15 優しい追放
アメリは涙目でじっとシメオンを見つめ、目で訴えたがシメオンはまったく動じる様子もなく笑顔で言った。
「デザートも用意してある。何時間かかろうと私は構わない」
そうして、楽しそうにパンを小さくちぎると、アメリの顔に近付けた。
「ほら、アメリ、口を開けてごらん」
シメオンは楽しそうに、アメリの唇にパンを優しく押し当てた。アメリはそんな強引なシメオンに気圧され、抵抗することを諦めて口を開けた。
「次はスープかな……」
アメリは羞恥心を抑えながら、口に運ばれたスープを口に含む。と、口の縁から少しスープがこぼれた。
アメリが咄嗟にそれを拭おうとすると、シメオンはそれを制し、指で拭ってそれを自身の口へ運んだ。
「シメオン様、そんな……」
アメリが動揺すると、シメオンはそんなアメリの反応を嬉しそうに見つめ微笑んだ。
「うん。このチキンスープはうまい」
アメリはなんとか恥ずかしい気持ちを抑え込むと、シメオンにはっきり言った。
「いけません。お願いですからそのようなことはなさらないでください」
シメオンは不思議そうな顔をした。
「どうして?」
そう言ってアメリの顔を覗き込む。アメリは恥ずかしさと緊張から目の前がチカチカし、動揺しながらなんとか答える。
「それは、あの、シメオン様は私の雇い主ですし、貴族で、えっと……。とにかく、いけません」
「それは、理由にならないな。さて、次はチーズにしようか」
そう言うとシメオンはチーズを一欠片つまみ、アメリの口元へ近づける。アメリはそのチーズを見つめて言った。
「シメオン様、こんなこと楽しいのですか?」
「うん、とても楽しい。食べるという行為を、こんなにも艷やかに感じたのは初めてのことだ」
「あ、艷やか?!」
顔が一瞬で熱くなり、思わず声が上ずった。
「君が食べる仕草は、とても艶めかしい」
アメリは顔を両手で覆った。
「そ、そんなことありません!! そんなこと言わないでください」
シメオンはそんなアメリをじっと見つめると、微笑んだ。
「さぁ、食事を続けるよ」
そうしてシメオンは、はずかしがるアメリに一口ずつゆっくり食べさせた。
朝食が済んだ後も、シメオンがアメリを放すことはなく、アメリはずっとシメオンの膝の上で過ごした。
アメリは恥ずかしいと思いながらも、シメオンの声や心音をとても心地よく感じた。
そこではっとする。シメオンはいつも忙しくしている。こうしてアメリにかかりきりになる余裕はないはずである。
アメリは慌ててシメオンに問いかける。
「シメオン様、今日のご予定は? ここにいらしても大丈夫なのですか?」
シメオンは慌てる様子もなく答える。
「今日は君を探しに外へ出ていることになっている。問題ない。それにしても、君がここから出て行こうとしたとき、置き手紙してくれていて助かったよ」
それを聞いて、アメリは勝手に出ていこうとしたことを責められているような気持ちになった。
「も、申し訳ありません」
「なぜ謝る? 君が私を捨てようとしたから?」
「捨てるなんてそんな!」
アメリが慌ててシメオンを見上げると、シメオンは少し悲しげな表情でアメリを見つめて言った。
「じゃあなぜ出て行こうとしたんだ?」
アメリは黙り込んで俯く。その様子を見て、シメオンはアメリの頬を撫でて言った。
「君が不義理な人間じゃないことはわかっている。なにか理由があるんだろう?」
その理由を説明するには、アメリがシメオンに『醜い感情を抱いている』ことを話さなければならない。
そんなこと、絶対にできない。
アメリはそう心の中で呟いた。
そうして、俯き無言を貫くアメリの様子を見て、シメオンは諦めたようにため息をつく。
「いつか君がその理由を話してくれると良いんだが。まだ、私のことをそこまで信頼してくれていないのだな。そういった意味で、私はまだ君を守りきれていないな……」
「ごめんなさい」
「君は謝ってばかりだね」
そう言うとシメオンは悲しそうに微笑んで、アメリを抱きしめた。
「ステラが事故に合ったあの日、私が君に言ったことを覚えているか?」
「はい……」
シメオンは、アメリの顔にかかる髪をかき上げながら話を続ける。
「あの言葉通り、今でも私は君を思っている」
アメリはその意味が、『地枯れ』に対する同情だとわかっていた。それでもその気持ちは嬉しかった。
アメリはシメオンを真っ直ぐに見つめ返す。
「わかっています。私はシメオン様に十分守っていただいています」
アメリは思う。
シメオン様はなにも悪くない。
ただ自分がこんな気持ちを抱いていること事態が裏切りに等しいことなのだ。そう考え、罪悪感を覚えた。
シメオンはそんなアメリを見つめて言った。
「君は時々そんな顔をする。悲しいような、つらいような、なにかを我慢している顔だ」
私はそんな顔をしていた?
