4 オペラ
アメリは少し残念なような、ほっとしたような複雑な気持ちになりながら笑顔で言った。
「シメオン様がわかって下さってよかったです。私もご一緒しますが、裏でフィリップと一緒に行動させていただきますね」
「いや、今日の同行者は君なんだからそれは困るな。ちょっと失礼する」
そう言ってアメリを縦抱きにした。
「シメオン様?!」
「君は私がそんな噂ごときでつぶれるような人間だとでも? とにかく、君が自身をただのメイドと言い張るのなら、主人の言うことは聞くものだ」
アメリは自分自身になにが起きているのか理解する間もなく、無理やり馬車に乗せられた。
その後ろから乗り込むシメオンにアメリは馬車の奥へ追いやられながら、思わず反発する。
「もう、シメオン様は横暴です!」
どんな気持ちでシメオン様を送り出そうと頑張ったと思っているの?! それに、どれだけ私を振り回せば気がすむの?
アメリはそう心の中で叫ぶと、早鐘のように打つ心臓を落ち着かせようと深呼吸しながらむくれた。シメオンはそんなアメリを見て、微笑むとアメリの頬をつついて言った。
「アメリ、可愛いね」
「そんなことを仰っても、私は誤魔化されませんからね!」
そう答えそっぽを向く。
「いいよ、誤魔化されなくても。私は君のそんなところも好きなんだから」
人の気も知らないで!!
アメリはそう思いながら振り返る。
「シメオン様、そういうところです。そうやって人を惑わせて、私は騙されません」
「手強いな」
そう言って笑うと、シメオンは御者に合図し間もなく馬車は走り出した。
アメリは最初、オペラを控室で聞けることを少し嬉しく思っていたが、馬車に揺られ歌劇場が近くにつれ、シメオンが目の前で他の女性と過ごしているのを見ていられるか不安になってきた。
だが、これはバロー家のメイドになると決めた時から覚悟していたことでもある。
少しずつ慣らしていかねばならないのだから、これも必要なことなのだと自分に言い聞かせると、気持ちを落ち着かせた。
そんなアメリをシメオンはじっとアメリを見つめていたかと思うと、残念そうに言った。
「ついさっきまでは、昔の君の顔だったのに。今はメイドとしてのアメリの顔に戻ってしまったね」
アメリはシメオンを見つめ返すと答える。
「そもそも、今はメイドの仕事中ですからそれが正しいと思いますが?」
「そうか、今はメイドだったね」
シメオンはそう答えて悲しそうに微笑むと、正面を向いた。
アメリはシメオンが自分のことを、妹として扱いたいと言う気持ちは十分に理解していた。
けれど、本当にシメオンの父親であるコーム・フォン・バロー辺境伯の娘かもしれないのだ。
いずれシメオンがそのことを知ったとき、裏切られた気持ちになって、アメリに優しくしていたことをひどく後悔することになるかもしれない。
シメオンの横顔を見つめながら、アメリはそんなことを考えていた。
歌劇場へ到着すると、先に降りたシメオンがアメリをエスコートしようと手を差し出す。アメリはその手を取らず、一人で降りようとした。
すると、シメオンは手を伸ばしアメリを抱きかかえると、馬車から降ろした。
またこんなことを、しかも屋敷の外で!!
