20 過密スケジュール
結局、結婚式はアルフォンスが戻ってくる予定である半年後に挙げることになり、その間にアメリの教育や社交界デビュー、ボドワン家への挨拶の予定も組まれた。
そして、最後にリディの対策について話し合われる。
現在リディは、バロー領にとどまり『シメオンの命の恩人』ということを盾に、好き放題バロー家にも出入りしているとのことだった。
リディはシメオンに招待されて出入りしていたのだと思っていたアメリは、勝手に出入りするその図々しさに驚き半ば呆れた。これは侯爵令嬢のすることではない。
しかも使用人たちにバロー家の女主人のような振る舞いをしているとのことだった。
ここしばらくリディはバロー家に現れていないが、アメリが帰って来ていることぐらいは耳に届いているはずだ。けん制のためにいつ現れてもおかしくなかった。
エステルとしてはリディがこちらより地位は低いが、相手は侯爵家である。それに、命の恩人とあって無下にできないようだった。
この話が出たとき、シメオンは不意にアメリに言った。
「ブランデ侯爵令嬢は自分が命の恩人だと言っているが、あの時、私を治療してくれたのはアメリ、君だろう?」
その台詞にアメリが驚いていると、シメオンは苦笑する。
「その顔、私が気づいていないとでも思っていたのか? とにかく、君が本当の命の恩人であることをブランデ侯爵令嬢の前で証明しなければならないな」
そうしてシメオンはエステルと話し合い、ブランデ侯爵令嬢を晩餐会に招待することにした。
「君のこと、婚姻のこと。これらを公言できるよう晩餐会で決着をつけてしまおう」
シメオンはそう言って不敵に笑うと、真剣な眼差しになりアメリの左手を取った。
「アメリ、君は彼女に命を狙われていた。今もそれは変わらない。婚姻のことは箝口令を敷いているから彼女には知られることはないと思うが……」
そう言うとスッと薬指の証を魔法で消した。
「シメオン様?! どうして……」
アメリは驚き、シメオンを見つめた。
「落ち着いてアメリ。婚姻の契約を解消したわけじゃない。ただ証が見えないように魔法をかけたただけだ」
それを聞いたアメリはほっとしたが、証の消えてしまった左手の薬指を見て寂しさを感じた。シメオンはそんなアメリを慰めるようにキスすると、アメリを抱きしめる。
「私もこれは不本意な選択だ。本来ならば証を見せつけたいぐらいだが、今しばらくは我慢しなければ」
シメオンが寂し気にそう言ったので、アメリは同じ気持ちなのだと気づくと、シメオンにぎゅっと抱きついて言った。
「はい。そのかわりそばにいてください」
シメオンはアメリの頭にキスする。
「これ以上可愛くならないでくれ。本当に。……それ以上されたら、夜まで理性がもたない」
それを聞いてアメリは顔を赤くすると、さっとシメオンから体を離した。
「ご、ごめんなさい」
そんなアメリを見てシメオンはクスクスと笑った。
現在、社交期は終わり、王都に集まっていた貴族たちの多くは自身の領土へ戻るための準備をしていた。だが、王都にあるバロー家の屋敷で晩餐会を開くと案内状を出すと、みんなすぐに色よい返事をよこした。
特に令嬢たちは社交シーズン中に顔を出さなかったシメオンにどうにかお近づきになれないかと、こぞって参加の意思を示したようだった。
晩餐会の招待状リストに目を通すと、シメオンはソファに座るアメリの横に腰かけた。
アメリは刺繍をする手を止め、それをバスケットに入れると、それを見届けたシメオンはアメリの膝の上に頭を乗せた。
アメリがそっとシメオンの頭を撫で顔を覗き込むと、シメオンはアメリの頭に手を添えて自分の顔に引き寄せてキスした。
アメリは恥ずかしくなり、顔を後ろに反らせた。
「もう、シメオン様、急に何をなさるのですか!」
「君が可愛らしく私の顔を覗き込むから、我慢できなかった。早いところブランデ侯爵令嬢と方をつけて、どこか二人になれる場所に出かけたい」
「でも、相手は侯爵令嬢ですし、すぐに引き下がるとは思えません」
「そんな心配いらない。大丈夫。君には私だけを見つめていてほしい」
そう言ってアメリの髪を少し指でもてあそぶと、微笑み目を閉じた。
晩餐会当日、朝からアメリは入念な準備を施された。
アメリの世話をするメイドたちも、もともとは同僚たちであり友達でもある。少し気まずい気持ちになったが、そんなアメリの不安を察したのか、アメリの侍女になったスーが言った。
「アメリ様がシメオン様と婚姻されて本当に良かったです! 周囲の者はやきもきしながらお二人を見ておりましたから!」
アメリは驚いてスーの顔を見つめる。
「そうなの?」
「そうですよ~。シメオン様がアメリ様を特別に思っているということは、この屋敷にいる者は全員知っていましたから。でも、奥様がアメリ様の意思も尊重しろと仰るから、同僚として接していましたけれど」
「……奥様が?」
