18 告白
テランスは優しく微笑むと、アメリの手を取った。
「だが拒否し続けたのには、しっかりした理由があるはずだ、違うかな?」
アメリが黙って頷くと、テランスは微笑んだ。
「本当に君たち親子は本当によく似ているな。では、シメオンのそばにいることを拒むその理由は?」
本当の理由なんて言えるはずがない。
アメリは押し黙った。そんなアメリに、テランスは核心を突く質問をする。
「そうか。なら君はシメオンが嫌いなのだな」
この問いに、アメリはついに耐えきれなくなった。
「違います! 私は心からシメオン様を愛しています!」
そう叫ぶと、今まで我慢し誰にも言えなかった気持ちが溢れ止まらなくなった。
「シメオン様は私のことを妹のように思っていらして、愛する女性もいらっしゃるのに私を優先してくれました。それなのに私だけが勝手に、こんな邪な気持ちを抱いて裏切って……」
と、その時大きな音をたてドアが開かれた。
アメリが驚いてそちらを向くと、そこにシメオンが立っていた。
「シメオン様?」
アメリは、シメオンがなぜここにいるのかわからず困惑した。シメオンはアメリの方へ真っ直ぐに駆け寄ると抱きしめる。
「アメリ、私も君を心から愛している」
アメリは驚いて、シメオンから慌てて体を離す。
「なぜこちらに?」
そう言って、自分がシメオンに追放された身だと思い出すとはっとして頭を下げた。
「勝手に領地へ戻ってきてしまい、大変申し訳ありませんでした。すぐにでも出ていきます」
「ダメだ! 私は君をもう二度と放さない!」
そう叫ぶと、シメオンはすぐに苦しそうな顔をして話を続ける。
「いや、違う。何の説明もなしに『地枯れ』の君を追い出すようなことを言ったのは私だ。そのせいで、君の命を落とすところだった」
シメオンは更に力強くアメリを抱きしめる。アメリは申し訳なく思いながら、シメオンから少し体を離し見上げて言った。
「いいえ、追放を言い渡さないとならないぐらいに追い詰めたのは私の方です。ですから、シメオン様は何も悪くありません」
シメオンはアメリをじっと見つめると、首を横に振った。
「私は君を追放するつもりなどなかった。私は君が『地枯れ』だと知らなかったんだ」
アメリは驚く。聞いていた話とは違っていたからだ。
「それは本当ですか?」
シメオンは頷く。
「君が出ていったあと、母からそのことを聞いて初めて知った」
アメリは愕然とした。では、リディが言っていたことは嘘だったということになる。そうだとして、なぜそんな嘘ついたのか、そもそもなぜリディはアメリが『地枯れ』だと知っていたのか。
そんなことを考えながら、アメリは現状を理解し始めた。シメオンは、アメリが領地を出れば命がないと知って追いかけてきただけなのだろう。
勘違いしてはいけない。私はその優しさ報いるため、今は感情を抑え毅然と対応しなければ。
そう自分に言い聞かせて言った。
「わかりました。では、今日は温情で領地からの追放を取り消しに来てくださったのですね?」
するとシメオンはアメリを悲しげな眼差しで見つめた。
「いいや、私は君を迎えに来たんだ。なぜか分かるか?」
アメリはその質問の意図するところがわからず、どう返せば正解なのか少し考えて答えた。
「では、以前のようにメイドとして私を屋敷に?」
そうなのだとしたら、はっきり断ろう。そう思いながら返事を待つと、しばらくしてからシメオンははっきりとこう言った。
「アメリ、私は本当に君を愛しているんだよ」
そんなことは痛いほどよくわかっていた。問題なのは、シメオンの気持ちと自分の気持ちが違うものということだ。
そう思うと、それを知らずに同情からここまでしてくれるシメオンに対し、これ以上裏切るようなことをしてはいけないと考えた。
それに、ここまで大ごとになってしまったのだ、誠実に対応するため、正直に本当のことを話すべきだろう。
アメリは大きく一呼吸すると、自分の気持ちを話す決意を固め口を開いた。
「シメオン様が私のことを本当の家族のように思ってくださっている。そのことは、存じ上げています。ですが私は違います」
すると、シメオンは不安そうな顔をした。