自分はこれだけ気を使い気持ちを抑え込んでいるのに、シメオンがまるで気にしていないことにアメリはムッとする。
「もう、シメオン様!」
「これぐらいかまわないだろう。さぁ行こう」
そう言って手を取ると歩き始める。
これぐらい? とんでもないことだわ。
そう思いながらも、アメリは振り払うわけにもいかず、周囲の目を気にしながらシメオンに手を引かれて歩いた。
劇場へ入るとエントランスで劇場の支配人が出迎えた。彼はシメオンがメイドと手をつないでいても、まったく意に介していないようでアメリはお客様として丁重にもてなされた。
二階のボックス席に案内されると、そこには装飾の施された豪奢ソファーが置かれていた。
シメオンはソファーに腰かけると、自分の横に座るようにポンポンとソファーの座面を叩く。
意味がわからず、首をかしげるアメリの腕をつかむとシメオンは一気に引き寄せ横に座らせる。
「なにをなさるんですか!」
「なにをって、オペラを君と見るんだが?」
そう答えると、シメオンは当然のようにオペラグラスをアメリに渡した。
「あの、シメオン様一緒に観劇なさるお相手の令嬢は?」
シメオンは不思議そうに答える。
「相手の令嬢? なにを言っている。今日は君が同行者だと言っているだろう」
アメリはその言葉に混乱し、状況を頭のなかでなんとか整理すると驚いて答える。
「はい? 私がシメオン様とオペラ鑑賞?! とんでもないことでございます。なにを仰っているのですか?」
シメオンは少し悲しそうに微笑んだ。
「このオペラ、見たかったんだろう?」
アメリは息を飲むと、驚いて答える。
「なぜそれを?!」
シメオンにそのことを話したことはなかった。一度屋敷に劇場の者が宣伝にやってきたときに、裏で『素敵、見てみたいわ』と呟いたことはあったが。
それをなぜシメオンが知っているのか、皆目見当もつかなかった。
シメオンは驚くアメリを見て、嬉しそうに答える。
「好きな女性のことなんだから、知っていて当然だろう」
「ですが、私はこのことを誰にも言ったことがありません」
「誰にも言わなくとも、誰かが聞いていたかもしれないよ? さぁ、とにかくせっかくなのだから鑑賞を楽しんで」
アメリはそれでも納得がいかず、戸惑いながら答える。
「ですが、ここまでしていただくわけにはいきません!」
すると、シメオンは芝居がかった様子で、少し考えたふうを装うと言った。
「そうか。ならば、そのお礼に私は君に膝枕をしてもらうとする」
そして、ソファーに寝転がりアメリの膝に頭を乗せる。
「シメオン様?!」
シメオンは自分の唇に指を立てる。
「シー! うるさくして他の者たちに迷惑をかけてはいけない。静かにしなくてはね。それにここなら隠れているから、周囲から私の姿は見えないよ」
そう言われ、アメリは黙った。
こうでもしないと、アメリはシメオンに我が儘やお願いごとを言わないので、わざとこんな強引な手段に出たのだろう。
だが、アメリはシメオンのそんな優しさがつらかった。
どうせなら、もっと冷たくしてくれれば諦めもつくのに。
そう思っていると、シメオンが寝息をたて始めた。なんだかんだ、伯爵令息として日常でやることは多く、忙しい日々を過ごしている。
疲れているのだろう。そんな中、こうして連れてきてくれることに感謝するべきだ。
アメリはそう考え直し、オペラグラスを覗き込む。そして、すぐにオペラの世界に魅了され夢中になって鑑賞した。
そうして楽しい時間はあっという間にすぎ、終わったあともアメリはぼんやりと舞台の上を見つめ余韻に浸っていた。
「素敵だった……」
そう呟くと、シメオンが言った。
「君がオペラを楽しんでくれたのはいいが、私のことも忘れて夢中になられると少しオペラ歌手に嫉妬するね」
アメリは、はっとして下を向きシメオンを見た。
「申し訳ありません!」
シメオンは微笑む。
「本当にね、君がオペラを鑑賞中、もしかしたら君と甘い時間を過ごせるのではないかと少しは期待していたというのに。君ときたら、私のことなどすっかり忘れてオペラに夢中だったね」
主の存在を忘れるなんて、こんなことあってはならないことだわ!
アメリは自分の失敗を責めた。
「すみません! 仕事のことを忘れ、呆けるなんてあってはならないことでした」
「そう思うなら、オペラに負けたこの哀れな男を慰めてくれないか?」
「はい?!」
「ほら、アメリの思う方法でかまわないから」
アメリはシメオンがなにを求めているのかわからず、次になにをするのが正解なのかしばらく考え、そして気づく。
シメオン様は、そうやって私をからかって楽しんでいるんだわ。
アメリは少し恨めしく思いながら、思案したのちシメオンの額を優しく撫でた。
「うん、気持ちいいね。でも私は君のキスを期待したんだが……」
言われた瞬間、アメリはシメオンの髪をかきあげ額を剥き出しにすると、ピシャリと額を叩いた。
「いい加減になさいませ! 度が過ぎますよ」
シメオンは叩かれた額を手で押さえると不満そうに言った。
「こんなことをして、あとでお返しをしてもらわないとね」
「ご自分が悪いんですよ、私をそうやってからかうから……」
そう言ったあと少し考えると続ける。
「でも、今日は連れてきて下さって本当にありがとうございました。とても楽しかったです。夢のような時間でした」
すると、シメオンは手を伸ばしアメリの後れ毛を指先でもてあそびながら、アメリを熱っぽく見つめる。
「そうか、よかった。私も君のその顔が見たかったんだから」
そう言うと上半身を起こして、大きく伸びをした。
「それに膝枕をしてもらえたしね。最高な時間だった」
シメオンにとっては休養の時間だったのだ。アメリはそう考え直し、少し安心した。
「私の膝でよろしければいつでも。ですが、人前では絶対にしませんよ?」
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