12 『地枯れ』
文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。
先ほどラリーにはなにも知らないと答えたが、婚約相手はリディであることに間違いないだろうとアメリは考えていた。
もう噂にまでなっていることに驚き、そしてやはりそうなのかと落ち込むと、自分の諦めの悪さに驚いた。
この先何回、二人のことで自分は勝手に傷つき落ち込むのだろう?
いつか二人が目の前で仲良くしているところを見ても平気になる時が来るのだろうか?
そう思うと、アメリは自然と溜め息をついていた。
一気に食欲が失せてしまい、スープだけなんとか食べると食器を返すために、厨房へ向かった。その途中で廊下の先にあるエントランスに、リディが立っているのが見えた。
何度も確認するが画面越しに一番よく見たその顔を見間違えるはずはない、どう見てもリディ本人だった。
なぜこんなところに?
そして、シメオンがリディを招待したのでここにいるのだと気づくと、思わず足がすくんで立ち止まり、その様子をじっと見つめた。
リディはエントランスの奥を見つめ、誰かを待っているようにそわそわすると、突然満面の笑みで両手を広げて誰かに抱きついた。
その相手はシメオンだった。シメオンはこちらに背中を向けてしまったので、今どんな表情をしているかわからなかったが、想像は容易にできた。
二人の姿を見つめていると、不意にリディがこちらに気づいた。そして、アメリと目が合うとニヤリと笑って、シメオンの腕に手を絡ませた。
「シメオン様、バッカーイでの命の恩人である、この私のことをお忘れになったわけではありませんわよね? あの毒を無効化したのは私の治癒魔法によるものなのですよ?」
アメリはその台詞を信じられない気持ちで聞いていた。アメリの手柄をあんなに堂々と自分の手柄にしてしまうなんて、リディのその神経の図太さにも驚いた。
だが、きっとシメオンはリディの言うことを信じてしまうだろうし、今さら自分が治癒魔法を使いましたとは絶対に言える訳がない。
アメリはそれ以上見ていられず、慌てて踵を返すと部屋に戻った。そして、スープ皿を乱暴にテーブルの上に置くと、ベッドへ潜り込む。
アメリはとうとう我慢できずに涙をこぼした。
想像はしていたが、現実としてそれを目の当たりにするのとでは天と地との差があった。
自分は身を引いて、メイドとして暮らす。そんな夢物語、どうして実現できると思ったのだろうか。
おそらく、リディはお客様として一ヶ月ほどこの屋敷に滞在するだろう。そして二人はいずれ結ばれる。
そう考えた瞬間、胸の奥をぎゅっと捕まれたようなそんな苦しさに襲われる。
やっぱりできない、ムリ。そばで平気な顔で見守り続けるなんて!
アメリは、シメオンとリディが楽しそうに笑い合う姿を想像してしまい、それがずっと続くのだと思うと、苦しくてひたすら声を殺して泣いた。
部屋で思う存分泣いた後、決心した。
屋敷を出て行こう。
思い出のたくさんあるバロー家を出るのはとてもつらかったが、もうここにはいられなかった。
『地枯れ』は、領地から出なければ影響はない。今ならシメオンはリディに夢中になっているし、アメリがいなくなったとしても気づかないだろう。
アメリは、昔ステラが勉強用にくれたバロー領の地図があったのを思い出す。手書きのとても簡素なものだったが、ないよりはましである。
地図を広げて、どちらの方向へ行くか考えながら見つめる。すると、地図の一ヵ所に家の絵が書き込まれ星印がされている箇所があるのに気づく。
何かしら?
そう思いながらその星印周辺を見てみるが、特に大きな町があるわけでもなくどちらかというと、小さな町があるだけで山に囲まれなにもなさそうな場所である。
そしてアメリはそこが母親の生まれ故郷ではないかと思った。違うかもしれないが、行ってみる価値はある。
地図を使って、そこがバロー家からどのぐらい距離があるのか計算してみる。おそらく、馬車なら一週間ぐらいでつくだろう。
ここで十分過ぎるほどの賃金を貰っていたアメリは、馬車に乗って行くことにした。
明日町にでて、馬車を手配して早ければ明後日にはここを経ち、休んでいる間に少しでもここから離れ居場所がわからなくなれば、シメオンも諦めるだろう。
ほとぼりが冷めた頃に、手紙を書けばいい。不義理だが、今の自分にはそれ以外の方法は考えられなかった。
翌日、朝早くエステルに呼ばれた。もしかすると、息子のためにこの屋敷を出てほしい。そう言われるのではないかと思った。
緊張しながら、エステルの部屋へ入る。
「久しぶりね、アメリ。なんだかからだの調子が悪いようだけど、大丈夫なの?」
「はい、休ませていただいておりますので、だいぶよくなりました」
「そお? なんだか目が腫れぼったいみたいだけれど……」
アメリは照れ笑いをした。
「これは、寝すぎてしまって……」
「そう、ならいいけれど。さぁ、こっちに来て一緒に座りましょう」
そう言うと優しく肩を抱いて、ソファーにアメリを座らせた。アメリは緊張して、テーブルに出されたティーカップをじっと見つめていた。
「アメリ、前からずっと領主を夫にもつ身として貴女に聞かなければならないと思っていたことがあるの」
アメリは真っ直ぐエステルに向き直る。
「なんでしょうか?」
「貴女たち親子はずっと隠そうとしていたから、あえて聞かなかったのだけれど、貴女たち親子は『地枯れ』よね? 違うかしら?」
思いもよらぬ質問にアメリは驚くと押し黙った。嘘はつけないし、母親が一生懸命隠し遠そうとしていたことを簡単に話してしまってよいものか迷った。
すると、エステルは優しくアメリに微笑み手を握った。
「もう、隠さなくてもいいの。もし、そうならば領主として私たち家族は貴女を守る義務があるの。そして、貴女も守られるべき立場なのよ?」
アメリは、自分の頭を思い切り金づちで叩かれたような気持ちになった。
昨日までシメオンがリディと婚約することがつらいなどと思っていたが、メイドだからとか、身分差や、好かれていない以前の問題として『地枯れ』である自分が領主とどうこうなど、あり得ない話である。
エステルは遠回しに、やんわり『地枯れ』がどういうものかを思い出させてくれているのだろう。
アメリは目が覚める思いがした。今まで自分は甘えていた。シメオンが守ってくれているのをいいことに、そのぬるま湯にどっぷりと浸かり、自分がどんな立場なのか忘れていた。
アメリは震える声で答える。
「奥様、わかっています。今まで大変よくしていただきましたから、これ以上望むものはなにもありません」
「本当にそう思っていて? 私は貴女が色々なものを我慢しているように見えるのだけれど」
アメリは目一杯笑顔を作って見せた。
「奥様、本当に大丈夫です。これ以上の望みは持ちません。本当に安心なさって下さい」
「アメリ、そういうことではないの。貴女はなにか勘違いしているわ。本当に心配しているのよ?」
「ご心配おかけして申し訳ありませんでした。奥様の悩みの種は近日中に解消するはずです」
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