第零記 「 」
「血の味は知っている」
そう言って戦に出かける。
いつも同じ。
屍がいたるところに転がる血の荒地。
そこで生き残っている奴がいた。意外だった。
傷だらけで、服が破け(それはもう裸に近かったか)所々血が滲む、美貌を失くした少女。
「あなたは、かみさ、ま? か、み、さまな、の?」
少女は力を失くした声で俺に問う。
少女に『神様』と呼ばれた俺には、傷一つついていなかった。
「かみさ、ま、私を、助け、て、」
冷たい風が吹いた。少女にはその風は毒矢のようだった。傷にしみたようだ。少女は痛そうに顔をしかめた。
「痛い、よ」
俺は少女に何も言ってやれない。
「かみさま、この傷を、癒し、て、、」
「できない」
少女は俺の言葉に瞳に涙を滲ませた。
「どうして、?」
「どうしても」
ど
う
し
て
も
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどウシてどうシテェェぇぇェッ!?」
少女は勢いよく俺にしがみついて、俺の腕を噛み切ろうとした。
けど俺は噛み切られる前に少女を突き放す。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
少女は硬い地面に仰向けになり、顔を涙と血でぐちゃぐちゃにしていた。
「……」
「いやいやいやいやあああああああっ!」
「泣くな」
「いや、」
――君が消えれば、我は幸福へと飛び立つことができる。
君が消えれば、我は痛みを失くし、癒しを永遠に受けること――
俺の歌った唄。少女はこの唄を知らないようだった。
「かみさ、ま、それ、な、に、」
「黒い孤児が歌った唄。この唄の通り『君』、大切なものを消せばお前は幸福を得ることができる」
「こうふく? 幸せ?」
俺はそれに頷くだけ。
「無理、む、り。私に、私にね? 大切なものなんてない」
残念。
「哀れな娘」
これはもう無理だ。
俺はそう思ってこの血生臭い荒地から去ろうとした。
が、少女に「待って」と呼び止められる。
「私に、大切なものいた、よ」
「じゃあそいつを早く消――」
「私の大切なものはかみさまなの」
気づいたときは少女に人差し指で指さされていた。
――何?
「今の死にそうな私にとっ、て、かみさま、大切。だって、ね。傷を、癒してく、れるも、の」
「だから」
「かみさま」
「消すの」
気づいた時には少女は俺に飛びかかってきていた。
目の前が真っ赤に染まったような気がした。