アメリは咄嗟に顔を上げた。
「いいえ、シメオン様。私は我慢なんてしていません。これは私自身の問題なんです」
「本当に? では、なにか悩んでいたり、心に抱えているものがあるなら私にすべて話してほしい」
「すみません、シメオン様。今はお話しできません」
そうアメリが答えると、シメオンは優しくアメリの頭を撫でた。
「わかった」
こんなにも優しいシメオン様に、心から愛するリディではなく、自分を女性として愛して欲しいなんて、言えるはずがない。
自分さえこの状況を受け入れれば済むことなのに、邪な気持ちを抱え続けているばかりにみんなを不幸にしている。それが自分自身でも許せなかった。
それでもきっと、シメオンが目の前でリディと過ごしているのを見たら、きっとシメオンを恨むようになるだろう。
だから離れなければならない。
アメリはそう自分に言い聞かせる。
「また押し黙ってしまったね。とにかく、ここにいれば考える時間はたくさんあるだろう。君の気持ちが変わるのを待つよ」
シメオンはそう言ってアメリの手の甲にキスをした。
こうしてシメオンがアメリを甘やかす日々が始まった。
夜はアメリを抱きしめて休み、食事から日常の些細なことまですべてアメリの世話をこなした。
その間、アメリの決心は何度も揺らぎそうにな り、その都度葛藤しながら過ごすこととなった。
アメリは言っても無駄だろうと思いながら、自分のことは自分でやりたいと訴えてはいたが、当然聞き入れてもらえなかった。
「君は私から楽しみを奪うの?」
アメリの訴えにシメオンは笑顔でそう返した。
そんな日々の中、アメリの決心が大きく揺らぐ出来事があった。
それはアメリが窓の外をぼんやり眺めているときのこと、突然シメオンが背後からアメリを抱きすくめ、アメリを窓から引き離した。
「シメオン様?! 一体どうされたのですか」
シメオンはアメリを抱きしめる手にさらに力を入れると言った。
「また出て行くことを考えてたのか?」
「シメオン様、違います! 私はただ外の景色を眺めて考え事をしていただけで……」
「考え事? どうやったらここから出られるかってことを考えてた?」
それを聞いて、アメリは勝手に屋敷を出ようとしたことで、シメオンの信用を失ったのだと気づく。
嘘の理由でいいから、ちゃんと話して屋敷を出たいと言えばよかった。
そう思いながら、アメリはシメオンの腕にてを添えて言った。
「本当に、そんなことは考えておりません。ただ」
「ただ?」
「もうそろそろ庭師のリコが、花壇に新しい花を植える頃だろうと見ていただけです」
「本当に?」
「本当です」
シメオンはその真意を探るように、アメリの顔を覗き込むと、じっと瞳を見つめた。アメリも目を逸らさずじっと見つめ返す。
すると、シメオンはほっとしたようにアメリを解放すると手を取り、頬擦りして手のひらにキスした。
「疑って、すまない」
そんなシメオンを見ながら思う。これだけ大切に扱われて、なんの不満があるというのか。
アメリは、覚悟を決めて答えを出さなければならないと思った。
本当のことを話せば優しいシメオンのことだ、アメリを傷つけていたと知って落ち込むに違いない。
それは避けなければならない。
とはいえ、今はどんな理由を並べてもシメオンはアメリが屋敷を出ることを許さないだろう。
だとすれば、シメオンのためにアメリが選ぶべき道はただ一つ。この気持ちを押し込め、ずっとシメオンのそばにいる事だ。
