勇者
「ヘンリー……ヘンリー……私の声が聞こえますね?」
その声を聞いた瞬間から、彼の心の中を渦巻いていたものが一気に晴れていった。
「ああ……女神ルシファーさま……」
彼が信仰している宗教の神である女神の声だと確信した彼は、自分の身に何が起きたのかも忘れて彼女の名を呼んだ。
「そうです。私は堕天使にして、この世界の管理者。女神ルシファーです」
「あなた様のおかげです。すべてあなたのおかげなのです。あなた様のために生きられる喜びに感謝いたします。感謝の言葉すら浮かばぬほどの幸福感があります!」
「よかったですね……。ヘンリーよ。王子である貴方に、使命を与えます」
「なんと!光栄なことでしょう!!是非聞かせてください!!」
「ヘンリー。貴方は邪悪なるモンスターを地上から滅ぼすのです。そして、拐われた姫君は既に、魔のものによって邪悪に染まってしまっています。貴方が姫君を救うのです。そうすれば、魂だけは美しいままにしてあげましょう。貴方にチートスキルを与えます。この力を使って、世界を人間だけのものとするのです!」
ルシファーは彼にチートスキルを与えた。
「おお!これはすごい。これで僕は、世界最強だ。このスキルで僕がモンスターを倒してみせる!」
「うふふ、では、早速姫君を救いに向かうのです」
「わかった。待っていてください。今助けに行きます。」
こうして彼は、ルシファーに言われるまま、モンスター討伐に向かった。
***
ここは何年も前のボリトル王国。そこの魔王は人間の姫、シャーロットを誘拐し、妻としていた。しかし、姫は魔王のことを本気で愛していたのだ。
「魔王さん。私、祖国から見捨てられたみたいね」
姫が誘拐されたというのに、脅しに乗ってこなかったのだ。これはつまり、姫が見捨てられたということになる。
「そうらしいな。お前を人質にしたのに、あっさりと見捨てるとは愚かなものたちだ」
「でもね、魔王さんのことは好いているわ。だから、私が魔王さんの奥さんとして一緒に居てあげる」
「ほう?そんなこと言って良いのか?我は、モンスターの王、魔王なのだぞ?」
「わかっているわ。それに私は、人間だけど、愛する人の力になりたいのよ」
姫は覚悟を決めた顔をしていた。
「くっくっ、面白い娘よ。ならば我の側にいろ。我が守ってやる」
魔王と人間は恋に落ちていたのだった。
***
そして現代のボリトル王国。シャーロット姫は、魔王との間に子供を産んでいた。とても幸せに暮らしていたのだった。
そんなある日のこと。勇者であるヘンリー王子が単独で攻め込んできたのだ。
「シャーロット!シャーロット!どこなんだ!」
ヘンリーは、魔王城に侵入後、シャーロット姫を探すが見つからない。
「おい、そこの人間。貴様は何者だ?」
魔王が現れた。
「よくもシャーロットを攫ったな。返してもらう」
「クックックッ。シャーロットは我が妻となった。もう返すことはない」
「嘘を言うな。なら何故ここにいない!?シャーロットはどこにいるんだ?」
「それは教えられないなぁ。教えても良いが……わかるまい」
魔王は挑発するように言った。
「この野郎……くらえ!シャイニングソード!」
光輝く太陽の剣が、魔王を一刀両断した。
「ぐあああああっ!!!」
魔王は死んだ。
「シャーロット!シャーロット!助けに来たぞ!どこにいるんだ!」
ヘンリーは魔王の部屋にたどり着く。そこにシャーロット姫がいた。
「ああ、シャーロット姫!助けに来ましたよ!さあ、帰りましょう!」
ヘンリーは姫に近寄る。
「もう良いんです。私は魔王の妻となりました。それに、祖国から見捨てられた女ですよ。帰らないほうが幸せなのです。どうかこのまま置いていってください」
「何を言っているのです。僕と一緒に国に帰ろう」
「お願いです。一人にしてください。私に優しくしてくれたあなたまで嫌いになってしまいそうです……」
「そんな……シャーロット姫……僕と結婚しようって約束したじゃないか……それなのに……どうして……」
ヘンリーは涙を流した。
「……ごめんなさい……さよなら……」
「ははは、そうか。君は邪悪に染まってしまったんだな。僕が救ってあげないと……!」
「えっ?」
「シャイニングソード!」
「キャーッ!」
ヘンリーは、かつて愛した女、シャーロット姫を一刀両断した。
