1 ステラ
「人前でその力を使ってはダメよ?」
幼い頃、怪我をした飼い猫に治癒魔法をかけたアメリを見て、母のステラはそう言った。
それ以来、アメリは事あるごとにステラにそう言い含められて育った。
なぜ人前で魔法を使ってはいけないのか。アメリは一度だけ、ステラに尋ねたことがある。
するとステラは、とても悲しげな顔をした。
子ども心に、母親に悲しい思いをさせたと感じたアメリは、それ以上この件について触れることはなかった。
そしてある日、この世界で魔法を使えるのは貴族だけだと知った。
それを知ったアメリは、ステラの悲しげな顔を思い出し、もしかすると自分は、ステラが仕えている辺境伯の隠し子なのかもしれないと思うようになった。
そして、それを黙って隠しているのは、ステラが『地枯れ』だからなのだろうと考えた。
幼いアメリにステラはよく話していた。
「よく聞きなさいアメリ。お母様は『地枯れ』なの。だからあなたもそれを受け継いでいるのよ」
と。
『お母様、『地枯れ』ってなぁに?』
そう質問する幼いアメリに、ステラはゆっくり、何度でも説明してくれた。
『地枯れ』になると、その領地を離れて長く生きていられない体になること。
現在は人道的にこの呪術は禁止されているが、昔は領主に忠誠を誓うものとして、この呪術を使用人や側近にかけることが多かったこと。
『地枯れ』になれば、子々孫々にわたり領主に雇われ、面倒を見てもらえる。そうした利もあって、昔は呪術を受け入れる者が多かったこと。
だが、現在では『地枯れ』は『制約を受けている者』という解釈があり、縁談を断られることも多い。そのせいもあって、数を減らしてること。
そうしてアメリは、自分も『地枯れ』だということを自然と受け入れていった。
「『地枯れ』になれば、領主様に面倒をみてもらえるのでしょ。なんでお母様は隠しているの?」
アメリがステラにそう尋ねると、ステラは困ったような顔で答えた。
「そんなことで旦那様におこぼれをいただこうだなんて、そんな浅ましいこと、決して考えてはダメ」
「でも……」
そうすれば、お母様がもう少し楽をできるのに。アメリはそう思い、口を尖らせた。
その様子を見たステラはやわらかく笑うと、アメリの頭を撫で、言い聞かせるように言った。
「『地枯れ』は誇れるものではないの。だから、信頼できる相手以外には、絶対に話してはだめよ。わかった?」
「は〜い」
不貞腐れたように返しながらも、貧しく慎ましい暮らしの中で、優しい母と一緒にいられることを、アメリは幸せだと感じていた。
そんな優しく大好きだったステラが亡くなったのは、アメリが八歳のときだった。
その日、ステラは昼休憩にアメリと昼食を済ませると、仕事に戻る際、窓から外を見上げて言った。
「アメリ、今日は天気が悪くなりそうだから、早めにお使いをすませてしまいなさい」
「はーい。そんなに心配しなくても、ちゃんとお手伝いするもん」
「もう八つになるのだから、旦那様の役に立てるよう頑張らないといけないんですからね」
そう言ってステラは、優しくアメリの頭を撫でた。
乾燥して肌荒れした手はざらついていたが、温かく、包み込むようだった。アメリはその手の温もりを心地よく感じた。
「じゃあ行ってくるわね」
笑顔で部屋を出ていくステラを、アメリは笑顔で見送った。
それが、アメリが見た母の最期の姿だった。
「アメリ、ここにいたのね。大変なの、あなたのお母様が馬車の事故に巻き込まれたみたいなの!」
お屋敷の使用人仲間にそう告げられたのは、頼まれたお使いを済ませて屋敷に戻ったときだった。
慌てて事故現場に駆けつけると、おびただしい血溜まりの中に、布をかけられた”なにか“が横たわっていた。
アメリが来たことに気づいた数人の使用人が、憐憫の眼差しでアメリを見つめる。
「アメリ、見ない方がいい」
その言葉に、全身から血の気が引いた。不安と恐怖が押し寄せ、呼吸が早まる。
まさか、違う。あれはお母様じゃない。違う、違う。
必死に自分に言い聞かせる。
「アメリ、残念だけどステラは……」
その先の言葉を聞きたくないアメリは思わず叫ぶ。
「いやぁ、嘘、嘘! そんな。嫌だ! ねぇ、これは何かの間違いだよね?」
「アメリ、落ち着いて。とにかく部屋に戻ろう」
そう言ってアメリを落ち着かせようとする使用人たちを振り切り、駆け寄ると血溜まりの中の布に手をかけた。
そのとき、横から力強く抱き締められる。
「アメリ、見るんじゃない。見てはいけない」
その人物を見上げると、ステラの雇い主である辺境伯家の跡取り、シメオン・フォン・バロー辺境伯令息だった。
「嫌よ。シメオン放して!」
