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11 噂

 気づくと、面前にシメオンの顔があり、もう少しで触れてしまいそうだった。アメリは慌てて目を固く閉じ顔の前で手を交差させて言った。


「シメオン様、近いです! それに、そこまでしていただくわけには」


「私がそうしたいんだが。アメリは私とこうしているのが嫌なのか?」


 アメリは恥ずかしさで目を閉じたままブンブンと首を横に振る。


「そんなわけありません。私がシメオン様を拒絶するなんて」


「なら構わないじゃないか」


 アメリは、シメオンの押しの強さには敵わないと諦めることにした。


「わかりました、お願いいたします……」


 消え入りそうなほど小さな声でそう答えると、手で顔を隠しながらうっすらと目を開く。


 するとアメリを見つめるシメオンの視線とぶつかる。


 アメリは直ぐに俯き目を逸らした。


 落ち着きなく打ち続ける心臓を、深呼吸することでなんとか落ち着かせていると、シメオンが歩き出した。


 こんなことをされたら諦めきれない。アメリは思わず呟く。


「これ以上、優しくしないでください……」


「なにか言ったか?」


 アメリは目が合わないよう、そっぽを向くと。


「はい、お礼を言ったのです。ありがとうございます」


 シメオンは笑うと言った。


「君がそんなに素直だと変な感じだ」


「ど、どういう意味ですか?」


「そのままの意味だが?」


「もう!」


 アメリがそう答えむくれると、シメオンはアメリの頭に優しくキスをした。


「私の可愛いアメリ。君がなに者だろうと、私の気持ちは変わらない。好きだよ」


 その瞬間アメリは胸がぎゅっと締め付けられる。


 それは妹としてですよね?


