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第1話 出会い

 バルコニーに出て海を一望する。海鳥の鳴き声が高く響き、潮風が頬を優しく撫でて去っていく。

 いつもと変わらない穏やかな朝を迎え、深緑色の目を持つ黒髪の少年アヴォンは、まだひんやりとした冷たさが残る空気を肺一杯に吸い込んだ。今日も平和な朝を迎えられたと、心の中で安堵する。

 近頃、また海賊たちの活動が活発になり、港の者達は怯えていた。

 “海の覇王”ことキャプテン・ロウバー率いる船団が、1年ほど前に突如として姿を消し、彼らの勢力がなくなったことがきっかけで、影を潜めていた多くの海賊が再び航海を再開させた。

 海賊の中には、キャプテン・ロウバーへの憧れから彼の失われた財宝を探す夢見がちな海賊もいるが、貿易船や港を襲って物資を盗む根っからの海賊が圧倒的に多かった。

 幸い、アヴォンが暮らす港には、海賊の暗い影は差し掛かっていない。だが、これからも平和に暮らせる保証もない。

 この小さな港が、海賊の襲撃を受けてしまったらどうなるのだろうか。


「お、やっと起きたか、寝ぼけまなこ!」


 アヴォンが物思いに耽っていると、下から誰かに声をかけられる。視線を下ろせば、ガタイのいい少年がこちらを見上げていた。思わずアヴォンは顔を顰めてしまう。

 その少年は幼い頃から何かとアヴォンに突っかかってくる。できれば彼とは関わりたくないのだが、働き場所が同じで毎日顔を合わせる羽目になっている。


「朝から元気だな、スフト」

「いいから早く支度して仕事場に来い!」


 と、声を張り上げる彼に、アヴァンは会話が続かないように短く返事をして一度家の中に戻る。朝食は済ましてある。後は身支度だけだ。

 着替えて身だしなみのチェックをし、家の戸を開ける。そして最後に、振り返って家の中を一瞥する。そこにはいつものように、私物と家具が静かに並んでいる。変わったものはなかった。

 その光景にアヴォンは落胆の溜息を洩らした。

 今日も、気憶きおくを見ることができなかった。











 アヴォンを含む港の少年たちには、主に3つの仕事がある。

 1つ目は、朝早くから漁師たちが獲ってきた魚を選別し、市場や料理店に持っていくこと。

 2つ目は漁から帰ってきた船の整備、掃除。

 3つ目は次の漁の準備。

 つまりは雑用だ。

 港の人間として生まれたのなら、漁師になるのが一般で、子供の頃から基礎を学び、将来一人前の漁師になること。それが、少年たちの夢だ。

 アヴォンが仕事場に着いた頃には、ほとんどの少年達が仕事に取り掛かっている。

 大人達に挨拶してからアヴォンもそれに加わり、魚を選別していく。大きいものは右の籠へ、小さいものは左の籠へ。それぞれの籠に入れていく繰り返し作業をして、ある程度選別が終われば割り当てられた場所に籠を持っていく。

 アヴォンの割り当ては漁師の憩いの場になっている小さな料理店だ。籠を抱えながら、足で戸を開けて中に入る。


「今日もお疲れさん、アヴォン」


 店に入れば、厨房から店長が挨拶してくる。


「おはようございます。魚、いつもの場所に置いておきますね」


 店長に挨拶を返し、いつもの場所に籠を置く。


「それで、今晩はうちで食事をしないか?最近一人だろう?」


 アヴォンは少しの間、考える素振りを見せて、今日も自宅で食べると言い、店長の誘いを断った。店長も詰め寄ることはせず、気が向いたらいつでも店に来るように言った。

 アヴォンは次の仕事に向かうため、店を後にした。潮風を受けながら次の仕事場へと向かう……はずだった。

 アヴォンが浜辺を歩いていると、とあるものが少年の目を引いた。

 青い光が、赤子を抱いて海を眺めている青年の姿を映し、その周りを光の粒子が漂っている。異質な光景だが、アヴォンは見慣れていた。

 気憶───死者の記憶と霊気が強く結びついてその場に残るもの。それを見ることができるのは、アヴォンのように“見鬼けんきの瞳”を持つ者だけ。

 幼い頃から、彼は気憶を見ることができた。気憶を見ている時、他人からはアヴォンがぼんやりしているように見えるため、大人からは心配され、同年代の子供達からは「寝ぼけているみたいだ」と揶揄われてきた。だが、アヴォンはこの能力を持っていることに不満や嫌悪はなかった。……ただ一つのことを除いて。

 数々の気憶を見てきたが、その中に、アヴォンの両親の気億は無かった。

 顔すら知らない両親。今、生きているのか死んでいるのかすら分からない両親。もし彼らが死んでいるのなら、気憶があるはずだ。だが、家の中を見渡しても、港を探し回っても、赤子だった頃の自分を囲む家族像は見当たらなかった。どうやら、気憶が残らないほどアヴォンに無関心だったらしい。生きていたとしても、彼を捨てたことは前者と同等の意味を持つ。

 それに対し、今見ている気億は何度も見てきた。気億は一度見れば、自然と消えてしまう。だが、その青年の気億は何度も見てきた。いつまで経っても消えない。赤子との思い出が強いのだろう。

 アヴォンは行き場のない怒りと妬みを胸に宿しながら、その気億を睨みつけていた。


「おや、そこの少年。あれが視えるのか」


 突然背後から声がした。


「何の話ですか?」


 と、振り返らずにとぼけて返事する。


「はぐらかすなよ。お前の目線は真っ直ぐあれに向いているけれど?」

「なにも視えませんよ」


 頑なに否定するが、声の主はしつこく声をかけ続ける。


「嘘はいかんぞ、少年。なぜ隠したがる」

「うるさいですよ。俺は───」

「アヴォン?なに独り言呟いている?」


 聞き慣れた声がした。振り向けば、こちらを怪訝な表情で見ているスフトがいた。


「独り言……?」

「おいおい、ついに夢と現実の区別ができなくなったのか?ボケッとしてないでサッサと行くぞ」


 スフトは呆れと嘲笑を浮かべ、呆然とするアヴォンを置いて駆け出していく。

 アヴォンの頭の中は疑問符が浮かんでいた。独り言?だったら、先程のまでの声は一体なんだ?自身に問いかけながら、恐る恐る振り返る。

 そこには───


「お、やっとこっち向いたか、少年」


 帆布製のズボンにシャツ、革ジャケットを着て、三角帽子を被り、きっちりと整えられた顎髭を生やした青年が、こちらに笑いかけている。それだけ聞けばなんの違和感もないだろう。

 だが、その人物は明らかにおかしかった。彼の姿は気億と同じように青い光で映し出されている。

 



 つまり、幽霊と呼ばれる存在がそこにいた。

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