「ははは、シャーロット姫。これで救ってあげられた……はは、やった、僕が救ったんだ。はは、はははははは!!!」
こうして魔王を倒した勇者は、狂ってしまったのだった。
それからというもの、ヘンリー王子はモンスターというモンスターを虐殺しまくっていた。
***
ここはドラゴニアタウン。その騎士団ギルドへ、一人の女が駆け込んできた。
「どうか、助けてください!」
「あ、貴方はボリトル王国の王女、オリヴィア姫!?どうなされましたか?」
「実は、ボリトル王国がヘンリーという勇者に滅ぼされたのです。お父様も、お母様も、国民も……みんな勇者に殺されました……」
「そんな……あの王が……。勇者め……それで、姫、貴女はこれからどうなさるのですか?」
「復讐します。私の大事な人たちを殺すなんて許せません!だから私は強くなります。強くなって勇者を倒し、世界に平和をもたらします!」
オリヴィア姫の目には炎が灯り燃え上がっていた。
しかし、勇者はすぐにドラゴニアタウンへとやって来たのだった。
「ここにも邪悪に染まったモンスターたちがいるじゃないか。滅ぼさないと……!」
「待て!貴様が勇者だな!この町は我らドラゴンナイツが守って見せる!そりゃ!」
「シャイニングソード!」
騎士団長がヘンリーに向かって突進するが、一瞬で切り裂かれてしまった。
「う、うわあ!!ば、化け物だぁ!!」
人々は恐怖に震え上がる。
「モンスターは滅ぼさないと……ふふふふ……モンスターなど、この世界に必要ない……この世界は人間だけのものだ……ははははは!」
その時、一筋の光が差し込んだ。それは、光の矢だった。
「ホーリーレイン!」
オリヴィアが放った聖なる雨は、ヘンリーの身体を突き刺す。
「なんだ?この攻撃は……貴様……その顔は……!まさか、シャーロットの娘か!?」
「よくもお父様とお母様を殺したな!お母様は人間だったのに、なぜ殺した!?」
「殺した?いや、違う。僕は彼女を救ったのだ……ははははは!」
「なっ……!?」
ヘンリーは狂っていた。愛する人を手にかけ、それを正当化したために、おかしくなってしまったのだ。
「シャイニングソード!!」
再び、光輝く太陽の剣で、オリヴィアの心臓を一突きにしようとした。
「あ、が、は……」
しかし、オリヴィアを庇ったキュウが貫かれた。キュウはそのまま倒れる。
「そんな!貴女っ、私のために……!」
「ぐ……大丈夫じゃけん……それより、気ぃつけぇ……あいつは強い……あんさんは逃げんと……はよぉ……に、逃げ……」
キュウはそのまま動かなくなった。キュウはキュウなりに人を守ろうとした。それが彼女の誇りであり、最後の抵抗でもあった。
「よくもキュウを殺したな!この野郎ッ!」
「よせッ!ルーク!こんな化け物には勝てないッ!逃げるんだ!」
サンセスは叫んだが、もう遅かった。
「邪魔だ。シャイニングソード!」
ルークは、ヘンリーの剣により、呆気なく殺された。
「さようなら、モンスターたち。はははは!」
「くっ……オリヴィア姫、ここは逃げるんだ!さあ!」
サンセスはオリヴィアの手を引いて全力で逃げだした。その間、ヘンリー王子による殺戮が繰り返された。
***
「……うーん……はっ!」
キュウは目を覚ました。復活の腕輪が砕け散っている。
「ウチ、殺されたんやな。……みんなは?」
辺りを見回すと、キュウの仲間たちの亡骸が転がっていた。
「そっか。みんな死んだんじゃね……。団長はん……ルークはん……ごめんねぇ……」
キュウの目から涙が溢れてきた。仲間を失った悲しみでいっぱいになった。
「……キュウ?キュウ!生きていたのか!」
サンセスが叫ぶ。そしてモミジとオリヴィアもやって来た。
「うん。ウチは死なんよ。サンセスはん、モミジはん、生きててよかった。一人ぼっちにならんで済んだよ」
「キュウ、すまない。アタイたちが弱いばかりに仲間を失ってしまった。これからどうしようか。ボリトル王国も、ドラゴニアタウンも滅んでしまった。今、生き残ってるのは、アタイたちだけだ。どこへ行けばいいだろうか……」
「それやったら、モンスタニア村に来んかね。ウチらの故郷なんや。あそこはまだ安全だと思うんよ」
「そうだな。よし、行くしかないようだ。早速出発しよう」
こうして、四人はモンスタニア村へと向かった。
***
「おんや?キュウ?キュウか!」
「トンきちはん!帰って来たで!」
