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10 運命の人

 屋敷内へ戻ると、シメオンがアメリを待っていた。


「アメリ、庭に行っていたんだな。私はあまり君を一人にしたくなかったのだが」


 そう言われ、ここ最近よほどのことがない限りシメオンがずっとそばにいたことに気づく。


「シメオン様、私は大丈夫です。どうされたのですか? そんなに心配されるなんて」


 シメオンは苦い顔をして答える。


「いや、別に……」


 どうしたのだろう? シメオン様らしくない。


 そう思っていると、フィリップが早足にシメオンの下へやって来て言った。


「シメオン様、少しご報告したいことが……」


「どうした?」


 フィリップはちらりとアメリの方を見て、声を潜めていった。


「さき……ブランデ侯爵令嬢……、せっ……」


 アメリに聞き取れたのはそれだけだった。すると、シメオンは驚いた顔で叫ぶ。


「なんだって?!」


 そう言ったあと、はっとした顔をしてアメリに微笑む。


「アメリ、すまない。私は少し用があって出かける。1人にしてすまないが、君はここにいるんだ、いいね?」 


「はい、わかりました」


 アメリがそう答えると、シメオンとフィリップはエントランスへ向かって走って行った。


 その慌しい様子を見て、いったい何があったのかざわざわとした不安が胸に広がった。


 先ほどのフィリップの報告がすべて聞こえたわけではないが、『ブランデ侯爵令嬢』と言ったのは聞き取れた。


 リディ様がシメオン様を追いかけてきたのかもしれない。


 そうだとすれば、シメオン様はリディに会いに行ったのだろう。


 ならば、シメオンが『屋敷からは出ないこと』と言ったのは、リディにアメリの存在を知られないためなのでは?


 そこまで考え、それを否定する。シメオンがそんなことをする理由がないからだ。


 けれど、もし自分が邪魔になっているのなら……。


 そんな考えを繰り返してしまい、それが頭からはなれなかった。


 日が傾いてきた頃、ようやくシメオンが戻った。


 窓からシメオンの姿を確認すると、一瞬シメオンと目が合ったような気がして、慌ててカーテンを閉める。


 本来なら出迎えなければならないのだろうが、アメリはそんな気分になれず部屋にこもっていた。


 どうせ、私が出迎えなかったからといってシメオン様が気にするはずがない。


 そんな卑屈な気持ちに支配された。


 次の瞬間、部屋がノックされる。


 もしかして、シメオン様?


 そう思った瞬間、アメリは苦笑する。


 そんなこと、あるわけがない。おおかたフィリップか誰かがシメオンの帰りを知らせに来たのだろう。


 アメリはドアに向かって返事を返した。


「はい、どなたでしょうか?」


「アメリ、開けてくれないのか?」


 その声に驚きながら、アメリは慌ててドアに駆け寄ると、ドアを開ける。


「申し訳ございません。まさかシメオン様が私の部屋まで来られるとは思いもしなかったもので。出迎えが遅れました」


 すると、シメオンは苦笑する。


「君らしくないな。寝ていたのか? それとも、体調が悪いのか? もしかして、悩みごとが?!」


 そう心配そうに立て続けに質問しててくるシメオンを見て、アメリは自分が情けなくなった。


 シメオンは大切な人ができたからといって、もう用済みとばかりにメイドを邪険に扱うような人ではない。


 そんなことは、よく知っていることではないか。


 嫉妬から醜いことを考えてしまったことを後悔しながらも、どこかほっとしたような気持ちになり明るく答える。


「シメオン様は心配し過ぎです! 私だって昼寝をして寝過ごすこともありますよ。それに、何時に帰るか仰らなかったじゃないですか。出迎えたくてもできなかったんですよ」


 そう答えるとシメオンも安心したように微笑んだ。


「そうか、ならいいんだ。最近忙しかったから疲れさせてしまったか?」


 こんな言い訳を笑顔で許してくれるなんて、シメオン様はやはり優しい。そう思いながら答える。


「いいえ、そんなことはありません。それに、今日は昼寝をさせていただいたのでとても元気です」


 するとシメオンはアメリをじっと見つめて微笑み、手を取ると指を絡めた。


「夕食は?」


「まだです。シメオン様は?」


「もちろん、私もまだだ。私の部屋で一緒に食べよう。少し話がしたい」


「承知しました」


 アメリは笑顔でそう答え、シメオンのあとに続く。


 なんの話だろう?