「それは、どういう意味だ?」
「はい。私は使用人でありながら、主人であるシメオン様に邪な感情を抱いているのです」
それを聞いたシメオンは一瞬目を見開き、そのあと真剣な眼差しでアメリの真意を探るように瞳をのぞき込む。
「アメリ、それは私を一人の男性として愛してくれているということ?」
そう言われアメリの心臓は跳ね、思わず視線を逸らしてしまった。
逃げてはいけない。
アメリはそう思い、もう一度シメオンと見つめ返す。
「はい、そうです。私はシメオン様を一人の男性としてお慕い申し上げております」
アメリとシメオンは、しばらくそのまま無言で見つめ合った。
アメリは緊張のあまりクラクラする感覚を覚え、大きく脈打つ心臓のせいでその体は揺れた。
そうして、シメオンの口から拒絶の言葉が出るのを待つ時間はとても長く感じられた。
するとシメオンは、何も言わずにアメリを引き寄せギュッと抱きしめた。
「あの、シメオン様?」
「うん、静かに。もうしばらくこのままで」
アメリは言われるままに、シメオンに体を預け返事を待つ。その返事がどんなものでも受け入れる覚悟だった。と、そのときシメオンが口を開く。
「ありがとうアメリ。私も君を一人の女性として愛している。君のことを妹だと思ったことは一度もない」
アメリはなにを言われたのか理解できずに、シメオンの顔を見ると聞き返す。
「シメオン様、それは本当ですか? ですがシメオン様にはリディ様がいらっしゃるではありませんか」
シメオンは不思議そうに聞き返す。
「なぜここでリディの名が出るのかわからないな」
本当になぜ? という顔をするシメオンに戸惑いながら、アメリは困惑しながら言った。
「それになにより私は『地枯れ』です。シメオン様には相応しくありません」
シメオンは改めてアメリに向き合うと、優しく微笑み言い聞かせるように言った。
「『地枯れ』なんて、なんの障害にもならないよアメリ。いいかい? これは貴族の間でしか知られていないことなのだが『地枯れ』は領主が婚姻契約の魔法を使うと、打ち消されるんだ」
アメリは驚いてシメオンの顔を見つめた。シメオンはアメリの涙を指で拭い話を続ける。
「だから、君が『地枯れ』だろうと問題ない」
そう言われ、アメリはシメオンが自分との婚姻まで考えていることに気づくと、一瞬で顔が赤く熱くなり、思わず両頬を手で押さえながら答える。
「いえ、はい、婚姻? 私とシメオン様が?! ですが、そんなこと奥様が許しません!!」
「それはない。母は君たち親子が『地枯れ』なのではないかと疑っていた。だから、昔から君と私を婚姻させるつもりだったんだ」
「そんな、たったそれだけの理由で? 私は使用人の娘なのですよ?」
するとシメオンは少し視線を逸らし、戸惑いながら言った。
「その、母は、私が君に執着していることを知っていたから、引き離すことはできないと理解していたようだ」
そこでアメリは首をかしげた。
「シメオン様が私に執着とは一体……」
アメリがそう答え不思議そうにシメオンを見つめ返すと、シメオンは面食らった顔でアメリに聞き返す。
「あれだけのことをされたのに、君はなんとも思わなかったのか?」
シメオンはしばらくアメリの顔を見つめていたが、突然笑い出した。アメリは意味がわからず困惑する。
「シメオン様? どういうことなのか説明して下さい」
するとシメオンは、嬉しそうに答える。
「いいんだ。君がどう感じたかが一番大切なことなのだから」
その返答にアメリは納得できなかったが、これ以上何を聞いてもこの件に関しては答えてくれそうにないと考え、もう訊かないことにして、質問を変えることにした。
「シメオン様は私に領地を出ろとおっしゃいました。『地枯れ』だと知らなかったのだとしても、私が邪魔だったのではないですか?」
「アメリ、君にそんなふうに思わせていたのか。私の配慮が足りないせいだな。前にも話したとおり、君は本当に命を狙われていた」
アメリはその返答に驚愕した。ただのメイドであり、なんの力もない自分が命を狙われるなど、とても考えられなかった。
それに誰かに命を狙われるほど憎まれていることにも、少なからずショックを受けた。