 そう言ってしまいたいのをぐっとこらえ、アメリは唇を噛んだ。


 それにこれからは、シメオンがなんと言おうとこんなこと、絶対にしてはいけないのだと自分に言い聞かせていた。


 シメオンはアメリの使っている部屋まで送り届けると、ベッドへアメリを横たえ額にキスする。


「ゆっくりおやすみ、いい夢を」


 そう言うと部屋を出ていった。アメリはいつまでもシメオンが出ていったドアを見つめていた。


 シメオン様は、あんなにも私のことを大切に思っていてくださる。なのに私はシメオン様にこんな気持ちを抱くなんて。


 そんなことを考え、眠るどころでなかった。


 翌朝、寝不足で腫れぼったい瞼と目の下のくまを化粧で隠し、食堂でシメオンと顔を合わせると、当たり障りのない会話を心がける。


 シメオンは離れてすわろうとするアメリを向かいにすわらせると、周囲の目も気にせずアメリの手をとり指をからませた。


「シメオン様、手を放してください。食事ができません」 


「そう? なら私が食べさせようか?」


 その台詞にアメリは困惑する。


「そんなことをしては、周りのものに対して示しがつきません。それに、食事は自分で食べたいです」


 そう返すと、シメオンはやっと手を放した。アメリはこれで食事に集中できるとホッとした。


 すると今度は、シメオンが頬杖をついてアメリをじっと見つめてきた。


 アメリが顔を上げるたび、シメオンの熱っぽい視線にぶつかり、落ち着かずに視線を皿の上に落とす。


「シメオン様、そのようにじっと見ていられたら食事どころではありません」


 シメオンは楽しそうに答える。


「なぜ? 恥ずかしい? それはどうして?」


「それは……。もういいです」


 そう答え、アメリはシメオンと視線を合わせないようにしながら、味のしない朝食を無言でなんとか食べ終えた。


 この調子でずっとそばにいては、こちらの身が持たない。


 帰りの道中、シメオンと距離を取れるようアメリは一計を案じた。


「シメオン様。お話があります」


「なんだ?」


「いつものように一緒の馬車に乗りたい気持ちはあるのですが、まだ少し体調が悪いみたいです。ご迷惑をおかけすることになりますから、他の馬車に乗ろうと思います」


 シメオンはアメリの手を取ると優しく言った。


「アメリ、それならなおのこと私と同じ馬車に乗った方がいいだろう」


 ダメだと言われるかもしれないとは思っていたが、この返事は予想外だった。アメリは思わずシメオンの顔をじっと見つめる。


「なぜです?」


「他の馬車よりは私の馬車の方がクッションが効いているし、私の魔法で揺れも少ない」


 そう言うとそっとアメリの顔に手を伸ばし、頬を撫でる。


「それに君が具合が悪いときにそばを離れるなんて、できるわけがないだろう?」


 次の瞬間、アメリが断る間もなく抱き上げた。


「ちょっ、シメオン様? おろしてください。今の私ではシメオン様のお役にはたてません!」


 そう言って僅かながら抵抗を見せるも、シメオンはまったく意に返さぬ様子で微笑むと、アメリの耳元で囁く。


「かまわないよ。君は私の隣にいてくれさえすればいいんだから」


 そうして、自分の馬車に向けて歩き出した。アメリはこうして抵抗むなしく馬車に乗せられた。  


「シメオン様は、ときにとても強引です」


 シメオンはむくれるアメリの斜向かいに座ると、笑って答える。


「それは君が強情だからだよ」


 その返答にアメリはそっぽを向くと、窓の外を眺めた。そんなアメリを見つめ、シメオンはクスクスと笑った。


「アメリ、体調が悪いのだろう? 馬車の中で寝ていても構わない。なんなら私が膝枕をしようか?」


「け、結構です!」


 アメリは即答し、窓枠に寄りかかり目を閉じると無理に眠りについた。


 暖かいものに包まれているような心地よい感覚に目を開け、アメリは自分がどういう状況にいるのかわからずしばらくぼんやりしていた。


 だが、じきに自分がシメオンの膝のうえに座り、胸に抱きついていることに気づくと慌てた。


「申し訳ありません!」


 そう言って、慌てて体を離そうとしたがシメオンにがっちりと抱きすくめられていて離せない。


「なんだ、起きてしまったのか」


「こんないたずらは止めてください」


 シメオンはアメリに甘く囁く。


「君の寝顔がとても可愛らしかった」


 アメリが顔を真っ赤にしたのを見て、シメオンはやっとアメリを解放した。  


 アメリはシメオンの膝から降りると、少し距離を取って座り窓の外へ視線を向けて言った。


「そうやって、また私をからかうのですね?」


「そんなつもりは毛頭ないよ。からかわれているということにしたいのは君の方だろう? 私はいつも本気だ」


「シメオン様の言うことは信用できません!」


 妹として思ってくれている気持ちはわかるが、運命の相手と思える人が現れた今、こんなことは許されることではない。


 アメリは振り向き、シメオンをまっすぐ見つめると言った。


「もう、二度とこんなことしないでください」


「そんな約束はできない」


 シメオンはそう答えて微笑んだ。


 その後、アメリは怒ったふりをしてシメオンと極力話さないようにしてやり過ごそうとしたが、シメオンがそれを許さなかった。


