第14話 オニキス
最後のモノを仕留めて、息を整える。周りには動かなくなったモノたちの残骸。ようやく洞窟に元の静寂が戻った。
アヴォンは手に握る短剣に視線を向ける。楔帷子や仮面を切り裂き、貫いたそれには、一切の刃こぼれがない。ロウバーが言った通り、上物だった。
不意に、岩肌に小さな笑い声が反響した。顔を上げると、ロレンに支えられたゲンが、弱々しく笑っているのが見えた。
「なんだ、アヴォン。戦えるじゃないか」
「ゲンさん、やっぱりどこか……」
「なーに、大したことない。それより、目当てのものを、取った方がいいんじゃないか?」
青年が顎で台座の方を指す。オニキスが変わらず、光を発している。
恐る恐る、遺跡へと足を踏み入れる。崩れたり、漆喰が剥がれたりと、寂れてしまっている遺跡。しかし、中心に鎮座する台座には、少しの傷もなく、手の込んだ彫刻が施されていた。
オニキスは台座の窪みにはまっていた。短剣の切先を隙間に差し込み、宝石を取り出す。
宝石は楕円形で、艶やかな光と心地の良い冷たさを持っていた。そっと手の平に乗せてじっくりと観察する。
すると、オニキスから青白い光が散った。かと思えば、アヴォンは気憶の奔流に呑まれた。
幼い自分の姿、男児と身重の女、見つめ合う男女。
何か耳元で聞こえる。アヴォンは必死に耳を傾ける。少しずつ音が鮮明になっていく。誰かの声だ。アヴォンはその声に意識を注ぐ。音だけの声が、言葉を形作ろうとした。
「おいアヴォン!」
名前を呼ばれて我に返った。
目の前にロウバーが浮遊していた。目を擦って、それが気のせいではなく、『見鬼の瞳』が機能していることを知った。
「やっと視えるようになったか。それにしても、お前、あんなに戦えたんだな。驚いたぞ」
いつもの砕けた調子で話すロウバー。先程の情景は、彼に視えていなかったのだろうか。
「さっきの、視えましたか?」
目元を触りながら、アヴォンが尋ねる。少年の質問に、ロウバーは首を傾げるだけだ。
なんでもないと話を逸らして、手元のオニキスを眺める。宝石の光は弱まっていた。視界は洞窟に入った時のように、不明瞭になった。
隅の方に転がしてあったランタンを見つけ、光を灯す。先ほどより、視界が確保できるようになる。
「ゲンさん、洞窟を出るまで我慢してください」
アヴォンとロレンが両脇をしっかりと抱えて、洞窟の出口へと向かう。
外に出れば、東の空が青くなり始めていた。置いていた荷物から包帯を取り出す。海原は何が起こるか分からない。そんな場所を仕事場にする漁師の元で育ったアヴォンは、ある程度の応急処置の知識があった。手際よく、体を固定するために包帯を巻いていく。その様子に、ゲンは舌を巻いた。
「さすが、漁師の子だな」
「その言葉を聞くに、海賊は傷の手当ての知識がないみたいですけど」
「ほとんど、教養のない奴ばっかだからな。治癒魔法に頼ってる。それもなければ、荒療治だ」
処置を終える頃には、視界は明るくなっていた。
「担架でも作りましょうか」
てごろな木が生えていないだろうかと、辺りを見渡すアヴォンをロレンが止める。
「私が担いで行くから」
「ですが、」
「大丈夫。強化魔法、得意なの」
ロレンの言葉に、あぁそうだったなとあゔぉんは思い出す。自分にないものを、彼らは持っている。
ロレンが詠唱を唱えたかと思えば、彼女の足元に魔法陣が白く浮かび上がった。それが消えたかと思えば、ロレンはゲンを軽々と持ち上げる。持ち上げられた本人は、情けないと思って
いるのか表情が暗い。
「どこまで行く?」
振り返って尋ねたロレンに、アヴォンは麓まで行こうと告げた。
山道を降りながら、アヴォンはオニキスを取り出した時に見た、あの気憶の情景を反芻していた。
いったい、あれは何だったのだろう。
もう一度アヴォンは目を擦る。明るさに目が慣れないのか、まだ目に違和感がある。
「どうした、アヴォン」
頭上から声がして視上げれば、ロウバーが怪訝な顔をして少年を見下ろしている。
その顔に、もう一つの顔が重なっているように視えた。なんだと思って瞬きをすれば、幽霊の輪郭はハッキリとして、いつも通りの姿が視えた。
「………いえ、なんでも」
目の違和感も、ロウバーの顔が二重になって視えたのも、疲れのせいだと結論づけて、アヴォンは深く考えないようにした。




