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第5話 始まりの港

 ギラギラと照ってる太陽。波が揺れる度に、日光がチカチカと反射してより暑さを引き立てている。頬を伝った汗をアヴォンは鬱陶しそうに手の甲で拭い、ヨットの周りを浮遊する幽霊を見上げる。


「で、一体どこに向かうんですか?これじゃそんなに遠くまで行けませんよ」


 分かってるよー、と能天気に返事をして、またあの海賊の歌を歌っている。こっちは暑くて堪らないと言うのに、その暑さの残滓すら感じず、陽気に歌っているロウバーにどうしようもない苛立ちを覚えて、少年は奥歯を噛み締めた。

 喋ることしか能がないのだからさっさと目的地を言って道案内しろ。と、心の中で悪態を吐きながらオールを動かす。

 汗水垂らして漕いでいるアヴォンの様子を、ロウバーは不思議そうに見下ろしている。


「風魔法は使わないのか?」

「使えないんですよ」

「じゃあ何が得意なんだ?」


 アヴォンは口をつぐみ、黙り込んだ。

 この世界には魔法を使える者はかなりいる。だが、それぞれに魔法との相性があり、一つか二つの魔法を使う者がほとんどで、さまざまな種類の魔法を使える者はごく稀だ。そして、逆もまた然りだった。


「その、魔法全般、できないんです」

「……は?」


 ロウバーはあり得ないという顔をして少年を見下ろす。当の本人は顔を逸らしてオールを漕ぎ続けている。

 マジかこいつ。と、思いながらロウバーが呻き声を上げながら頭を抱えた。


「魔法が使えないと、まずいですか?」

「困るな。いや、絶対に必要ってわけではないが、道中海賊なんかの輩に襲われたらどうしようかと」


 実際、ロウバーが生きていた間は、旅路での試練よりも彼の船と財宝を狙う盗賊との争いで魔法を使うことが多かった。ロウバーは数多の魔法を使えたので難なく返り討ちにしていたが、今、目の前にいる少年は自分とは真反対の魔法が使えない人間だ。


「大した物は持ってませんし、狙われませんよ」

「いや、海賊が欲しいのは金目のある物ばかりじゃない。人を攫って奴隷市場に売る、なんてこともよくある。お前は漁師と同じくらい程よく筋肉が引き締まっているし、若いから労働力になる。いい値段が付くぞ」

「その口ぶりだと、あなたも 奴隷を売っていたみたいですね」


 ロウバーは何も言わず、虚像の帽子を目深く被った。アヴォンもそれ以上言及することはやめて、畳んでいた帆を広げる。風が強くなってきた。


「で、目的地は?」

「ハンデル・エント・ヴィックルング」

「あぁ、あの港ですか」

「そこなら情報も物も集まってる。そこで準備しよう」


 荷物の中から地図を引っ張り出して広げてみる。少し遠いが行けない距離ではない。夕方までには到着するだろう。

 方角は南東。ヨットの向きを合わせて紐を引く。ちょうどよい風が吹いてきて、大きく広がった帆が風を孕んで膨れあがると共に、ヨットの推進力が上がり、海上を滑るように進んでいった。




 ハンデル・エント・ヴィックルング。通称ハンデルの港は、いくつかの国の貿易中継地点として古くから発展してきた。さまざまな国の文化や人種が混在し、いつも騒然としている。二人がこの港に上陸したのは、より一層港が騒がしくなる夕暮れ時だった。

 ヨットを砂浜に乗り上げて、アヴォンはほっと胸を撫で下ろした。港の少年たちとヨットで沖に出たことはあったが、今回は一人で、しかも無断で別の島へと移動したのだ。気が張るのは仕方がない。


「随分とまいってるな」

「こういうのは、初めてなんですよ」

「先が思いやられるな」

「内陸育ちのあなたは、初めての航海は大丈夫だったんですか?船酔いで吐いたりしてないんですか?」


 アヴォンがロウバーを睨み上げなら尋ねると、幽霊は明後日の方を向いて鼻歌を歌っている。アヴォンは気にせず、荷物の中から護身用にと持ってきた短剣を取り出して腰に吊るし、財布をポケットの中に入れ、食料などはヨットに置いて軽くなったリュックを背負う。最後に、ヨットを布で覆う。


「さて、行きましょうか。案内してくださいね」


 二、三歩足を進めたところで、視線を感じて振り返る。


「どうしました?」

「その短剣、どこで手に入れた?」


と、訊きながら短剣を指差す。


「……さぁ」

「なんだよ、それ」

「俺もよく分からないんですよ」


 アヴォンが物心つく頃には、すでにこの短剣は家の壁にかけられていた。前の家主が置いていったものか、それともアヴォンの親が置いていったものか。

 使う機会がないので処分しようかと考えていたが、こんな形で必要になるとは思わなかった。


「これがどうかしたんですか?」

「ちょっと見せてくれ」


 言われた通りに短剣を鞘から抜く。

 片刃で少し反りがあり、切り裂くのに適した形をしている。握り手は赤黒い革が巻かれ、鍔や柄頭の金属は銀だ。


「普通の市場では売っていないような上物だな。切れ味が良さそうだ」

「そんなに良いものなんですね、これ」

「ま。戦い方を知らない小僧が持てば、ただの鉄の延べ棒だがな」


 彼の皮肉を聞き流し、アヴォンは短剣を鞘に納めて港町の方へと歩いていく。もう日が暮れるというのに、港はランタンの灯火によって明るく、人々の喧騒が絶えない。

 ひっそりとした小さな港で生きてきたアヴォンは、面食らってしまう。


「……どこに向かえば?」

「ついて来い」


 そう言って、人混みの中をスイスイと進んでいくロウバー。少年は慣れない人の群れに戸惑いながら後をついていく。少しもこちらに気を配らない彼に苛立ちを覚えたが、待ってくれとは言わなかった。言ったところで、大海のように無情な海賊は聞く耳を持たないだろう。

