表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/150

49.授業と罰ゲーム

 黎冥の体調が治ってから数週間。



 現在、黎冥は一人で実験室に引き篭っている。



 食事はアヤネが運んだりするがそれも外まで取りに来るのだ。







 本人によると、思ったよりも毒性が強く揮発性が高いので毒を吸い込む可能性が高くなる会話を極力避けたいらしい。

 あとアヤネは人より体力がないので持ち堪えられるとは思わない、と。





 黎冥本人、自身への幾度にも及ぶ毒薬の投与で耐性と病弱な体を手に入れている。


 毒がある程度中和して解毒薬が完成寸前になるまでは誰も入れるな、と。






 今も理科の授業はアヤネが空き教室で行っている。







 教師が弟子と問題を起こしたため、今の校内はかなり不穏な空気だ。




 巫砢々(ふらら)も『野暮用ができた』というメモを残して以来いなくなったのでたぶんしばらく会うことはない。




 紑蝶も新たな恋人を作って海外に飛んだし、稔想は長期祈りで遠征中。

 羽鄽は海外の工学大学に出張に、兎童は慧がいなくなってから塞ぎ込んでいるし授業もやっていない。



 黎冥含め、実質三人いなくなった教師たちは大慌て。




 アヤネも黎冥の代わりになれるのは授業だけなので書類仕事は無理だ。





 緊張を楽しんでいる黎冥の馬鹿面にこの紙の山を押し付けてやりたい。







 しかも教師に関しては、こんな事件の後なので弟子との時間も大切にしろと上から指示があったそうで、皆が隈を浮かべている。



 ちなみにアヤネもせっかく薄くなった隈が濃くなっている。



 朝から夕方まで授業の準備。

 夜は大学生に教えるため大学の勉強。




 自分でもいつ寝ているか分からないほど働いていると思う。





 本職教師の人はこんな生活を送っているのだろうか。


 いや、本職の人は勉強の時間を仕事に当てているだけか。




 自分の勉強も大学の勉強も授業も黎冥の補佐もこなしているアヤネを誰か褒めてくれ。








「零、持ってきた」



 外から声を掛け、扉が開くと本から顔を上げないままお盆を渡した。




 黎冥はお礼を言いながらそれを受け取る。




「じゃあ二十分後に取りに来る」

「待て教科書閉じて行けよ」



 もう上の空の返事すらしないアヤネの肩を掴んで教科書を取り上げる。



 睨まれたが睨み返す。日常茶飯事。




「無理なら授業はいいから。お前は自分のことにだけ集中してろ」

「問題ない」

「隈酷くなってるだろ。安め」

「こんなんしてる暇があるならさっさと終わらせろ。私より教師陣が死にそうな顔してるから」



 高く掲げられた教科書を見上げ、肩に手を置いて飛んで教科書を奪うと頁を探しながら階段を駆け上がった。







 早く次の用意をしなければ。



 アヤネが校内を歩いていると、いつも通り手紙が届いた。


 一休憩挟もう。





 食堂に移って、珈琲を飲みながら一階端から二番目の席で手紙を開く。


 この時間帯は手紙を持っている子が多い。












 連続無差別殺人事件、今回で十三件目。



 まだ新聞にも載っていない、最新情報だ。


 警察の直便(直接配達便)で届けてくれたらしい。






 十三件目も被害者や現場状況の繋がりは見えてこず、ただ一つ。

 犯人の足跡が見つかったかもしれない、と。




 今回の被害者は三十代半ばの主婦。

 比較的近い場所にある水族館内の食べ歩きクレープ屋で。



 しかし今回に至ってはどこで盛られたかは不明で、一緒に来ていた友人と娘は無傷。


 クレープを持って離れた時もないし、定員が変な素振りをしている様子もなかった。




 完成してからは三人ですぐに受け取ったので犯人が接触した可能性があるならすれ違いざまだけ。







 前述した足跡は犯人のものかは分からないが、朝早くだったためその日来ていた来場者全員を調べた。



 その結果、謎の足跡が入り口から自由に進んで、被害者とは一度もすれ違わずに出口に出ている。




 足跡と友人の説明でどの時間帯でどこを通っていてもすれ違っていないことが分かった。



 被害者達は入口すぐ前の大水槽前で倒れたのでそれが原因の可能性もある。









 海底芸術水族館。

 噴水や幻想的な水槽が有名な人気の水族館。




 アヤネも昔に羽耶と霈霸(はいら)と行ったことがある。




 確か入口かからの道が三本に別れており、目の前には丸い筒状の大水槽が。


 その一角にはクレープ屋。



 三本のうち二本は水槽を左右から迂回するように伸び、残りの一本は左の真横に伸びているはず。




 被害者が大水槽の前で倒れていたということは犯人は左の道から大水槽上に続く階段を上がったということか。



 三本も結局は繋がっているが、左の道には貝やチンアナゴ、海老類が壁に埋め込まれた水槽で展示されていたはず。




 アヤネが行った時もそうだったが、多くはサメや魚がいる大水槽から行くだろう。





 犯人はそれを見越して混乱させるようわざと左に回ったか。




 あそこは赤いカーペットだが、何故か左の廊下だけ黒いゴム製っぽかったはず。

 それを両方駆使して靴を予想することは出来るだろうか。






 靴が分かったら男物か女物か分かるし、大きさ的にも幅的にも結構役に立ちそうだ。













 皆が食事を取る中で真剣に手紙とにらめっこしている。と、久しぶりの感覚が来た。




「重い」

「終わった。授業やるから片付けといて」

「終わったの!?」