キュウは、トンきちに飛びついた。トンきちは、嬉しそうにキュウを撫でている。
他のモンスターたちも喜んでいる様子だった。
しかし、そんな幸せは続かなかった。
「あれ?ルークはどうしたべ?」
「……ルークはんは……死んでしもうたんや……勇者に殺されたんや」
キュウが答え、これまでのことを話し始めた。
「そっか、大変だったべな。それじゃあ、今日から村でゆっくりするんだど」
キュウたちは、トンきちの家で休むことになった。
その夜、キュウが眠ろうとした時のことだった。
「よう。お前さん。ちょっと話がある」
サンセスに呼び出された。キュウが外に出る。
「キュウ、オイラの話を聞け。もう分かったろ?仲良くできない人間もいるってことを。ヘンリーとか言ったか?アイツは狂っている。あの男と和解しようなんて無理だ。絶対に後悔することになるぞ。この世界には、人間がいて、モンスターがいて、争っている。それが普通なんだ。共存なんて、やっぱり無理なんだよ」
「それでも、ウチは諦めない。いつか人間とモンスターが分かり合える日まで……。ウチは和解の道を探り続ける」
サンセスが笑う。
「へへへ……甘いなぁ。ま、それがお前さんらしいな。オイラはもう疲れた。もう寝るぜ。おやすみ」
サンセスは去って行った。
(はあ、なんか眠れへん。ちょっと夜風に当たろうかな)
キュウが外に出てみる。そこには、長身のイケメン青年がいた。
「よう。ずいぶんと久しぶりだな。キュウ」
「えっと、あんた誰やったっけ?」
「ふっ、俺様の見た目が変わりすぎて誰か分からないか?では、改めて自己紹介しよう。俺様はワールドヴァンパイアのウィルバート。人類を滅ぼす魔王だ」
「……ウィルバートはん!?ウィルバートはんなんか!?」
キュウが驚く。まさかこんなところで、ウィルバートに会うとは思っていなかった。
しかも、敵として。キュウは、緊張して震える。
(こ、これは戦う流れなんやろうか?)
「そんなに緊張するな。お前と戦うために来た訳じゃない。手を組みにきたんだよ」
キュウが警戒を緩める。
「は?アンタがウチと組む?何を言っているのか分からへんわ……」
「勇者ヘンリーのことは知っているな?ヤツは危険だ。俺様の目的と、お前の目的がぶつかる敵同士ということは知っている。だが、ここは手を取り合うべきだと思う。そうだろ?キュウ」
キュウは戸惑う。確かに、勇者は危険な存在だとキュウも感じていた。しかし、ウィルバートは人間を滅ぼそうとするので、キュウは彼を止めたいと思ってきたのだ。だが、今は状況が違う。
キュウが迷っている間に、ウィルバートは両手を広げた。まるで何かを受け入れるかのように。ウィルバートは優しい笑顔を浮かべながら言う。
「お前は俺様を止めるんだろ?なら、ヘンリーに邪魔されたら困るよな。それに、俺様と組んだ方が安全にヘンリーを倒すことができるんじゃないか?その後で、俺様を止めてみろよ。なあ?キュウ」
キュウは悩んだ。確かにウィルバートの言い分にも一理あると思った。
キュウがウィルバートを見ると彼はニヤリと笑った。そしてキュウに向かって歩いてくる。
「ほら、一時休戦だ。昔みたいに、仲良くしようぜ?」
「……うん、わかった。よろしく頼むわ、ウィルバートはん!」
キュウとウィルバートの友情が成立した。キュウはウィルバートに手を差し出した。握手である。
***
地上の様子を見ていたルシファーは喜びに悶えていた。
「いい!凄くいい!なんてドラマチックなの!これよ!こういうのを求めていたのよ!」
ルシファーは感動していた。自分の想像を越える素晴らしい物語を見せてくれる。やはり、キュウを選んで良かったと心から思った。
「こんな激アツ展開、最高ね!さすが私の選んだ魔王よ。これは面白くなってきましたね。ふむ、そういえば……。これは使えるかもしれません。試してみる価値はあるでしょう。よしっ!次はこのイベントを発生させましょうかね。楽しみになって来ました!うふふふふ!」
ルシファーはワクワクした気持ちで、また新しい資料を作り始めた。
面白そう、続きが気になると思っていただけましたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価してくれると嬉しいです!
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