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13『地枯れ』

 そう言うとアメリは居た堪れなくなり、急いで立ち上がり深々と頭を下げて言った。


「では、失礼いたします」


「アメリ、待って!」


 背後からエステルの焦ったような声が聞こえたが、アメリは気づかぬふりをし振り返らずに部屋を出た。


 廊下を足早に歩きながら、今までバロー家で過ごし刻まれた思い出の数々を思い出していた。


「ちょっとそこの! あんたよ、あんた」

 

 急に声をかけられギクリとしながら振り返ると、そこにリディが立っていた。


 リディ様?!


 リディはアメリが今一番話したくない相手だった。


 だがリディはシメオンの大切な客人である。無礼があってはならない。そう思い丁寧に返す。


「はい、なにかご用でしたでしょうか」


 そうして、リディに向き直ると体の前に両手を揃え、深く頭をさげる。


「あんた、アメリでしょ?」


「はい。そうです」


 そう答えると、リディはアメリを上から下まで無遠慮に見て鼻で笑った。


「ふ〜ん。貧相でみすぼらしいわね」


 あまりの言いように、驚き顔を上げてしまいそうになったがぐっとこらえる。


「申し訳ございません。暇をいただいていたものですから、日常着で失礼いたしました」


「はぁ? 勘違いしてるみたいだけど、貧相なのはあんた本人なんだから、なにを着ても同じでしょ」  


 アメリは奥歯を噛みしめ、無言を貫いた。


「だんまりってことは、貧相って自分でもわかってるんだ。しかもあんた『地枯れ』なんでしょう?」


 その言葉に驚き思わず顔を上げ、リディを見つめる。リディは嫌らしく笑うと勝ち誇ったように言った。


「だからここにいることも、シメオン様の隣にいるのも、あんたには相応しくないの。屋敷から出ていきなさいよ。じゃないと領地からおい出すからね。そうなれば困るんじゃないの?」


 相応しくないことは言われなくともわかっている。アメリはそれより、自分が『地枯れ』であることをリディが知っていることに驚く。


「リディ様、なぜ私が『地枯れ』だと?」


 すると、リディは一瞬口ごもり、少し考えた後にニヤリと笑った。


「なんで知ってるか? そんなの、みんな知ってるわよ。この屋敷の人間、みーんなが知っているの。それに気づいてないのはあんただけ」


 その言葉にアメリは目の前が真っ暗になった。


 みんなが知っている? この屋敷にいるもの全員が?