「そうですよ?」
アメリは、それを聞いてみんなに見守られていたのだと実感した。
「さぁアメリ様。今日はあんな令嬢に負けないよう力の限りを尽くしますね!」
そう言った後、続けて言った。
「大丈夫です。だってアメリの方があの令嬢より断然美人ですもの!!」
「ありがとう」
アメリはそう言って微笑み返した。
晩餐会用のドレスはファニーがデザインしたドレスが準備されていた。
そのドレスは濃紺で錦糸の細かい刺繍が施され、サテンのリボンが装飾されている。襟口が大胆に開いており、ノースリーブでレースのロンググローブがついていた。
そして、ロング丈のスカートの下には布をたっぷり使ったフリルが幾重にもあしらわれている。
「こんなに高価なものを、私が着てもいいのかな?」
準備されたドレスを見つめ、アメリがそう呟くとスーはクスクスと笑った。
「アメリ様ってば、もちろんですよ! さて、その前に、まずは湯浴みをして、全身マッサージ。それに全身パックに……」
「待って待って、それはすべて必要なこと?」
「はい! これは全部必要なことです。晩餐会が楽しみですね~!」
そう言ってスーは楽しそうに微笑んだが、アメリはこんなにも大事になるとは思わず、少し緊張し始めた。
そうしてすべての準備が整うと、アメリは鏡の前で一回転して自分の全身を眺めた。
「凄い、ありがとう。とっても素敵、私じゃないみたい。スー、あなたのお陰ね」
「アメリ様、私の腕が良い訳じゃありません。アメリ様はもともと、とても美しい方ですから少し磨けばずば抜けて美しくなるのは当然です」
そのときドアがノックされ、振り向くと戸口にシメオンが立っていた。
「はい、お待たせいたしました」
アメリがそう答えて振り向くと、シメオンは動きを止めた。
「アメリ、今日の君は一段と……美しい」
そう言うとシメオンは目を細めた。アメリは恥ずかしくなり俯く。
「あの、こんなに豪華に着飾る必要があるのでしょうか」
「もちろん必要だ。それにしても、今日の君は自ずと輝いているように見える」
そう言うと、無言でアメリを眩しそうに見つめた。そこでスーが苦笑しながら口を開いた。
「シメオン様、アメリ様をずっと見ていたいお気持ちはわかります。私もですから。ですが、お客様がお待ちですよ?」
スーにそう言われ、シメオンは我に返ると苦笑する。
「そうだった。だが、君を社交の場には連れていきたくない。できれば今日の晩餐会にも出ないでほしい。変な虫が寄ると困る。だが、仕方がない」
そうつぶやくと、アメリに手を差し伸べた。
「さぁ、行こう。私のアメリ」
「はい。今日はよろしくお願いいたします」
そう言い返して微笑むとシメオンの手をつかんだ。シメオンはその手を引き寄せ抱きしめるとアメリに深くキスした。
「アメリ、このまま今すぐに君に溺れてしまいたいよ」
そう言うと、アメリから少し体を離す。
「だが、憂いは早く取り除かなければ」
そう言ってアメリに軽くキスし、腰に手を回すと体を引き寄せ、歩き始めた。
今日の晩餐会は鈴蘭の間を使用することになっていた。
鈴蘭には『幸福が訪れる』や『清らかな愛情』といった意味合いがあり、婚姻の発表を目的としてこの部屋を選んだのがわかった。
部屋へ行くと扉の前でファニーが待ち受けていた。
「マーーメイドーーー!! お久! やっぱりめっちゃ可愛いなぁ。僕のデザインしたドレスが似合ってるぅ!」
「お久しぶりですファニー様。来てくれたのですね? ありがとうございます」
「もちろん、君のために戻ってきたよ~。結婚式のドレスだってデザインしないとだしね」
「それに、以前は助けていただいて……」
アメリがそう言うと、ファニーは面前でオーバーに両手を振った。
「な~んにもしてないってば〜。気にしない、気にない」
そんなファニーに微笑んで返すと、そのときシメオンがアメリを自分の方へ向かせて言った。
「アメリ、今日は発表があるまでファニーにエスコートしてもらってくれ。本当はこんなことしたくないのだが……」
と、その後ろからファニーが叫ぶ。
「と、言うわけでマーメイド、今日はよろしくね!!」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますファニー様」
そう言ってファニーに微笑んで返した。
今日の晩餐会では主催であるエステルが客を待ち受け鈴蘭の間に案内してくれているので、趣向をこらして全員が集まったところでアメリを紹介し、婚姻の発表と挨拶をする手筈となっていた。
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※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。
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