 そう思いながらシメオンの部屋へ入ると、テーブルに着く。すると、なぜかシメオンは押し黙ってしまった。


 その様子を見て、アメリは一気に先ほどの不安な気持ちに引き戻される。


 とにかくなにか話をしなければ。


 アメリは黙り込むシメオンに明るく話しかける。


「ワカナイは海が近いので、魚が新鮮でとても美味しいですね。私は干物以外の魚を初めて食べました」


「そうか、よかった」


 そう答え、シメオンは皿の上の魚をフォークでつつきながらそれをじっと見つめている。


 アメリは続けて問いかける。


「シメオン様はこんな新鮮な魚を、今までにも食べたことがあるのですか?」


「まあね」


「そうですか……」


 アメリはここでシメオンとの対話を諦め、話してくれるのを待つことにした。


 そんな考えが態度に出てしまったのか、シメオンは顔を上げ言った。


「すまない、少し考え事をしていた」


「いえ、大丈夫です。シメオン様はお忙しい方ですから」


 そう答えると、シメオンはなにかを思い出したように言った。


「そうそう、話さなければならないことがあると言ったね。実は明日にはワカナイを出て屋敷へ向けて出発することになった」


 アメリは驚きながら答える。


「えっ? もうワカナイを出るのですか?」


「そうだ。用事は済んだからね。それと、行きと違って帰りは寄る場所もない。真っ直ぐ屋敷へ帰れる」


 話したいこととは、このことだったのかと思い、アメリは少しほっとした。


「急なのですね」


「まあね」


 そこでアメリはゲームの内容を思い出す。シメオンルートだと、助けてくれたお礼にとシメオンがリディを屋敷へ招待するのだ。 


 そこではっとする。


 もしかしたら、シメオン様がこんなに急に屋敷へ戻らなければならない理由は、リディを屋敷へ招待したからかもしれない。


 そんなことを考えていると、シメオンがテーブルの上においていたアメリの手をそっと握った。


「アメリ、君は旅の道中で運命を変えるかもしれない誰かとの出会いはあった?」


 思いもよらない急なその質問に、アメリはリディとシメオンの出会いのことを思い出し、激しく動揺した。


「出会い、ですか? えっと、よくわかりません」


「そうか……」


 そう答えてシメオンはなんとも言えない顔をすると、アメリの手を更に強く握った。


 アメリはシメオンのただならないその雰囲気に、慌てて手を引っ込めると、何か言わなければと思い咄嗟に質問する。


「そういえば、シメオン様の方こそ『運命の人』との出会いはありましたか?」


 そう口にした瞬間、しまった! と思った。こんな質問をしてしまったら、シメオンの口から決定的ななにかを聞かされるかもしれない。


 質問したことを後悔していると、シメオンは微笑んだ。


「私に出会い? あったかもしれない。しかもその出会いは私の運命を変えるかもしれない」


 そう言ってアメリの顔をじっと見つめたあと続ける。


「それにしても『運命の人』か、ずいぶん甘美な言葉だね。そんな言葉を君が口にするなんて珍しいな。だがその言葉、私は嫌いじゃない」


 そう言うと、シメオンは嬉しそうにアメリを見つめた。


 シメオンのその反応に、アメリはやはりシメオンがリディと恋に落ちたのだと確信し、酷く打ちのめされると目の前が真っ暗になった。


「アメリ? なんだか具合が悪そうだが?」 


 シメオンはその変わらぬ優しさでアメリにそう微笑みかけた。


 アメリはこの感情を悟られぬよう、かろうじて微笑むと答える。


「すみません。やはり少し疲れているのかもしれません」


「そうか、では今日は早めに休むといい」


「お気遣いありがとうございます。では、これで失礼させていただきます」


 アメリはまだ食事の途中だった。だが、それ以上シメオンと食事を食べる気になれず、すぐにでもその場を去りたい気持ちでいっぱいだった。  


 なので、シメオンの申し出を有り難く思いながら席を立つ。


 アメリがナプキンをテーブルに置くと、シメオンがそれに続いて立ちアメリの横へ来る。アメリはシメオンがエスコートしてくれるのだと思った。


「ありがとうございます」


 そう言って手を差し伸べると、シメオンはアメリの手を取り、予想外の行動に出た。


 素早く少しかがんでその手を自分の首にかけ、アメリの膝の裏へ腕を差し入れると横抱きに抱きかかえたのだ。


「シ、シメオン様? なにをなさるのですか!」


 慌ててそう叫ぶと、シメオンはアメリの顔を覗き込み微笑む。


「具合が悪いのだろう? 部屋まで送ろう」

誤字脱字報告ありがとうございます。


※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。


私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。


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