第12話 地獄に行こうと
暗い口が大きく裂けている。中を覗こうとすれば、頬に冷たい息吹が当たる。ここに、スモーキング・ケーブの霧を晴らす4つの魔石の一つ、オニキスが眠っている。
「ありがとう、フェイ」
そう言いながら、アヴォンは銀貨5枚をフェイに渡した。
それを受け取るや否や、少女は子鹿のように岩山を駆け降りていった。小さなその背中を見えなくなるまで見送り、アヴォンはまた洞窟の中を覗き込む。
闇。ただ一色の闇が続いている。
荷物からランプを取り出して火を灯す。短剣を腰に吊るし、残りの荷物は岩陰に置いていく。
二人の方を振り返れば、もう準備はできていた。
「行きましょう」
少年の言葉に、ゲンとロレンはしっかりと頷いた。慎重に滑る岩場をゆっくりと進んでいく彼らの後を、ロウバーが頭上から見守っている。
洞窟の中は肌寒く、空気はしっとりとしていた。ランプの光を、岩肌が冷たく反射させている。
街の人々が悪魔が潜む洞穴として恐れられている場所。人ならざるモノが待ち受けている暗黒の場所。
張り詰めた空気が三人の間に流れる。と、その時、ゲンが膝を突いた。ロレンも岩肌に手をついて体を支えている。
「どうしました?」
慌てて振り返った刹那、アヴォンの両目にじわりと鈍い痺れが走った。咄嗟に、片手で目を覆った。痺れが徐々になくなっていき、ゆっくりと手を離したその時、ゲンが怯えたような声で口を開いた。
「なんだ、どうしてだ?魔力が吸い取られた……?」
「えっ!?」
ロレンが何かブツブツと詠唱を唱えたが、何も変化がない。
「間違いないね。魔法が使えない」
他人の魔力は干渉できない。体力と同じだ。使い果たさせることはできるが、吸い取ったり量を操作するなんてことはできない。だが、今目の前で、そのあり得ない事象が起こっている。
ロウバーに説明を求めようと顔を上げ、少年は愕然とした。辺りを見渡しても、あの幽霊の姿はなかった。おかしい、さっきまで頭の上を浮遊していたのに。
狼狽えるアヴォンの姿に、ゲンは彼の見鬼の瞳が機能していないことを察し、一つの結論に辿り着く。
「おそらくだが、この洞窟は立ち入った者の持っている魔力や能力を吸い取る、もしくは無力・無効化するんだろう」
「そんなことがあり得るんですか?」
「今までこんな話は聞いたことないが、可能性としてはそうとしか考えられない。……連中が悪魔の潜む場所と恐れる由来は、これか」
下から冷たい空気が流れていた。空気が岩肌に反響して不気味な響きを感じる。背筋に冷や汗が伝った。ランプを高く掲げて照らす範囲を広げるが、ただただ冷たい光が返ってくるだ。生き物の気配はしない。
“無”の空間に、アヴォンは自分が怯んでいるのに気が付いた。情けない。覚悟はしていただろう?何を今更怖気付いている。そう自分に言い聞かせ、奮い立たせるように短剣の柄を握る。いくらか気が軽くなったような気がした。
「どうする、小僧」
「……行きましょう。戻ったところで、魔力や見鬼の瞳が無効化されることに変わりはありません」
「フッ、そう来なくっちゃな!ロレン、行けそうか?」
ロレンも、口元に笑みを浮かべて頷いた。
二人は海賊だ。未知のものに対する恐怖は薄い。ならば後は、アヴォンが覚悟するだけだった。
もう一度短剣の柄を握り直し、アヴォンは暗闇の方へと足を進めた。
滴る水、反響音、冷たい岩肌。それらの要素以外、何もない。
変わらず生き物の気配は無い。もう少し先に進めば、コウモリの一匹や二匹、飛んでいるものだろうと思っていたのだが、息をしているのはアヴォン達以外、何もいない。
「なんか、気がおかしくなりそう」
ロレンの声が虚しく響く。
あの陽気な海賊も、この沈黙に耐えていたのだろうか。いや、彼ならこんな状況でも仲間達と陽気に歌を歌っていたことだろう。
歌、か。
アヴォンはこの気が滅入る沈黙を破るように、小さな声で歌い始めた。
おお我らが父レイパマッドよ
どうか我らを守りたまえ
嵐が来ようと鯨が来ようと
無事に帰れますように
海を渡る者なら、一度は聞いたことがあるメロディー。アヴォンの歌声に、ゲンとロレンも歌い始めた。
おお我らが父レイパマッドよ
どうか我らを強めたまえ
苦難に遭おうと地獄に行こうと
無事に帰れますように