 魚屋や装飾品を売っている屋台の隣を通り抜け、広場のような場所を横切り、釣具屋を曲がったところでロウバーが止まった。『ランコルトゥルの酒場』という看板がかけられた大きな店の前だった。


「生前、世話になった酒場だ。ここはこの港の中でも人気のある店だから、人が集まるし、情報も集まる」

「何か欲しい情報があるんですか?」

「主に海賊のことだな。俺が死んでから、奴らがどうしてるかさっぱりだ」


 扉を開けると酒場の喧騒が溢れ出し、酒と料理の匂いが鼻腔をつく。故郷の酒場も十分賑わっていると思っていたが、こことは比べ物にならない。

 アヴォンは目立たないように店の隅の方へと移動する。丁度良い席を見つけ腰を下ろした。ロウバーは少年の隣で地に足を下ろす。


「スモーキング・ケイブは、ここですね」


 アヴォンは地図を広げ指を差したのは“暗黒の諸島”と書かれている場所。

 一年のほとんどは雨が降り続け、豪雨も頻繁に起こっている。そのせいで開拓が進んでいないこの諸島は、多くが謎に包まれている。その中でも、比較的天候が穏やかで、他の諸島よりも全容が明らかになっている島がある。それが、スモーキング・ケイブがあるオトロ島だ。ここに、例の羅針盤がある。


「そうだ」

「でも、どうやってあの霧だらけの洞窟を進めたんですか?」

「魔石を使ったんだよ」

「魔石、ですか」

「特別な魔力を宿した四つの宝石が、この世界には隠されている。

 邪気払いの宝石、オニキス。

 護符の宝石、翡翠。

 浄化の宝石、スモーキークォーツ。

 魔除けの宝石、マラカイト。

これら全てを集めると、あの洞窟の霧が晴れるんだ」


 聞きながら宝石の名前を地図の裏に書いていく。

 アヴォンはそれらの名前を眺めながら、こめかみに指を当てて思考する。


「つまり、宝石がなければ洞窟に入れないってことですね」

「そうだ」

「集めた宝石も洞窟にあるんですか?」

「いや、元の場所に戻されると聞いた」

「宝石が隠されていた場所は?」

「変わってなければ、確か……」


 ロウバーは記憶を頼りに宝石が眠る場所を示していき、アヴォンが印をつけていく。ついでに、旅をするにあたり寝泊まりできる港の場所を教えてもらい、地図に次々印が加わっていく。

 一段落ついたところで顔を上げる。客足は先ほどよりも多くなっている。

 そうだ、情報を集めなければ。

 ここに来た目的を思い出し、ロウバーを振り返る。


「情報、集めますか?」

「そうだな。アヴォン、ここに座って聞き耳を立てておけ」


 言われた通りに耳を澄ましてみる。商売の話、漁業の話、酒の話、女の話、その他世間話等……

 笑い声の合間にそんな話が聞こえてくる。なるほど、商人や漁夫に直接話を伺わなくても自然と情報が入ってくる。ただ、目的の情報が手に入るかどうかは分からない。しばらくそうしていたが、海賊の話は全く聞こえてこない。海賊が活発に活動していないのか、その話題を彼らが避けているのか。

 これは収穫なしだろうと思っていると、ロウバーが小さく声を上げた。振り返ってみると彼はどこかに釘付けになっている。何だろうと彼の視線を追うと、アヴォンとそう年は変わらないであろう一人の少女がいた。アヴォンは思わず魅入ってしまう。

 肩まで伸ばされた艶のある薄茶色の髪。港の人間にしては珍しい白い肌。整った輪郭。そして、吸い込まれそうなほど透き通った淡い緑の瞳。顔にある大きな痣さえなければ、文句なしの美少女だった。


「知り合いですか?」


 我に返ってロウバーに尋ねると、彼は小さく頷いた。


「あぁ。あの子が小さい頃から知ってる」

「随分昔から、この店に来ているんですね」


 彼の方に視線を戻すと、彼はどこか嬉しそうな笑顔を浮かべていた。そんな顔もできるのかと驚くと共に、なぜそのような表情を浮かべているのか疑問に思い、アヴォンは小さく首を傾げた。


「俺が初めて来た港がここだからな」


 どこか懐かしむような声で話す。ロウバーはあの少女から目を離して、アヴォンの方を見る。あの笑顔は消えていた。


「どうした。不思議そうな顔をして」

「彼女と、どんな関係だったんですか?」

「どんなって、ただの知り合いだよ」


 昔の知人の顔を見れただけで、あんな表情を浮かべるものなのだろうか。それとも、自分が思っているよりも彼には情があるのだろうか。と、考えながら視線を前に戻すと、目の前にあの少女がいた。


「うぉっ!!?」


 思わず後ろに飛び退く。椅子がガタリと音を立てた。


「あ、えっと……そっか、注文ですね。すみません、少しぼんやりして───」


 彼女の手が伸びて、襟元を掴まれそのまま引き寄せられる。アヴォンは息を呑んだ。目と鼻の先にある淡い緑の瞳に射抜かれる。


「君、私と同じなの?」


 何のことか分からず、アヴォンは困惑の表情を浮かべる。


「それ、」


 チラリと彼女が視線を横に動かす。その先には、ロウバーがいる。

 アヴォンは彼女が何を言わんとしているのかを察した。


「視えてるんでしょ?」


 そう言って、少女は小さく笑みを浮かべた。

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