胸の中で必死に抵抗しても、シメオンは力を緩めない。アメリはそのままシメオンの胸の中で泣き崩れた。
シメオンはアメリをある程度落ち着かせると屋敷へ連れ戻し、ずっとそばに寄り添い抱き締め、泣き続ける背中をさすり続けた。
泣き疲れぼんやりしているアメリに、シメオンは諭すように言った。
「アメリ、時間が経っても、忘れられずに悲しみに暮れることもあるかもしれない。その時は我慢せずに泣いたっていい」
その言葉に、さらに多くの涙が一気に溢れ、とめどなく頬を伝った。シメオンはその涙を指でぬぐい、やわらかく口元を緩める。
「その代わり、悲しみに囚われてそこにとどまることだけはしてはいけない。君のお母様は、それを望んでいない。君もそれはわかっているね?」
アメリは力なく頷いた。シメオンは続ける。
「ステラは君を生んで、今まで苦労して育ててきた。君はステラの生きた証なんだよ。だから君が自分を大切にしなければ、それはステラが生きてきたことを否定することになる」
言っている意味はわかっている。だが今は受け入れられず、絶望と、母を失った悲しみに包まれていた。
シメオンは呆然としているアメリの涙を拭い、瞼にキスをした。
「それと、悲しみにくれた時は、すぐに私のところに来て私を頼ってほしい。君は一人じゃない。私はいつも君のそばにいる。いつでもだ。いいね」
その優しさに触れ、アメリはまた涙をこぼした。そしてシメオンを見つめ返し、もう一度その胸に顔を埋めた。
シメオンは同じ年の男の子とは違い、跡取りとして教育を受けているせいか少し大人びていた。それに使用人の娘であるアメリを、妹のように優しく扱ってくれていた。
アメリはそんなシメオンに恋心を抱き、大切な存在に思っていた。だが身分差があり、しかも自分は『地枯れ』だ。
結ばれることはないと自覚し、その気持ちを抑え過ごしていたのだ。
それでもシメオンは、立場を越えて、アメリのために心を砕いてくれる。
アメリにとっては、それだけで十分だった。
そうしてこの日のシメオンの言葉を支えに、アメリは少しずつ悲しみを乗り越えていった。
年月が過ぎ、アメリは、ステラを忘れずに思い出を語ることで、人の心の中で母は生き続けるのだと思えるようになった。無理に忘れる必要はないのだと。
そう思えるようになったのも、シメオンのお陰だった。
ステラの事故は仕事中の事故だったため、バロー家が責任を取る形で、アメリの世話は続けられた。
シメオンの母であるエステル・フォン・バロー辺境伯夫人はアメリを気づかい、教育を施し、不自由のない生活ができるよう手配した。
だがアメリは自分の身分をわきまえていた。
バロー家に仕えるために学ぶべきことは学び、十歳になったころ、メイド見習いとして働くことにした。
それはシメオンと自分のあいだに、線を引くためでもあった。
見習いになってからは学業と仕事の両立で忙しくなり、シメオンとあまり顔を合わせずに済むのも、アメリにとっては都合がよかった。
午前中はメイド見習い、午後は教養を身につけるためのレッスン。毎日それらをがむしゃらにこなした。
数年が経ち、アメリはメイドとして一人前の仕事をこなせるようになっていった。
こうして徹底して使用人という立場で過ごしているアメリに対し、シメオンは以前と変わらぬ態度で接してくれていた。
逆にアメリがシメオンを避ければ避けるほど、シメオンはアメリに声をかけてくることが増えていっているようだった。
そんなある日、アメリが慌ただしくシーツを取りにリネン室へ入ると、背後から声がかけられた。
「アメリ、うちのメイドになるんだってね。君はそんなことをしなくとも、不自由なく暮らすことができるのに」
振り向くと、シメオンが退路を塞ぐようにリネン室の入口に立っていた。
「シメオン様、あの、今はこのシーツを持ってくるように申し付かっているのです。早く持っていかなければなりません」
「シメオン様? その呼び方、本当に気にくわないな。昔は普通に名で呼んでくれたじゃないか」
誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。
私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。
個人的にDMで返事をさせていただいていたのですが、あまりにもご指摘をいただくことが多いのでこちらにて失礼致します。
時々誤字脱字にてご指摘いただいているパイプラインの削除に関してですが、ルビを入れるための仕様です。
このパイプライン→|を消してしまうとルビをつけることができなくなってしまうので、ご理解のほどよろしくお願い致します。




