第11話 悪魔の潜む場所
船の揺れが大きくなる。荒海の大陸は、その名の通り周辺の海が荒れている。上陸が難しい大陸だが、比較的海が穏やかな場所がある。そこからなら、上陸は可能だ。
「帆を上げろ!漕ぎ手はすぐに下に来い!」
船尾の方から指示が飛んできた。
アヴォンはすぐに、他の水夫と共に帆を上げる作業に取り掛かる。視界の端で、ゲンが船内へと走っていくのが見えた。
帆を上げて視線を辺りに巡らすと、他の貿易船がいくつか並行しているのが見えた。
この大陸の唯一の入り口だ。他の港に比べて、船が密集している。噂では、ここらの海では船の衝突が多いと聞く。皆、慎重になっている。
足元から声が聞こえてくる。漕ぎ手たちの掛け声だ。甲板越しに伝わる僅かな震えを感じながら、アヴォンは大陸へと目を向ける。
大きな大陸が海に浮かんでいる。荒波の侵食により削られ、岩肌が剥き出しになった崖が、大陸の端から端まで、長く続いている。そして、同じように緑の少ない山々が、大陸に大きな裾を下ろしている。
「雄々しいな」
無意識に、アヴォンの口からそんな言葉が溢れた。
船は無事に大陸へと上陸した。
三人は荷物下ろしの手伝いを終えて、船での作業を終えた。船乗りたちは彼らに手を振って別れの挨拶をした。
アヴォンは白髪混じりの水夫を探したが、結局見つけることはできなかった。
「で、これからどうする、小僧」
「道案内を頼める人を探しましょう」
この大陸の港はそれほど広くはなく、店も人も少ない。三人は街の方へと出ることにした。港から馬車で30分ほど。荒海の大陸は木材が乏しいので、石造りの建造物が多い。
道を進んでいくと大きな広場に出る。広場には多くの人々が集まり、情報を集めるのならそこがいいだろうと船乗りたちから聞いた。早速、道案内を頼もうとしたが───
「あ?馬鹿かお前ら」
「あの洞窟に行くのはやめとけ」
「悪魔がいるって噂だぞ」
皆、揃って首を横に振った。
あの洞窟はかなり恐れられている場所のようだ。話を聞くと、中に立ち入った者は、もう二度と帰ってこないか、体の一部を失って帰ってくるかだった。唯一無傷で帰ったのは、あのロウバーだけ。そのロウバーも、数十人の部下を失った。
「覚えてるよ、今でも。だが、失ったのは最初の洞窟と半分くらいだったな」
広間の端の方で、幽霊が懐かしむように話す。部下の死など気にしていないようだった。失った部下の数は、彼にとって自分がどれだけ成長しいたかを確認する目安なのだろう。
「あの洞窟には、何がいるんですか?」
「なんと言えばいいのかな。意思を持っているようで、でも中身は空っぽで………人ではないし、かと言って物ではない、そんな奴らがいる」
この地の者が言っていた悪魔というものだろう。そんな存在がいるのかいないのか、アヴォンには判断しかねるが、ロウバーが嘘をついているようには見えなかった。
広場の中心にある石像近くで、道案内を募集していたゲンとロレンが肩を落として少年の方へと戻ってきた。
「駄目だ〜」
「みんな自分の命が大事なんだよ」
夢がない奴らだなぁ、と言いながらゲンは顰めっ面をしてアヴォンの肩に腕を乗せてグッと自分の方に引き寄せる。
「で、どうする小僧。お前に憑いてる幽霊も、道は覚えてないんだろ?」
「頑張って思い出してもらうか、自力で探すかですね」
大きな溜息を吐いて、アヴォンから離れ、青年は近くのベンチに座った。
アヴォンは道行く人々を見る。誰か引き受けてくれそうな者はいないだろうか。と、視線を泳がせていると、一人の年端のいかない少女がこちらの様子を伺っていた。
アヴォンと目が合うと、そわそわと辺りを見渡し、恐る恐る近づいてきた。
「どうしたんだい?」
できるだけ優しい声で尋ねれば、女の子の強張っていた表情が、いくらか和らいだ。
「お兄さんたち、悪魔の洞窟を探してるの?」
「そうだよ」
「その、あの……道案内、私がしてもいいですか?」
思いもよらない提案に、三人はお互いの顔を見合わせる。なんと言ったものか迷った末、ゲンが最初に口を開いた。
「嬢ちゃん、その洞窟が危ないってのは知ってるのか?」
声を低くして尋ねる彼に、女の子が体をビクリと震わせた。ロレンが怖がらせないの、と青年を咎める。
アヴォンは女の子のそばに寄り、膝を曲げて視線を合わせる。
「君、名前は?」
「……フェイ」
「フェイ、君はどうして俺たちを手伝おうって思ってくれたの?」
「お金が、必要なんです」
