第9話 荒海の大陸へ
「お、来たな少年。連れは二人か?」
「はい。今回はよろしくお願いします」
「いいってことよ。こっちも働き手が増えて感謝している」
アヴォンが乗船を予定していた船に行けば、船長が快く彼らを歓迎した。三人はそれぞれ、仕事と持ち場を割り当てられた。まず、荷の積み込みを手伝う。樽を担ぎ、倉庫へと運んでいく。積荷はずっしりと重く、微かな香りがする。穀物の類だろう。
荷物を全て積み終わると、次はそれぞれの持ち場に行く。アヴォンは帆を下ろし、角度を調整する。ロレンは錨を上げ、ベンは漕ぎ手となり船内へと入っていった。
錨が上がり、船がゆっくりと動き始めた。
「良い風を!」
見送りに来た人々が声を上げた。航海の無事を願う言葉を口々に叫び、手を振っている。その中に、酒場の看板娘がいることにアヴォンは気付いた。彼女も少年に気付き、手を振る。アヴォンも、胸に淡い暖かさを感じながら手を振り返した。
「相変わらずだな。昔も、俺が海に出る時見送ってくれた」
少年の横から、メイリーを見ていたロウバーがそう言った。
「たった一週間程の面識だったのに、見送ってくれるとは思いませんでした」
「知人はできるだけ見送りたいんだとさ」
徐々に離れていく港。アヴォンは持ち場に戻り、帆の紐を握る。今日はちょうど追い風が吹いている。風に乗れば漕ぎ手は必要なくなる。水夫の指示に従い、ちょうど良い角度に調整すれば、帆は大きく風を孕んだ。角度が変わらないように固定する。こうなればしばらく暇だろう。
「アヴォン」
名前を呼ばれて振り向くと、ロレンが手招きしていた。彼女の元へと歩み寄る。
「随分手慣れてたね」
「故郷で、漁師たちとやってたので」
「そっか。私はせいぜい、錨を上げることか漕ぐことくらいしか分かんないから」
「でも、海賊ですよね?船の作業の知識はあるだしょう」
「知識はね。海賊の頃は下っ端だったから、やったことないんだよ」
確か、二人は気に入らなければどんなに力のある海賊団でも、すぐに出て行ったと言っていた。期間が短ければ地位は低いまま。そうなるのは仕方ないのだろう。
船が風に乗った頃、船内からゲンが出てきて三人は現地でどのように行動するか話し合った。ロウバーによれば、宝石がある洞窟は岩山にあるという。岩肌が剥き出しになり、視界を邪魔する樹木が少ないので、歩いていれば簡単に見つかるというが。
「どこにあるか、詳しいことは現地民に聞かないと」
「その幽霊は教えてくれないのか?」
「4年も前の道なんか覚えてない、って」
「そうか」
「じゃあ、現地の人に尋ねるのが得策だね」
「そうですね。あとは───」
アヴォンは咄嗟に口を閉ざした。船尾から聞き覚えのあるメロディーが聞こえ始めた。
おお我らが父レイパマッドよ
どうか我らを守りたまえ
嵐が来ようと鯨が来ようと
無事に帰れますように
ケシュティー号が海を切り裂いて
世界が広がっていった
おお我らが父レイパマッドよ
どうか我らを強めたまえ
苦難に遭おうと地獄に行こうと
無事に帰れますように
海に出る者なら必ずや耳にしたことがある歌だ。最初は舵を取っていた航海士が歌い始め、やがて船上の者達が声を合わせた合唱となった。
「やっぱり、歌うんですね」
「航海の無事を願う歌だからな。小僧、現地での話は着いてからにしよう。………あと、水夫とは仲良くやれ」
声を顰め、何か含みを感じるゲンの言い方に疑問を抱いたが、アヴォンは静かに頷いた。
その後の航海も無事に進んだ。帆の角度を変え、進路を調整して、たまに歌う。その歌には、アヴォンが知っているものもあれば、知らないものもあった。
一方ロウバーは、港に居た時と打って変わって、出会った頃と同じように鼻歌や口笛で陽気に過ごしていた。作業するアヴォンを茶化したり船の周りを旋回したりと落ち着きがない。
「なぁアヴォン。面白い話してくれよ」
「ありませんよそんな話。それに、周りには俺が独り言をしているように見えるので嫌です」
「今喋ってるじゃないか」
「誰にも聞かれてないか、結構気を配ってるんですよ」
夜が近づいている。経路の途中にある孤島に船を止めて休憩に入る。ここから三日ほど、停泊できる場所がないので、よく休んでおかないと体が持たない。
アヴォンが帆を畳んでいると、ロウバーが声をかけてきて、近くに誰もいないか、こちらの声が聞こえていないか確認しながらアヴォンは手を進める。
「だが、水夫たちの航海も賑やかだな。もう少し静かなもんだろうと思っていたが、俺の部下たちと大して変わらない」
「静かなのは捕鯨船くらいですよ」
「捕鯨船ね。一度も見たことがないな」
会話が途切れえたところで、ちょうど紐を結び終えた。ゲンとロレンの元に行こうと踵を返したその時、
「そこの少年」
張りのある声がした。
「君が、船長に頼んで乗船した少年だな?」
振り返ってみると、頬骨の出た白髪混じりの水夫が立っていた。確か、航路の確認をしていた水夫だ。
「はい、そうですけど」
「少し、いいか」
どこか虚な瞳が、少年を真っ直ぐに見据えた。