 絶えずちょっかいを出されるので、アメリはその度に注意をしなければならなかった。


 そうして休憩で町へ寄ればすぐに手を絡ませ、たえずそばに置き、アメリを放すことはなかった。


 一番困ったのは、馬車の中でうっかりうたた寝をすると、必ずシメオンに抱きしめられ胸の中で目が覚めることだった。


 そんな中、驚く出来事があった。


 眠気と戦いながら、馬が土を蹴る蹄の音を聞いていたとき、それに混じってかすかに歌声がした。


 アメリは驚いてシメオンの顔を見つめる。


「シメオン様? 鼻歌ですか? その曲は『双子の炎』の……」


「ん? あぁ、今私は声に出して歌っていたか?」


「はい。私はシメオン様の歌声を初めて聞きました」


 するとシメオンは、自嘲気味に笑った。


「そうか、私が鼻歌を。この旅の最中に、とても嬉しいことがあってね。気持ちが高ぶっているのかもしれない」


 そう答えると、アメリをじっと見つめたあと優しく微笑んだ。


 アメリははっとする。その表情が明らかに誰かに恋をしているような、そんな表情だったからだ。


 そんな表情を臆面もなくアメリに見せるということは、シメオンが少しもアメリを女性として見ていないからだろう。


 訊かなければよかった。


 アメリは、なんとか顔が引きつらないようにしながら、無理に微笑む。


「そう、ですか。シメオン様が楽しいなら、私もそれを喜ばなくてはならないですね」


 アメリが酷く傷ついたことなど気づく様子もなく、シメオンはアメリを引き寄せ額にキスをした。


 リディと出会い、今のシメオンは高揚しとても幸せな気持ちなのだろう。そんな中、そばにいる妹のようなアメリを猫可愛がりしているだけなのだ。


 とにかく、屋敷へ戻るまでの我慢だとアメリは自分に言い聞かせた。


 一週間後、やっと屋敷へ戻ったとき、辛い気持ちから解放されると同時に、シメオンから離れるのを寂しく思いながら言った。


「しばらく(いとま)をください」


 気持ちを整理するためだった。


 シメオンはなんの迷いもなく答える。


「わかった。長旅で流石に疲れたろう。一週間ぐらい休みを取るといい」


 反対されても困るが、こうもあっさり了承されるとそれはそれで少しつらかった。  


「ありがとうございます」


「うん。そのかわり、条件がある」


「条件、ですか?」


「そう。いつ私が呼び出しても大丈夫なようになるべく屋敷からは出ないようにしてほしい。もしどうしても外へ行かなければならない時は、すぐに連絡できるよう誰か人を付ける。いいね?」


 シメオンがここまで過保護になるのは初めてのことだったので、アメリは驚いた。


「それは構いません。外に出る用事もほとんどありませんし、大丈夫だと思います」


 だがそもそも、外へ出ないようにと言われるまでもなく、アメリは疲れきっていて外に出る気にはなれなかった。


 そうして(いとま)をもらうと、アメリは自室へ戻り着替えもせずにすぐにベッドに寝転がって、そのまま泥のように眠った。





 次の日、目覚めると昼を過ぎていた。猛烈な空腹感を覚え、なにか食べるものがないか確認するために厨房へ向かった。


「アメリ、今起きたのか?」


 コックのラリーが厨房の奥から、大きな鍋の中をかき混ぜながら棚越しにアメリに声をかけた。


「ラリー、久しぶりね! そうなの。疲れてたからぐっすり寝ちゃって……。ところでなにか食べるものが残ってる?」


「もちろん、アメリが来てないって女房の奴が心配してよ。部屋まで飯を持っていくって言ったんだよ。でも俺は長旅で疲れてんじゃねぇかって思ってな。後で起きたら食べに来るから置いておけって言ったんだよ」


 そう言って、厨房のテーブルの上を指差した。


「ありがとう! あとでマリーにもお礼言っておくね」


「女房にゃ俺から言っとくからいい。それよりスープが冷めないうちに早く部屋に持っていって食べな」


「はーい」


 アメリは厨房へ入ると、テーブルの上に置いてあるパンとゆで卵を手に取り、鍋に入っているスープを皿に注いだ。


 すると、ラリーが手を止めアメリに訊いた。


「ところでよ、今日シメオン様とどっかの令嬢との婚約が決まったって噂を聞いたんだけど、本当か?」


 アメリは思わず皿を落としそうになる。が、それをこらえるとラリーに苦笑しながら答える。


「私はなにも聞いてないよ?」


 そう答えながら、今聞いた話を受け入れられずどこか麻痺したような感覚にとらわれる。


「そうか、お前が知らないならその話しはガセかもな。それによ、まさかシメオン様が他の令嬢となんて、俺も考えられねぇしなぁ」


 そう言うと、意味ありげにアメリを見つめた。


「な、なに? 私は本当になにも知らない」


「まぁ、本人はそんなもんだろ」


 そう言うと、鍋の中に視線を戻した。


 どういう意味?


 そう思いながら、アメリは食べ物を持って自室へ戻った。


誤字脱字報告ありがとうございます。


※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。


私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。


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