 そこではっとする。 


「もしかして、シメオン様もご存知なのですか?」


 その質問にリディは嬉しそうに答える。


「もちろん、当然でしょ! だからシメオン様はあんたに同情してんの。気づかなかったの? そういうことだから、早くここから出てって。いいわね?」


 そう言い放つとリディは、エントランスを抜けて外へ出ていった。その場に残されたアメリは、これ以上ないくらいにショックを受け呆然とした。


 シメオン様は私が『地枯れ』であることを知っていた……。


 そこでようやく、シメオンが心を砕いてくれている理由を理解した。


 シメオンは最初からアメリに同情していたに過ぎないのだ。


 バロー家の人々は使用人も含め、みなとても優く接してくれていた。同情だとしても優しくされたことにはかわりない。  


 それはとても感謝すべきことだったが、それによって知らぬまに自分が周囲に負担をかけていたという事実に打ちのめされた。


 アメリは足早に部屋に戻ると、馬車の手配をしに町へ行くためコートと帽子を手に取り急いで部屋を出た。


 シメオンからは出かけるときはお供をつけるように言われていたが、お供をつけてしまえばアメリがここを出て行こうとしているのがばれてしまう。


 そうすれば、さらにみんな同情し引き止めるだろう。


 なのでアメリは誰にも気づかれないよう、裏口からこっそり抜けだし外へ出た。


 まずは市場の方へ向かう。市場にはいつも行商人がいた。その中に行きたい村の近くまで行く行商人もいるかもしれない。きっとお金を出して頼めば乗せてくれるだろう。


 アメリは何人かの行商人に声をかけて回った。だが、なかなかアメリの行きたい方向へ行く行商人はいなかった。


 それでもアメリは諦めずに声をかけて回った。


 今日は無理かもしれない。諦めかけたとき、広場の近くで積荷をしている旅芸人の一団に出くわした。


 もしかして、彼らならルッモイまで行くかもしれない。


 アメリは駆け寄り、地図を見せながら話してみた。すると、ちょうどその村の近くを通るから乗せてくれるとのことだった。


 出発は明朝、少しでも遅れれば置いていくと言われそれでもいいからと乗せてもらうことになった。


 アメリは胸を撫で下ろすと、抜け出していることがばれてしまう前に慌てて屋敷に戻った。  


 屋敷へ戻っても誰もアメリを探している様子はなく、アメリは胸をなでおろす。


 少し外出したからって、みんなが私を探すわけない。これなら、明日もきっと誰にも気づかれずに抜け出せるはず。


 そう考え、部屋へ戻るとさっそく旅の準備に取りかかった。


 本当に大切なものだけ自分の鞄に詰め込むと、一応心配されないよう書き置きをすることにした。


 アメリは簡潔に書こうとした。だが、どう書いても逃げる言い訳や、シメオンに対する未練になってしまい、何度も書き直す。


 これでは、私がシメオン様の同情を誘っているように見えてしまう。


 そうして結局、余計なことは書かずに不義理を許してほしい、とだけを書いたとても短い手紙になった。


 自分の名を署名すると、テーブルの上にそれを載せた。


 明日も今日と同じように抜け出せば、誰にも見つからずに出ていくことができるだろう。


 アメリは朝に備え早めにベッドへ潜ると、不意にこちらに戻ってからシメオンとゆっくり話をしていないことに気づく。


「最後に挨拶してくればよかった……」


 だが、今会ったら感情に任せて目の前で泣いてしまうかも知れなかった。そんなことになれば優しいシメオンのことだ、同情してアメリを問い詰めるだろう。


 そうなれば黙っていられる自信がなかった。


「だから、会わない方が正解ね」


 アメリはそう呟くと少しだけ休もうと目を閉じた。





 約束の時間に合わせるために、まだ夜が明けきらないうちに起きると、自分のベッドを綺麗に整えた。


 ドアノブに手をかけ、室内を見渡す。


 親しみ見なれたこの部屋ともお別れだ。そう思うと、目の前が霞んだ。


「さよなら、ありがとう」


 そう呟くと部屋のドアを開ける。と、そこにシメオンが立っていた。


 アメリは驚いて叫び声をあげそうになるのを必死でこらえると、シメオンに小声で質問する。


「シメオン様。一体ここでなにをされているんですか?!」


 シメオンはアメリを見下ろしながら、怒ったように大きな声で答える。


「君こそこんな時間になにをするつもりだ?」


 アメリは慌てた。


「声が大きいです! まだみんな寝ていますから」


「じゃあ君は、そんな時間に一体なにをしている?」


 アメリは思わずシメオンの口を両手で塞いだ。


「シー!! 静かに。誰かに気づかれてこんなところを見られたら、大変です」


 なぜかわからないが、シメオンが怒っている。なにか大きな誤解をしているようだった。


 とにかく今は、話しをしてその誤解を解かなければならない。


 アメリが出ていけば、シメオンも安心するはずだからだ。


「シメオン様は、なにか誤解しています」


 シメオンは自分の口元からアメリの手を引き離して答える。


「誤解だって? 私がなにを誤解するというんだ!」


「シー! とにかく、ここで話していては誰かに気づかれてしまいます。どこか別の場所で……」


「わかった、君が周囲を気にするなら私の部屋へ行って話を聞こう」


 シメオンはアメリの手から鞄を奪うと、手を引いて歩き始めた。


 今までのシメオンは、冷静で怒りの感情をここまで露わにすることがなかった。だが、今は見たことがないほど怒りを露わにしている。


 アメリはこの状況を何とかしなければと考えながら、シメオンの背中を見つめた。


 部屋へ着くと、シメオンはそのまま自室の奥へと進んで行き、『開かずの間』の前に立った。そして、ポケットから鍵の束を取り出すと鍵を開ける。


 なぜこの部屋へ? ここには一体なにが?


 そう思いながら、アメリは慌てる。


「お待ちくださいシメオン様。私はこの部屋に入ってはいけないことになっています」


 すると、シメオンは振り無表情で言った。


「それは昨日までの話だ」


 そうしてシメオンは、部屋のドアを開けるとアメリに中に入るよう促した。


 アメリはこの部屋になにがあるのかと、恐る恐る入ると中を見渡す。


 だが、部屋の中は特にこれといった特徴はなく、強いて言えばシメオンには似つかわしくない女性向けの調度品が取り揃えられていたぐらいだった。


 一体なんのための部屋なのだろう?


 そう思っていると、シメオンに無言でソファーに腰掛けるよう促され、アメリはソファーに腰掛けた。


 早くここから出ないと、馬車が行ってしまう。どう言い訳すればいいかしら。


 アメリは正直に話してしまうか、それとも嘘をついて屋敷を出るか考えながら口を開いた。


「シメオン様は、なにか勘違いしていらっしゃるようですが……」


「アメリ、言い訳はいい」


 そう言ってシメオンは、アメリがそれ以上話すのを制すると続ける。


「君がここを出ていこうとしていたことはわかっている」


 アメリは、動揺し血の気が引いていくのを感じた。


 なぜシメオン様はそのことを知っているの? それに、いつ気づいたのだろう。


 狼狽するアメリを見てシメオンは付け加える。


「昨日、母と話したろう? その時の様子がおかしかったと母が言ってきた。それで、君の外での行動を監視していた」


「監視? では、私が市場へ行ったのも?」


 シメオンは怒りを抑えるような口調で答える。


「知っているさ。君と話した相手全員から君が何の話をしたのかも聞いて回ったからね」


「全員からですか?!」


 アメリが驚いてそう質問すると、シメオンは半笑いで答える。


「あぁ、そうだ。私は君と話した人物全員に聴取した」


 その様子を見て、アメリは落ち込む。


 シメオン様は、私の不義理に腹を立てていらっしゃるんだわ。やっぱり、ちゃんと話すべきだった。


 そう思いながら、信用を失った今はなにを話しても無駄だと考え、黙り込んだ。


 シメオンは落ち着きなく目の前を行ったり来たりしながら、なんとか怒りを抑えているように見えた。  


 そうして、立ち止まるとアメリを見もせずに、静かに言った。


「だから私は、君がここを出ていくというのなら、出ていくことを諦めるまで君をここから出さないことにした」


 アメリは呆気に取られる。シメオンがなにを言っているのか理解できなかった。


「それは一体、どういう意味ですか?」


 シメオンは腕を組み、アメリに向き直ると微笑んだ。


「君をここに閉じ込めると言っている」


「シメオン様、それは本気ですか?」


「本気だ」


「なぜこんなことを? シメオン様らしくありません」


 シメオンはしばらく無言になると、悲しげに笑った。


「私をここまで追い詰めた君が、そんなことを言うのか?」


 アメリは俯き押し黙った。

誤字脱字報告ありがとうございます。


※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。


私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。


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