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第13話 初陣



 航海から無事に帰れるように願う歌。悪しきものから身が守られるように願う歌。その歌を口遊むうちに、もしくはこの暗黒に支配された空間に慣れるうちに、三人の得体の知れないものに対する恐怖や和らいでいた。その上、考えを巡らす余裕ができた。

 ロウバーはこの洞窟の奥底に待ち受ける、人ならざるモノについては警告していたが、魔力や能力が吸収・無効になることについては、一切話していなかった。彼のことだから訊かれたことだけを話し、それ以外のアドバイスをやるという良心がない、ということもあり得そうだが、彼がこの洞窟に入った時はこのような現象がなく、死んだ後もしくは立ち去った後に、何らかの変化が起こったのだろうか。と、考えながらアヴォンが歩みを進めていると、違和感を覚えて足を止めた。


「どうした?」


 ゲンが声をかけるが、少年は岩肌を静かに凝視していた。二人もそちらの方に目を向ける。そこには、歪な岩肌ではなく、綺麗な断面をしている岩肌があった。目を凝らしてみれば、絵画のようなものが描かれている。明らかに人為的なものであった。

 ゲンがその岩肌に近寄り、じっくりと観察する。アヴォンも続いて岩肌に歩み寄る。明かりの届く範囲が広がり、絵画がハッキリと姿を現す。

 美しい国が中心に描かれ、その国に襲いかかっている二匹の狼。その絵の少し上には葡萄のふさと、ふさから落ちた二つの粒が描かれている。


「あれ文字かな?」


 と、ロレンが呟いた。

 彼女の視線を追うと、確かに文字のようなものが刻まれている。読むことはできないが、何かの古代語だということは予想できる。


「魔石のヒント………?」

「いや、これはピオニール神話の一部だろうな」

「これが………」


 ピオニール神話。この世界の至る所に散在している遺跡に、必ずあると言っても過言ではない絵画のことだ。遺跡によって描かれている話は異なるが、人物などが共通しているため、それらが一貫していることが分かっている。文字も解読されているそうだが、この場に古代語の知識がある者はいない。


「だが、こんな洞窟にまで描かれてるとはな。いったいいくつあるんだ」


 壁画をなぞりながら、ゲンが呆れたような声で呟く。

 ゲンとロレンは、航海の最中に何度か遺跡を見たことがある。波に半分浸かっているもの、草原にポツンと寂しげにあるもの。それらにも絵が描かれていた。


「それじゃあ、ここはかつて、人が住んでいたということでしょうか?」

「たぶんね。もしかすると、能力が吸い取られたのは、ここに住んでた人たちの霊か、その類のものが関係してるのかもね」


 三人はしばし、その場に立ち尽くしていた。何かを物語っている壁画を、ただただ眺めていた。意味が分からなくても、惹きつける何かがそこにあった。

 再び、冷たい空気が流れてきたところで、三人は我に返り再び洞窟の奥へと向かう。

 奥へ進む途中、いくつもの壁画を見かける。どれも違う絵が描かれていた。気を抜けば、ついそちらに目を向けてしまいそうになる。それに耐えて、奥へ奥へと歩んでいく。

 不意に前方の方が明るくなった。ランプとは違う薄い光が岩肌に反射している。延々と続いていた暗闇が途切れたことに、三人は思わず足を止めてしまった。そんな彼らを誘うように、光がわずかに強くなる。

 意を決して足を進めると、少し開けた場所に出る。角ばった岩の中、四角く削り取られた岩が積まれ、地面がレンガ敷きになっている。遺跡で間違いなかった。

 光を発しているのは古びた人工物の中心。近づいていけば台座が見えた。そこに、黒光りする石……オニキスだ。


「あった……!」


 足を滑らせないように駆け寄ろうとしたその時───背後から大きな物音がした。

 三人は反射的に振り返り、息を呑んだ。

 背の丈は優にゲンを越えている。肩幅も広く、腕や足は丸太のように太く逞しい。顔は獣の仮面で覆い隠され、兜を被り鎖帷子を身につけていた。


「だ、誰だ!?」


 ゲンが鋭い声を上げると同時に、相手は斧を大きく振り上げた。三人は後ろに飛び退いて距離をとる。刃物が鋭く空気を切り裂くとともに、アヴォンは身体の芯が冷えるのを感じた。

 この者は本気だ。本気で殺しにかかってきている。

 ゲンとロレンがカトラスを抜き、相手と向き合う。


「なんだテメェ。お前も魔石目当てか?」


 大男は答えない。黙って斧を握り締め、次の攻撃をしようと構えている。

 話し合いは無意味だと悟り、ロレンは駆け出して距離を詰める。大男はロレンめがけて斧を振り下ろすが、彼女はその攻撃からすり抜けて背後に回る。大きな背に剣を突き出すが、切先からは鈍い音がした。楔帷子だ。


