青い花
「わー綺麗な花」
生い茂る緑の中に一つだけ咲く青いネオンのような色の花を見つけ、妙子が声を上げた。
雨上がりだった。僕らは妙子の実家に向かって車を走らせている途中で、初夏の太陽に緑の色は鬱蒼
とした色を輝かせ、まるで人間好みの真新しい壁のようにキラキラとし、そんな中にたったひとつだ
け、青いネオンのような色の、朝顔にどこか似た花を咲かせているのだった。
「ね。あの花、何て花?」
妙子が聞いたが、僕は知らなかった。植物学者の僕が知らないなんて、もしかして新種だろうか。そ
んなものがこんな町外れの、工場を囲む生垣の中などに咲くものだろうか。
「運転中だよ。よく見てなかった」
僕はそう言って誤魔化す。
そうしてしばらく車を走らせた。
正直、僕は憂鬱だった。妙子の実家になど行きたくはないのが本心だった。挨拶を何度も出会う人
ごとに交わし、心にもない笑顔をマスクのように被って、美味しくもない彼女の母の手料理を褒めな
ければならない。そんなことをしている暇があるなら研究を続けたかった。もちろん僕も子供ではな
い。彼女のことを考えれば、必要のある面倒だった。
妙子はずっと黙っている。
様子を見ると、ずっと黙って窓の外を眺めていた。微動だにしない。
僕は間がもたなくなり、ラジオをつけた。流行りのメタル・ポップが流れ出す。
「お義母さん、得意料理なんだったっけ」
妙子に話を振る。
「楽しみだなあ、お義父さんの話を聞くの」
僕が心にもないことを言っているのがわかっているのか、妙子はこちらを振り向きもしない。僕は
アクセルを踏み増した。
「早く孫を作ってあげないとな」
僕が言うと、妙子の身体が痙攣するように震えた。
「そうね」
妙子の声に抑揚がない。まるで人間の声ではないようだ。
「子孫を残すことが私達の使命だわ」
「ああ。そのために我々は死に、そして生き続ける」
僕の口が勝手にそう動いた。
「生まれ変わりを為し続ける。個体に価値などはない」
さっき見た青い花のことを思い出した。あれはまるで宇宙生物のように、花の形をしていながら、ま
るで人間の目のようにも見えた。
見てはいけなかったのだ。あのネオンのような青い色が、頭の中に突き刺さっていた。
僕は何者かに操られて、車を自分の意思とは関係ない方角へ走らせた。
妙子が遂に振り向いた。その無表情な瞳はネオンのように青く輝きを浮かべ、痙攣するように動く
口が、急いで僕に行くべき場所を告げた。
「私のお母さんの得意料理は、ミツバチの巣だわ」