「私の命をですか? ですが、私は一介のメイドです。誰がそんな……」
シメオンは苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「嫉妬に狂った醜い者はどこにでもいる。それと、私が君に領地から出ていくように勧めた理由だが、君の居場所が知られてしまったからだ」
「私の居場所……。あの秘密の部屋ですね?」
その返答にシメオンは頷く。そこでアメリは気づいた。あの部屋は、こういったときに使用するための部屋だったのだ。アメリは続けて言った。
「あの場所がバレてしまうなんて、ではもしかして屋敷内に内通者が?」
「そのようだ。それで、あのときは君が『どうしても屋敷を出たい』と言うなら、意見を尊重して手放すことが最善なのではないかと思ったんだ」
「そうなのですね。てっきりシメオン様は私に愛想を尽かしたのだとばかり……」
「違う! それは断じて違うよアメリ。私が君に愛想を尽かすなんてことがあるわけがない。現に君と離れている間、まるで地獄のような日々だった」
そう言われ、アメリはまた顔が一気に赤くなった。そして、先ほどシメオンが言った『君を一人の女性として愛している』という言葉を思い出し、目の前がチカチカして俯いた。
シメオンはそんなアメリの頬を撫でると、愛おしそうに見つめた。
「私は君と離れている間、君が私にとってどれだけ必要な存在なのか再確認しただけだった。だが、その間君は命を削りもっとつらい思いをしていたのだから、私がつらいなんて言えた義理ではないね」
「いえ、そんなことは……」
アメリはやっとのことでそれだけ絞り出すように答える。
シメオンはアメリのうなじをそっと撫でた。
「ひゃう!!」
アメリは思わずそう声を出すとビクリとした。慌てて自分のうなじを手で押さえると、シメオンを恨めしそうに見た。
「シメオン様、なにをなさるんですか!」
「なにをって、私たちはいずれ婚姻し夫婦になるんだよ? こういったことをするのは不思議なことではない」
そう言うと、今度は抱きすくめ逃げられないようにしてからうなじにキスをした。
そのとき部屋の隅でテランスが大きな咳払いをして言った。
「私は失礼する」
そう言って部屋を出ていく。アメリは今さらながら、今までの会話を父親に聞かれていたのだと恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。
「お父様にあんなはしたないところを見られるなんて!」
シメオンは楽しそうにアメリの耳元で囁く。
「大丈夫。卿はなにも言わずに部屋を出ていったということは、そういうことだから」
アメリは顔から手を放すとシメオンを見上げた。
「それは一体どういう……」
質問を言い終わる前に、アメリはシメオンの唇に言葉を遮られた。
しばらくそうして二人の時間を過ごしたあと、アメリは不意に疑問に思ったことを口にした。
「私が『地枯れ』なのはいつ知ったのですか?」
「君が屋敷を去り、母に君が領地を出たと報告したら母がとても慌ててね。その時に母に聞いたんだ。それを知った私は、君を失うのではないかと心の底から恐怖した。あの時感じた恐怖は今も忘れられない」
「そうだったのですか……。私はてっきりとっくに奥様がシメオン様に話したのだと思っていました」
そう言うアメリを、シメオンはずっと愛おしそうに見つめる。アメリは恥ずかしくてシメオンからまた目を逸らすと俯いた。シメオンはアメリの手を握った。
「母はね、君が自ら私に話すまでは誰にも言うつもりはなかったそうだ」
アメリは驚いて言った。
「でも、リディ様はシメオン様も屋敷の人間も、私が『地枯れ』であることを知っていると……」
それを聞いてシメオンは不愉快そうな顔をした。
「あの令嬢がそんなことを?! 本当に彼女は余計なことばかり。いいかい? アメリ。彼女の言うことは信じてはいけない」
「そうなのですか?」
「そうだ。それに、彼女はとても危険な人物なんだ。今後絶対に近づかないように。いや、私が君に彼女を絶対近づけない、必ず守る」
一体シメオン様とリディ様の間で何があったのだろう?