「やっぱりか」


 呟いてロレンは後ろに下がる。相手は振り返りざまに斧を構える。が、すかさずゲンがそれを阻止しする。

 身体や頭は武具で守られているが、腕や足は守られていない。斧を持っている腕にカトラスを突き立て、そのまま大きく切り裂いた。

 斧を握り締めたまま、腕がボトリと冷たい岩の上に落ちた。武器を失ったところを、ゲンとロレンは躊躇いなく男に襲いかかった。

 ゲンが体当たりして男を薙ぎ倒し、そこにロレンが首をカトラスで切る。大男は身体を震わした後、くたりと脱力してそれっきり動かなくなった。

 一部始終を離れたところで見ていたアヴォンは違和感を覚えていた。それはあとの二人も同じであった。


「小僧、あかりをこっちに」


 ゲンが少年を呼び、ランプの光をこちらに寄せる。大男の姿が鮮明になる。その巨体には、一滴の血もついていない。


「なんなの、こいつ」

「さぁな。血を流さない人間なんて、聞いたことがない」

「魔物……でもないみたいだしね」


 大男の観察をしていると、アヴォンの頭にロウバーの言葉が思い起こされた。


「人、ならざるモノ」


 そう呟いた瞬間、オニキスの発する光が強くなった。振り返ると、そこには大男と同じ装備をしたモノたちが六体いた。

 声を上げる暇もなく、モノたちは斧や槍を掲げて向かってくる。ゲンとロレンは体勢を整えて応戦する。アヴォンは教えられたことを元に、モノたちの攻撃を避けていく。

 モノたちの動きは単調だ。武器を振り上げて切りかかる。その繰り返しだ。だが、振り下ろされる一撃は強力だった。

 ゲンに向けて放たれた斬撃が空を切り、岩肌へと深く突き刺さる。ゲンは躊躇わず、モノの一人に飛びかかって仕留める。

 間を開けずにもう一人のモノにカトラスを突き出す。剣は仮面を貫き、頭部を串刺しにした。血は一滴も吹き出さない。


「気味が悪いな」


 そう呟く彼の隣に、ロレンが並ぶ。


「感触は人間そのものだから、余計ね」

「おい小僧!無事か?」


 振り返って尋ねれば、少年はモノの間合いから逃れたところだった。

 アヴォンはモノと向き合ったまま、上がった息を整える。今までに感じたことのない緊張に恐怖を覚えていたが、アヴォンはそれと別の不思議な感覚があることに気付いた。背筋が疼き、何か掻き立てられるような感覚だった。


「俺は大丈夫です!」

「おう、そうか!」


 動いているモノはあと四体。最後まで身が持つだろうか。

 再びオニキスの光が強くなる。辺りが白一色になり、思わず目を覆う。光はすぐに弱くなった。


「ロレン!」


 アヴォンが目を開けようとしたところに、ゲンの鋭い叫び声が上がった。

 アヴォンが振り返るのと、モノが斧を振り下ろすのは同時だった。ロレンを庇ったゲンの脇腹に柄が打ち込められる。鈍い音がして、二人もろとも宙を舞った。


「ゲンさん!」


 駆けつけようと踵を返す。その時、背後から殺気を感じた。後ろを振り返るとモノが槍を突き出そうとしていた。

 しまった。瞬時にしくじったことを悟る。体の重心は前の方に傾いている。躱すには無理な体勢になってしまった。

 ロレンの焦った声が聞こえる。穂先がこちらを見据えたかと思えば、少年へと襲いかかる。

 刹那、アヴォンの背に何かが駆け巡った。無意識のうちに身体が動いていて、気づけば短剣を片手に握り、モノの胴体を鎖帷子ごと切り裂いていた。鉄の破片が冷たい音を立てて岩に落ちる。モノは数歩よろめいたかと思えば、後ろに大きく傾いて倒れた。

 束の間の静寂が訪れる。しばらく呆気に取られていたが、ハッと我に返ってモノと向き合う。モノたちの間に動揺が走っているように見えた。

 体勢を立て直される前に、アヴォンは先手を打つ。

 相手の懐に潜り込み、首に刃を突き立てる。そのまま勢いを落とさずに、次のモノへと切りかかる。相手の攻撃をいなし、確実に仕留めにいく。

 アヴォンに戦いの経験はない。だが、頭は動き方を理解していた。

 オニキスの光が強くなる。再びモノたちが数体召喚された。だが、アヴォンは動揺しない。今この場で、少年は絶対的な力を持っていた。



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