その言葉に、アヴォンはハッとした。あまり気にしていなかったが、よく見てみると女の子が着ている服はところどころ汚れている。髪も、あまり手入れされていない。
おそらく孤児か、貧しい家の子だろう。
アヴォンは振り返って二人を見上げる。彼らも顔を顰めている。しばらく沈黙が流れたが、ロレンが優しく微笑んで女の子の肩に手を添える。
「分かった。お願いできる?」
「おいロレン!」
「いいでしょ兄さん」
ゲンはまだ何か言いたげだったが、諦めて息を小さく洩らし、首を軽く振った。
「分かったよ」
アヴォンも頷いて賛同する。
こうして小さな案内役を得て、三人は洞窟に向かうことになった。
険しい山を登っている最中、何度も何度もゲンが後ろを振り返っていることにロウバーは気付いた。
彼の視線を追って見てみるが、ただの草木とところどころ転がっている岩だけだ。怪しいものなど見えない。
「なあ、アヴォン。ゲンの奴、なんか変だぞ」
ロウバーに言われて、アヴォンは青年の方を見る。確かに、どこかそわそわしていて辺りを警戒している。
「確かに」
アヴォンも彼の視線を追うが、やはり怪しい影はない。
「ゲンさん、どうかしましたか?」
ゲンは少年の目をしばらく見た。それから視線を鋭くしてフェイの方に視線を滑らせる。彼女に何かあるのだろうか。
ゲンはアヴォンと肩を並べ、そっと耳打ちした。
「いいか、孤児ってのはキツネみたいなもんだ。自分の力と知識を駆使して、金を得たり物を奪ったりする」
「だから、警戒しているんですか?」
ゲンは、山を登り始めたところからずっと辺りに気を配っていた。この少女の仲間がどこからか襲ってくるかもしれない。
そんな彼の様子に、ロレンは呆れ顔を浮かべている。
「兄さん、大丈夫だって。余計な心配しすぎ」
「俺が心配してるのは襲われることじゃない。襲われたときのことだ。俺らは魔法が使えるが、問題は小僧だ」
少女の耳に届かないように、声を落として話すゲン。
「こいつがガキどもに殺されたら、稼げるチャンスが減る」
「そんなすぐ殺されませんよ」
「お前は争いどころか喧嘩すら知らない坊ちゃんだろ?」
正論を言われてグッと口をつぐんだ。フェイのような子供に殺されることはないだろうと思っているが、魔法を使う相手と争った経験が、少年にはない。胸を張って、大丈夫とは言えない
情けないな、と肩を落としながら少女の小さな背中を見る。その時、ふと違和感を感じた。心なしか、フェイの足取りがおぼつかない。少女の元に歩み寄り、声をかける。
「フェイ、大丈夫かい?」
「え、」
「疲れちゃった?」
思えばかなりの距離を歩いている。大海を行ったり来たりしている三人と比べて、この少女の体力は少なすぎる。もっと気を配るべきだった。
後ろの二人に声をかけて一行は休憩に入った。
「やっぱり甘々坊ちゃんだな」
「こら、兄さん」
フェイに水と堅パンを渡すアヴォンを見ながら、ゲンは鼻で笑い、そんな彼をロレンは咎める。
「そうは思わねぇか?孤児を助けたら依存されるか、ゾロゾロと仲間たちが出てきて手に負えなくなるかのどっちかだ。俺らもそうだっただろ?」
「困った子、ほっとけないんじゃない?」
「お人好しか」
「昔の兄さんもあんな感じだったよ」
「お前だけだよ。他の奴らは容赦なく見捨てた」
アヴォンは堅パンを食べるのに四苦八苦しているフェイの手助けをしている。そんな二人を眺めていると、自然と昔の記憶が蘇ってくる。
ロレンが初めて堅パンを食べたのは、フェイと同じくらいの歳だったはずだ。
「そ、口の中で転がしてたら、柔らかくなってくるから」
モゴモゴと口を動かすフェイ。ぷっくりと膨れた頬に幼さを感じ、可愛いな、なんて思いながら、アヴォンも口に堅パンを含む。
「おい、あんまり長居するのはお勧めしないぞ」
頭上からロウバーが声をかける。少し待ってくれと、アヴォンは目で訴える。
少年は空を仰いだ。日はもうすぐ南の空へと登りそうだ。まだまだ夜まで時間があるが……
「フェイ、あとどのくらいかかりそう?」
「そんなに遠くない」
「そうか。日が暮れる前に、君は帰れそうかい?」
「うん、多分」
じゃあ、そろそろ行こう、と立ち上がって移動を再開し、一行は岩山を登り始めた。空高く、一羽の鳥が旋回している。遠くの岩場を歩く鹿の群れが、こちらを警戒するようにジッと目線を送ってくる。
ふと、アヴォンは思った。海の町で生きてきた少年にとって、これが初めての山の世界だった。
波のさざめきが絶えない、海の町とは違って、山は静寂が強い場所だった。




