第8話 双方の疑問
「戦い方を教えてほしい?」
昼下がりの桟橋にて、ゲンがアヴォンの言葉をおうむ返しする。
荒海の大陸に向かうため、乗船する予定の船を確認にアヴォンたちは桟橋に来ていた。しばらくその船を眺めていると、アヴォンが神妙な顔をして二人に教えを乞うたのだ。
「メイリーから聞いていると思うんですが、俺、魔法が何も使えないんです。だからせめて、戦い方を身に付けたいな、って」
「戦い方って言っても、荒海の大陸に向かうまで身に付くのは難しいと思うよ」
「そうだな。俺たちは実戦で育ったから」
「だったらせめて、体を動かせるくらいにはなりたいです」
真剣な顔をした少年に、二人は顔を見合わせてから小さく微笑み、快く了承してくれた。
戦い方はロレンが指導することとなった。
彼女はアヴォンに、相手の攻撃の躱し方やいなし方などを教えた。実戦の時、戦いはゲンとロレンが請け負うので、アヴォンは自分の身を護れるようになることが優先された。
きちんとした教養を受けた海賊はごく僅か。戦い方も力任せに剣を振り回すばかりなので、相手の動きをよく見ていれば、簡単に防いだり避けたりすることができると、ロレンは言った。
とりあえずやってみよう!ということで、アヴォンは彼女の動きに合わせて、攻撃の躱し方やいなし方を教わる。
「力入りすぎ。もっと力抜いて、体を柔らかく」
「はい」
駄目なところがあれば随時指摘する。アヴォンも直そうとするが、そう易々できるものではない。その日は指摘されっぱなしで終わった。
「一点に集中しない、相手の全身を見る、リラックス……」
今日言われたことを反芻しながら、頭の中で整理していると、ロウバーが不満そうな顔をしていることに気付いた。彼は最初、ロレンに指導されているアヴォンに茶々を入れていたが、徐々に静かになっていったので、飽きたのだろうとアヴォンは思っていた。
「どうしました?」
ゲンとロレンがこちらに意識を向けていないことを確認して、アヴォンは不機嫌な幽霊に声をかける。
「あの二人、本当に海賊なのか?」
ロウバーの言っていることが分からず、少年は首を傾げる。
「あれほど辛抱強く、お前の相手をできるとはな。俺なら、出来が悪いと切り捨てたり捨て駒にするが、あの二人は海賊にしてはお人好しすぎる」
「……そうですか」
ゲンとロレンが根っからの海賊かどうかアヴォンには判断しかねない。ただ、呆れられず相手をしてくれるのなら、それで良いと思っていた。
「二人とも、そろそろ昼食にしましょう」
まだ不服そうな顔をしている幽霊を放って、アヴォンは二人に声をかけた。
「お、いいぜ」
「メイリーちゃんのとこ行こうよ。まだあそこの料理食べてないし」
「小僧、それでいいか?」
「はい、もちろん」
確かに、あの幽霊の言った通りかもしれない。と、アヴォンは料理を一口、咀嚼しながら思った。ちなみに、今夜の料理はハマグリのビール蒸しだ。
ゲンに連れられ、ランコントゥルの酒場に来たものの、前のように隅の席ではなく真ん中あたりのテーブルに三人は座っていた。彼らの前にはホタテのバター焼きや、ガーリックシュリンプ、ツナサラダなどが並べられている。
奢らされるのだろうかと、アヴォンは内心ヒヤヒヤしていたが、ゲンが、“俺が奢るから遠慮するな”と言ったのだ。しばらく呆気に取られた。海賊は自分の懐から金を出すことを嫌うとばかり思っていたので、嫌な顔一つせず、さも当然かのように奢ると、彼は言ったのだ。
「あの、自分の分は払えます」
「だから遠慮するなって。これくらい大したことないから」
「でも───」
「だぁ!もう気にすんな。どうしても気になるってんなら、お前の旅の道中で見つけた財宝なりなんなりの利益がこっちに入ればそれでいい」
それより食え食え!と、手を進められる。申し訳なさを感じつつ、アヴォンは料理に手をつけていく。チラリと二人を横目に見る。酒も、海賊にしては量が控えめだ。
海賊でありながらお人好し。自分から金を出すことを躊躇わない懐の広さ。兄妹だと言っているが、お世辞にも似ているとは言えない容姿。
これはよく分からない者たちを仲間に迎えてしまったかもしれないと、アヴォンは少し悲観的になった。だが、いないよりマシだろう。そう結論づけて、少年は頭に浮かぶ疑問を打ち消していった。
3日後、いよいよアヴォンが予定していた出発日が明日に迫っていた。
その頃には、アヴォンがロレンの攻撃を殆ど躱すことができるほど動けるようになっていた。突然、予想できない足技が飛んできて顎を蹴り上げられることもあったが、今ではそれも、完璧とはいかないがもろに攻撃を受けることは少なくなっていた。
たった数日でここまで成長したことに、ゲンやロレンだけでなくロウバーも舌を巻いた。
「お前、本当に戦いの経験、ないんだよな?」
その日の練習を終え、水をグビグビと飲んでいたアヴォンに、ロウバーは尋ねた。
「ないですよ。争いごとには無縁な場所だったので」
「それにしては呑み込みが早すぎだろ」
「そう、なんですか?」
顎に伝う汗を手の甲で拭いながら、首を傾げる。
「もしかしたら、戦闘民族の血を引いているのかもな」
「……さぁ、どうでしょう。そうかもしれませんね」
ロウバーは少年を見下ろす。
魔法が使えず、財宝などには一切興味がない。だが、戦いの素質があり、長旅に適した身体を持っている。
若かりし頃の自分とは真反対の存在だった。
「わっかんねぇことばっかだな」
ロウバーの呟きはアヴォンには届かず、潮風に溶けていった。