そう思いながらアメリは頷いた。それを見てシメオンは微笑むと言った。
「それと、本当は私が君を迎えに行きたかったんだが、私は君を狙っている者の正体を暴くため、証拠を集めなければならなかった。だから迎えが遅れてすまなかった」
「謝る必要はありません。こうして来てくださったんですから。それにしても、どうやって私がここにいると?」
「ファニーから君がオビュラにいると報告を受けていた。だが、まさかこんなところまで来ているとはね。来るのに時間がかかってしまって、かなり焦った」
そう言ってシメオンは苦笑し話を続ける。
「それに、今日は君の本音を知りたくてテランスに協力してもらった。おかげで、君の本心を知ることができて私は嬉しいよ」
それを聞いてアメリは先ほど自分がシメオンのことを『愛している』と叫んだことを思いだし、恥ずかしくなった。
「えっと、あの、シメオン様は、お父様と私との会話も聞いていたのですか?」
「もちろんだ」
そう答えてシメオンは満足そうに微笑んだ。アメリはいたたまれなくなり、素早くベッドにもう一度もぐり込むと叫ぶ。
「忘れてください!!」
「いいや、絶対に忘れたりはしないよ。長年片想いだと思っていた相手からの告白を忘れられるわけがないだろう?」
「もう、本当に恥ずかしいのでそういったことを言うのはやめて下さい!」
ベッドの中でそう叫ぶアメリを見て、シメオンはアメリを背後から優しく抱きしめた。
アメリは数日食事を取っていなかったので、その後シメオンの膝の上で介助されながらゆっくり食事を摂った。
アメリは恥ずかしくてしょうがなかったが、シメオンはアメリを絶対に放してくれなかったので、諦めておとなしくされるがままとなった。
そうしながら、アメリは目が覚めたときより更に数段体の調子がよいことに気づく。
「シメオン様? 本当に心配しなくて大丈夫です。領地に戻ったからか、今は本当にとても体調がいいんです」
シメオンは満面の笑みを浮かべた。
「それは治療が効いたな。体調がよくなったのは領地に戻ったのもあるが、先ほど君に直接私の気を送ったからそれも効いたのだと思う」
それを聞いてアメリは先ほどのことを思い出すと顔が火照るのを感じ、猛烈な恥ずかしさからこの話題から話をそらすことにした。
「そ、そんなことよりシメオン様。結局、私を狙ったのは誰だったのですか?」
「なんだ、もう話題を変えてしまうのか。まぁいい」
そう言うと真面目な顔で答える。
「ブランデ侯爵令嬢が黒幕だ」
「リディ様が?!」
アメリはなぜリディにそこまで恨まれるのか少し考え、シメオンが先ほど『嫉妬に狂った醜い者はどこにでもいる』と言ったことを思い出す。
「まさか、リディ様は私に嫉妬して?」
「その『まさか』だ。証拠はつかんだのだが、まだ問い詰めてはいない。その前に君を迎えに来たかったし、彼女の嘘を暴くためにも君の力を借りる必要もあるからね」
「私の力を、ですか?」
「そうだよ。だから、君の体調が回復してから一緒に屋敷へ戻ろう」
そう言うと、シメオンはアメリに軽く口づけたあと、アメリに質問する。
「そういえば君はなぜ私がブランデ侯爵令嬢なんかと婚約すると思ったんだ?」
「あの旅で、シメオン様は出会いがあったと仰っていましたし、屋敷内でシメオン様がどこかの令嬢と婚約されるとの噂を聞いたので……」
誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。
私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。