アメリがそう思い悩んでいるある日、シメオンは部屋を出る前にドアの前で立ち止まると、振り向きつらそうな顔をしてじっとアメリを見つめた。
どうしたのだろうかとアメリも見つめ返していると、不意にシメオンは言った。
「アメリ、愛してる」
シメオンはそう言い残し悲しげに微笑むと、部屋を出ていった。
その瞬間アメリの心臓は早鐘のように打ち始めた。もちろん、シメオンの言っている『愛している』という言葉がアメリの期待するものではないことはわかっている。
だが、これだけ自分を思ってくれているのなら妹でも構わないではないか。
シメオンが女性として見てくれなくても、二人の間には絆のようなものがある。それで十分ではないか
そう思うと、アメリはやっと決心した。こうして求められる限り一生そばにいよう。
シメオンが出ていったドアを見つめながら、アメリはそう決意した。これほど大切に思われていて、これ以上望むものなどない。
決心が固まるとアメリは居ても立ってもいられず、室内をうろうろしながらシメオンがもどってくるのを待った。
シメオンがもどる数時間が、アメリにとっては数日のように感じられた。
そうして、ようやくシメオンが戻ってくるとアメリは笑顔で出迎えた。だが、シメオンの様子はいつもと違っていた。
いつもは戻るなりアメリを抱きしめ嬉しそうに微笑むのに、今日はつらそうな顔をしアメリから目を逸らした。
アメリは困惑しながらシメオンに尋ねる。
「シメオン様、どうかされたのですか? あの私、大切なお話があるのですが……」
「そうか、私も君に大切な話がある。きっと君にとって朗報だろう」
朗報なのに、なぜそんな顔をしているのだろう?
アメリは嫌な予感がして、胸がざわつき恐る恐るシメオンに尋ねる。
「なんでしょうか?」
するとシメオンはソファーに座るようアメリを促し、横に並んで座ると口を開いた。
「実は、君はなに者かに命を狙われていたんだ」
「私の命を、ですか?」
「そうだ。覚えているか? バッカーイの森で私たちが毒矢に射たれそうになった時のことを」
「もちろんです」
「あの時確実に矢は君を狙っていた」
なぜ?
アメリは戸惑い、動揺しながら自分を狙おうとする人物について考えた。だが考えても答えは出せなかった。
こんな一介のメイドの命を狙う人物がいるなんて思えない。
シメオンは震えるアメリの手を握ると、落ち着かせるかのように背中をさすり、話を続ける。
「だから君に外に出る時は報告するように言っていた。しかも、君が出て行こうとしたからこんな手荒な真似をした。本当にすまなかった」
アメリは状況を理解すると質問した。
「では、犯人が見つかったのですか?」
シメオンは残念そうな顔をした。
「いや、まだだ。だから私は、君はここにいない方がいいと考えた。私は君を解放したい」
その言葉にアメリは目の前が真っ暗になった。シメオンは、拒絶を繰り返すアメリについに見切りをつけたのだろう。
おそらく、アメリの命が狙われていたなど嘘に違いない。シメオンは遠回しに、屋敷から出て行けと言っているのだ。
「そう……ですか」
「私も君には出ていってもらいたくないと思っている。だが、私は君の意思を尊重したい。君は出て行きたいのだろう?」
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