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誅犬

 ゴッゴッ…、ドカッ!

 

 無常に殴り捨てる音が静寂の中で永遠のように聞こえた。ようやくうめき声が消えたところで、一方的に殴っていた男が背中を上げる。


 その視線は部屋に集まった下っ端のリーダー集。表では粋がっているが裏では上下関係さえままならないガキ共。男の認識は御覧の通りだ。

 

 しかし普段の男は今の姿とは掛け離れている。下っ端には良い兄貴分としての背中があり、一度私服を見ればどこにでもいるモブとして映り込まれるだろう。


 そう、男は今猛烈に義憤していた。


 「俺さ、言ったよね? ヤクだけは手ぇ出すなって」


 事の発端は下っ端の数グループが他所の勢力から勝手にヤクを買い取り売買したことによる。タレコミがなくても組織として機能していれば自ずと耳に入ってくる。


 ヤクに手を出した者達は誰もが自分の上に立つこの男に不満を持っていた。大した強さも見せない癖に過去名を轟かしていた己らを下っ端扱いするこの男を殺してやりたいとすら考えていたのだ。


 だからヤクに手を出し荒稼ぎできる一方、見つかっても力でねじ伏せればよいとさえ考えていた。


 そして今の状況に至る。彼らは舐め腐っていた。それはもう、甘く吐き気さえ催す蜂蜜の如く。


 リーダーを一同に部屋に集め、後ろに付く護衛を外に出したとき誰もが想像した下剋上を、見事に打ち砕いたのである。


 普段着ているパーカーを脱いで見えた数々の負傷痕。幾度となく刃物や銃を受けただろう身体は、精巧ともいえる筋肉をより輝かせていた。


 分厚い眼鏡を外し、目を隠すほどの前髪を後ろにかき上げたその立ち姿は、まさに裏社会を束ねるボスに相応しい。


 失神した男を下に敷き、イタリアから取り寄せたという最高級オーダーメイドのソファに恰幅よく背をつく。


 この男の名を、「芥川 祷」。【Cats&chips】の幹部であり、「誅犬」の名を欲しいままにする男。


 よく聞かれる質問では何故「忠犬」ではないのかとあるが、祷はボスへの忠誠もさながら、一度でも目に留まった処理対象を読んで字のごとく、天誅を下すからだ。


 リーダー集は噂が一人歩きしているだけだと。実際裏社会も大したことがないと考え込んでいた。しかしそんな考えも今になっては何の役にも立たない。


 今はひたすら、この生殺与奪権を握られている場を乗り切らなければ命は、ない。


 冷や汗がつたう。まだ数分も経っていないのに何時間も閉じ込められている閉塞感が息を詰める。そうしてやっと、祷は口を開いた。


 「お前ら、天誅」


 言葉を発したと同時、いやそれよりも早く部屋に集められた総勢七名の男達を床に組み敷いた。


 「連帯責任」ほど都合の良い言葉は無い。例え干渉していなくとも、見逃したのは事実なのだから。ボスが治める組織に役立たずはいらない。全員【スクラップ】だ。


 「お待ちください」


 廊下を通して聞こえる、大して大きくはないが妙に突き通る声。長年世話をしているせいか上司の考えはお見通しのようだ。しかし仕事を邪魔された祷の機嫌は良くない。


 「ワケは?」


 「単純な人材不足です。最近はそんなチンピラでも上手く使えば役立ちます」


 全ては組織のため。合理的な回答に気を持ち直し脱いだパーカーを手に持って部屋を出る。


 「…再教育だ。ヤクやった奴は東京湾にでも沈めておけ」


 「了解しました」

 

 護衛は頭を深く、深く下げせめてもの気持ちで彼の視界に映らないよう、細心の注意をと敬意を払った。



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