「嬉しそうだな」

「なんの毒だった?」

「そっち?」

「解毒薬聞いた方がいい?」



 黎冥と行動出来るようになった事は眼中になしですか。

 そうですかそうですか。






 少々やつれたアヤネの頬をつねり、叩き落とされた手をさする。



「なんで未公開情報をお前が知らされてんだ?」

「片付け行ってきまーす。教室の場所は生咲先生に聞いてねー」

「おい待てこら」

「待てと言われて待つ馬鹿はお前だけです」





 アヤネは心做しか上機嫌で食堂を出て行き、黎冥はどこか不貞腐れたような顔をしながら生咲に聞いた教室に向かった。






 教室には全校全学年の教材が積まれており、いかに真面目で真剣に取り組んでいたかが分かる。


 まだ手を付けていない大学の授業も必死でやってくれたのだろう。



 教卓端に置かれていたノートはいつも以上に見にくいというか誰も読めない、五ミリ方眼よりも小さい文字が単語の隙間なくびっしり書かれている。


 しかも全部黒のせいでもう何も分からない。






 本人の努力の結果だとは思うがこれはやりすぎというか、ノートが可哀想になってくるというか。



 まぁ大半は黎冥のせいなので何も言うまい。





 静かにノートを閉じ、いつもと違う理科室に使いにくさを感じながらも黒板を消して次の用意をする。



 黒板にアヤネの字の跡がかなり残っている。


 たぶん数十年使われていない教室だったので掃除も大変だったろうに、黒板の上や棚の上は埃だらけだ。



 あくまでも仮なので別にいいが。









 授業の準備をしているうちに次の学年がやってきて、開口一番アヤネちゃーんと叫ぶ。が。





「残念、アヤネ先生は今日でオシマイです」

「あ黎冥先生おひさー!」

「アヤネちゃんじゃないのー!? 黎冥先生より分かりやすいよ!? 先生教師向いてないし!」

「今すぐ出てけ。評価落としてやるから」

「そういうとこぉ!」




 皆がケラケラと笑いながら中に入り、各々決まっているらしい席に座った。




 とりあえず授業は始まったがアヤネがかなり早く進めてくれていたらしいので先に雑談。話題は一つ。




「アヤネの授業はどうだっ……」

「黎冥先生より分かりやすい! 簡単! アヤネちゃんは教師になるべき!」

「アヤネちゃん字が綺麗だから黒板見やすいよ。色も使い分けてくれるし」

「先生もうちょっと研究してたら? アヤネ先生って呼びたいし」




 理科教師の座が奪われた。


 これはいつか理科教師を解任されて研究者界隈から干された時の保険がなくなる未来が見える。



 と言っても打つ手なしだが。





「そんな分かりやすいなら俺も受けてみようかな……」

「そう! 先生アヤネちゃんに授業の授業受けたらいいじゃん!」

「アヤネ先生の授業受けて授業の意味理解してよ〜」

「先生の普通が高すぎるって自覚しよ!」




 皆に総出で賛成されたので楽しみにアヤネを待っていると、アヤネは小瓶を二つ持って戻ってきた。






「零忘れ物ーっと……何やってんの? 授業は? まさか私に任せる気じゃないよね。終わったんですよね、黎冥先生?」



 教卓にそれぞれ白い粉末と透明な液体が入った小瓶を置き、凄みのある笑みで笑って首を傾げた。



 皆が恐る恐る顔を見合わせる。





「皆に授業の授業受けろって言われて。俺授業出来ないんだけど」

「先生が言ったんでしょ! 私たちのせいにしないで!」

「先生が受けてみようかなって言ったんだろ! 責任転嫁反対!」

「うーそーつーきーにーはーばーつーげぇ〜む〜」

「始めるから邪魔すんな」

「終わったら覚えとけよ」





 アヤネは小瓶を棚に片付けると教室を出て行き、黎冥は生徒皆と視線を通わせる。



「先生……私たちはないよね……?」

「いや……冗談……」

「零〜? 一から十四」



 これはあれだ。三以下と十以上を選んだら死ぬやつだ。



「七!」

「了解三ね」

「なーなー!」

「何十七がいいって? ちょっと無理かな」

「そんなんあったら俺が作ってるわ! 七!」

「つまんねぇ回答しやがって」




 つまらないかもしれないが命には変えられない。







 アヤネは舌打ちをすると実験室に降り、ビーカーに飲水を入れた。

 あと真っ青の食用着色料も。





 デナトニウム。世界一苦い物質で有名。


 本当はマイクロスパーテルと呼ばれる耳かきのような極小薬さじ一杯を浴槽一杯分に溶かし、それを舐めると舌が二、三日馬鹿になるような劇薬なのだが。




 まぁ、一杯入れちゃえ。



 それをそのままかき混ぜ、証拠のためpHを測る。もちろん七。




 いそいそと薬品を片付けてから紙コップに等分注ぎ、余りを零の紙コップに全部入れた。



 計六つを両手で持って教室に戻る。





 黎冥は意地でも触れないようなのでこちらも気を使ってあえて声はかけない。




 一人ずつ目の前に紙コップを置き、最後教卓にも置くと静かに端の椅子に座った。







 初めの雑談のせいでかなり授業は短かったがまぁいいだろう。




「じゃあ終わりー。かいさ……」

「ちゃーんと罰ゲームは受けようね」

「なんか……青いんですけど……」

「ちゃんと七だよ」

「やっぱpHよな?」

「当たり前」



 試験紙を丸めてゴミ箱に捨て、手を叩いた。




「はいせーの!」




 皆が一気飲みしたところで教室を出て扉を閉めた。




「アヤネ……!? お前……デナトニウム……言ってないのに……!」

「全知全能のアヤネ様を見くびるなよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