ぎない。
なぜならここは乙女ゲームの世界なのだから。
アメリは三日間寝込んでいるあいだに前世の記憶を思い出していた。その前世の記憶の中に、この世界が乙女ゲームとして出てきたのだ。
キャスがそばを離れたあと、アメリは思い出したことを頭の中で整理することにした。
「私は異世界転生をしてしまったのかしら?」
そう呟くと、周囲を見渡す。
「どう考えても現実にしか見えない。やっぱり転生してるんだわ。それにしても、私がよりによって悪役令嬢だなんて……」
アメリは大きくため息をつく。
ゲームの中のアメリは、自分はどこかの貴族の娘だと信じ込んでいて、シメオンに付きまとっていた。
そうして、たまたまシメオンを庇うことになり、大怪我をする。
アメリは自分は命の恩人だとシメオンに言い、それ相応の待遇を求めた。
「シメオン様にそんな無礼をするなんて、ゲームの中のアメリはなにを考えていたのかしら」
アメリは思い出して憤りを感じた。
ゲームのアメリの今後の行動はこうだ。本格的に自分の出自を調べ始めエステル・フォン・バロー辺境伯夫人、つまりシメオンの母親からテランス・フォン・ボドワン伯爵とステラが付き合っていたことを聞き出す。
そこでテランスに手紙を書くと、アメリに会ったテランスは娘だと認める。
「ボドワン伯爵に会ったことはないけれど、確かとても人格者だと聞いてるわ。確かに、私が手紙を書いたらすぐに娘だと認めてしまいそうね……」
アメリはそう呟くと、その先を思い出す。
テランスはアメリを引き取ろうとするが、アメリは『地枯れ』を継いでいたため、それは叶わずバロー家に土地をもらい、屋敷を建てそこにアメリを住まわせることにした。
こうして晴れて伯爵令嬢となったアメリは、公の場でシメオンに婚姻を迫る。
「信じられないわ、そんな恥知らずな」
アメリは頭を抱えた。ゲームのアメリは自分とは真逆の存在に思えた。
それでも現実として、今現在運命はゲームの内容をなぞっている。
そこでアメリはハッとすると、口を両手で覆って受け入れがたい事実を口にする。
「じゃあ、これからリディとシメオン様が出会うということ?!」
シメオンは領土内の視察中に怪我をし、リディがそれを介抱する。それが二人の出会いとなり、シメオンは純粋なリディに惹かれてゆくのだ。
「私はそんな二人の邪魔な存在になるのね……」
アメリはその現実に、胸が押しつぶされそうだった。このままでは、思うことも許されないのだ。
今のところ、微細な差はあれど大きく運命は変わっていない。
このままでは確実に、シメオンから嫌悪され邪魔な存在として扱われる存在になりさがってしまうだろう。
「そんなの、絶対にいや!」
アメリは胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚え、大声で泣いてしまいそうな気持ちをなんとか落ち着かせた。
そうして思い切り深呼吸をすると、この運命と向き合うためになんとかゲームのシナリオの詳細を思い出す。
ゲームのアメリは数々の嫌がらせをリディに行い、主人公のリディがそれをうまく避けて、イベントを成功させることによってシメオンと結ばれるエンディングになる。
ハッピーエンドだと、アメリの嫌がらせの証拠をつかみ最終的にはそれらが公の場で露見し、アメリは断罪されバロー領から追放を言い渡される。
そしてシメオンとリディはなんの障害もなく幸せに暮らしてゆく。
バッドエンドだと、シメオンは嫌々ながらもアメリを怪我させた責任を取るようなかたちでアメリと結婚。
リディは失意の内に城下へ戻って行くというエンディングになる。
「シメオン様に憎まれるなんて、そんな運命なんて受け入れたりしない。私はこんな運命に抗ってみせる」
アメリはそう固く心に誓った。
それでも心の片隅で、できればリディがシメオンの目の前に姿を現さず、アメリはメイドとしてずっと穏やかに暮らす、そんな未来が続けばいいとアメリは願った。
アメリは怪我の療養のため、二週間の休みをもらい、その間できるならシメオンの担当を外れたいと申し出た。
これからシメオンとリディが結ばれるのなら、それを間近で見続けなければならないなんて、とても耐えられそうになかった。
今までも何度か担当を外れたいと申し出たことはあったが、それはシメオンによって却下され続けていた。
だが、今回こんなことがあったのだからもしかしたら許してくれるのではないかとアメリは考えた。
すると、思っていた通りアメリは担当を外されることになった。
次の担当がどこになるのかはシメオンが直接話すということで、アメリは仕事復帰の朝一でシメオンの部屋へと向かった。
「シメオン様、おはようございます。長らくお休みをいただきありがとうございました」
アメリはゆっくり深々と頭を下げた。シメオンは自室のソファーにゆったり座ったまま答える。
「体はもう大丈夫なのか?」
「はい、おかげさまで」
二週間の休養中に自分の中で、様々なことに折り合いをつけていた。
アメリは頭を上げると、シメオンに微笑んで見せた。
「そう、それはよかった。とにかく座って」
シメオンは少しほっとしたようにそう言うと、アメリの顔を嬉しそうに見つめた。
アメリは首を横に振る。今までのように接してはいけない。自分に言い聞かせながら口を開く。
「いいえ、今日は新しい担当になって一日目です。早く慣れるためにも、今すぐに仕事に取りかかりたいと思っております。ですから、新しい担当先を教えていただければそれだけで結構です」
そう淡々と返すアメリをシメオンはじっと見つめると、しばらくしてにっこり微笑んだ。
「心配いらない。君の担当先は私の隣なのだからね」
アメリは呆気に取られ、言葉をなくした。
そんなアメリを楽しそうに見つめると、シメオンはソファーをポンポンと叩く。
「ほら、早くここに座って」
シメオン様はなにを仰っているの?!
アメリはそう思いながら、なんとか気を取り直すとシメオンに質問する。
「ですが、シメオン様? 私は担当から外れたはずです。これでは以前と同じではないのですか?」
「いや、違うよ。以前は私の身の回りの担当だったが、今の君の担当は私の枕だ」
「はい? あの、何を仰っているのか意味がわかりません」
「簡単な話だ。先日オペラを鑑賞した後で、私に人が見ていないところでなら、いつでも膝枕をすると言ったのは君じゃないか」
「あれは言葉のあやというか、少なくともこういった意味ではありません」
すると、シメオンは諭すように言った。
「アメリ、この前君は自分に恩義を感じるなと言ったね? それで私はそれを承諾した。今度は君が私の我が儘を聞いてくれてもいいのでは?」
「ですが……」
「アメリ、これは交換条件だ」
そうピシャリと言い放つシメオンを見て、アメリはしばらく考えた。
こう言い出したシメオンは、絶対に自分の考えを変えたりはしない。
それは一番近くで過ごしてきたからこそわかっていることだった。
シメオンはアメリを枕係などと適当な担当にして、どこへも行かせない気なのだろう。
だが、もしもリディが現れれば? 運命的な出会いだ。シメオンの考えも変わるだろう。そう思った。
「わかりました、シメオン様に従います」
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※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。
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