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第6話 警告

「お待たせしました。マヒマヒのグリルと、サーモンのケバブです」


 白い湯気を上げ、胡椒やその他の香料の匂いが食欲をそそってくる。マヒマヒのグリルを一口、口に運ぶと魚の旨みが口に広がる。レモンでも使っているのか、ほのかな酸味を感じた。


「すごく美味しそうに食べるね」


 そう言って、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。

 この店の看板娘の少女はメイリーと名乗った。幼い頃からこの店の手伝いをしていて、店主は彼女の父親だという。


「で、質問。まだ答えてもらってないけど」


 あの後、客足が少なくなってから話そうとアヴォンが提案し、ほとんどの客が帰ったり酔い潰れたりしたのは閉店間近の時間帯だった。まだ何も食べずに地図ばかりを見ている少年を気にかけたメイリーが注文を伺い、今に至る。


「あぁ、そうだった。君がさっき言った通りです。俺も、視えます」

「アヴォンには何が視えるの?」

「気憶。死者の強い記憶が霊気と結びついて、その地に残ったものです。こいつは例外だけど。……君は何が?」

「うーん。私はそれほどはっきり視えてないんだよ。今、君の隣にいる幽霊もぼんやりしてる。だから、何が視えてるのかさっぱり」


 彼女がそう言うと、ロウバーがどこか安堵したように擬似的な吐息をしたのがアヴォンには分かった。その様子だと、彼も彼女が見鬼の瞳を持っていたことを知らなかったようだ。

 視界の端でロウバーの様子を伺いながら、サーモンのケバブも口に運ぶ。こっちも味付けが効いていて美味しい。


「それで、この港に来たのはなんで?地図見ながら考え事してるみたいだったけど」

「えっと……」


 アヴォンは幽霊がロウバーであることを伏せ、未練のある霊に憑れたこと、未練を晴らさなければ災いが故郷に降りかかること、未練を晴らすまたはこの霊を祓うために旅を始めたことを述べる。


「厄介なのに憑かれたね。それで、未練ってのは何なの?」

「スモーキング・ケイブに、遺品があるから見つけて欲しいって」


 少女が瞠目する。まだ酔いつぶれていない客も、話が聞こえたのかこちらを驚愕の表情で振り返っている。少年は構わずケバブをもう一口齧った。


「スモーキング・ケイブ!?正気なのあんた!?」


 アヴォンは咀嚼するだけで、すぐに返答しない。一人でスモーキング・ケイブでもの探しをすると言えば、正気を疑われて当然だ。


「正気……かどうかは分からないけど、俺はこいつを消すって決めたんです」


 アヴォンがそう言うと、メイリーは眇めて口の端を引き攣らせたが、やがて大きな溜息を吐いて髪を手で梳かした。


「あんた、ムカつくほどあの人に似てる。特に目。嫌なほどに真っ直ぐな目。これは説得しても通用しないなぁ」


 と、言いながらメイリーは酔い潰れた客の元に行き、空になった酒瓶とコップを厨房に持っていく。しばらく、食器が洗われている音が店内に響く。店内の客は眠っているか、静かに飲酒を楽しんでいるかのどちらかだ。

 グリルの最後の一口を咀嚼し、水で流し込む。ケバブもあと数口だ。


「分かった。止めはしない。でも、一人での旅は危険だよ。うちの店によく来てた海賊もスモーキング・ケイブを目指してなんかの洞窟に行ったんだけど、部下40人を死なせて目的の物を手に入れてた」


 “四十人の血と引き換えに”───アヴォンの頭にふと、あの歌の歌詞が浮かんだ。

 この店によく来た海賊というのは、おそらくロウバーのことだ。あの歌は、彼の実体験に基づいた歌だったのだろうか。

 後ろの幽霊に目を向けるが、彼は宙に寝転がってうたた寝をしている。

 視線をメイリーに戻す。


「その海賊は、あのキャプテン・ロウバー?」

「そう。海の覇王って呼ばれたあのロウバー。本人はこの呼ばれ方嫌ってたけど」


 もう一度ロウバーに視線を戻すと、彼は片目を開けてこちらをジッと見ていた。どこか深淵を思わせる目の虚像に、アヴォンは身震いしそうだった。あまり過去を探られたくないようだ。

 ロウバーの視線を感じながら、ケバブの残りを口に詰め込む。突然、急いで食べ始めたアヴォンにメイリーは怪訝な表情をしたが、話を続けた。


「だから、40人も死んだ洞窟に一人で立ち入れるのは賢明じゃない。同行者を連れた方がいい」

「……分かったよ」


 アヴォンはポケットから代金を取り出し、空になった皿の横に置いた。


「ご馳走様。しばらくお世話になると思うので、よろしくお願いします」

「うん、気を付けて」


 メイリーは律儀に、アヴォンの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。彼女の気遣いにアヴォンは感心した。

 来た時とは打って変わって、港は穏やかになっている。四方八方から、漁夫や商人の談笑が店内から漏れ出ているが、夕方と比べると随分と静かになっていた。


「優しい人ですね」

「だろ?でも、昔はあんなんじゃなかったんだ」

「そうなんですか?」

「ほら、あの子の顔の痣。あれでよく馬鹿にされてたが、逆に連中を蹴散らしてた。気の強い負けず嫌いでな。わんぱくな子供だった。今はまるで……いや、この話はやめよう」

「え、なんで。気になるじゃないですか」

「あの子が知らないところで話すのはよくない。それに、俺も話したくない」


 そうですか、とおとなしく引き下がったが、少年の表情はどこか不満気だ。その様子を見てロウバーは口角を上げる。


「なに、あの子のことが気になるのか?」

「まぁ、多少は」

「お前、本当に包み隠さず話すな」


 と、口では感心するように言っているが、どこか見下しているようにアヴォンには聞こえた。仲間でさえ騙し合って過ごしていた海賊の彼にとって、正直に話すというのは間抜けなことなのだ。

 聞こえなかったフリをしてアヴォンは明日からどうするかを考える。まず、メイリーが提案したように、仲間を集めることを優先しよう。

 次に優先するのは船の確保。ヨットで移動できる距離の範囲に、魔石があるとされる場所はなかった。一番近い場所は荒海の大陸。周りの海がほとんど荒れていることで有名な大陸だ。この大陸に向かう貿易船は、探せばたくさん見つかるだろう。

 時間があれば必要そうな物も揃えておこう。

 ふと、アヴォンは違和感を感じた。ロウバーが妙に静かなのに気が付いた。アヴォンと会話する以外はずっと口笛や歌を歌っているのに、振り返って見てみれば、彼はただひたすら港町を眺めていた。

 だが、町を見る虚像の目を見て、彼がこの世の物には一切目を向けていないことがアヴォンには分かった。アヴォンには視えないものを視ていた。


「かつての仲間を探しているんですか?」


 そう問い掛ければ、ロウバーは一瞬瞠目したが、次の瞬間には鋭く少年を睨み下ろしていた。


「アヴォン。俺は未練を晴らすことに関係のあることは、覚えている限り話すつもりだ。だが、それ以外については一切言及するな」


 静かな声だった。しかし、獅子の唸り声のように、恐ろしげなものがあった。

 アヴォンは彼の声に含まれた気迫によって、しばらく呆然としてしまった。

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