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46.作戦

「作戦と言っても大層なものじゃないよ」




 会議室の机に腰掛けた巫砢々(ふらら)は、自らが即興で書いた事務室の縮図を指さす。



 元々助けるつもりでいたため細部まで記憶している。








 まず、事務室があるのが突き当たりの一番奥。


 扉の外の両側には裏に続く道があり、三人はそちらに隠れる。



 いかなる時でも、相手を油断させるのは必須。





 その後、巫砢々がいつも通り慧と話しながら中に入る。



 慧の機嫌は不安定で、約一時間から二時間ごとにコロコロ変わるのでなんとも言えない。が、一度は黎冥に手を出すと思う。



 見つかる危険が高い時に上機嫌になる奴はかなりの被虐愛者だが慧は普通なので機嫌は悪くなる。気がする。

 直感は大事。




 扉は閉めないので慧が黎冥に手を上げ、一瞬気が緩んだ隙に稔想が慧を行動不能に。


 その間にアヤネが黎冥の縄を解く。







「委、早津、奪がいた場合は?」

「あー……殴っちゃえ」

「適当すぎ」

「いいわよ、私が抑えられるわ。十八の子供でしょ」

「じゃあ紑蝶君に一任」




 黎冥がこちらの手に渡れば形勢はこちらが有利になる。




 後は吐かせるなり捕まえるなり煮るなり焼くなり好きにすればいい。





「神來社は何もいらないの? 私達だけに利益があるなんておかしいと思うけど」

「ふびょうど……」

「それで貴方が動くとは思えないってことよ。人を裏切る奴が理由(わけ)もなく動く場合はこっちが利用されてる可能性が高いもの」





 多くの男を騙し、自分の身を守ってきた紑蝶だからこその着眼点かもしれない。



 巫砢々は口元に手を当て、小さく首を傾げる。




「私は人を騙せるが紑蝶君とアヤネだけは無理だ。騙しに関しては紑蝶君の方が上だしアヤネは騙されないよう育てているからね」

「だから何? 私は騙せません。だから裏切りません。だって騙せませんから。で? それが嘘だった場合どうなるの? 貴方一人が死んだとしてこっちの不利益が全てなくなるわけないでしょ? 分かってて言ってんのよね?」




 黎冥家長女はかなり頭が切れると噂では聞いていたが、これは思った以上だ。


 言葉では当たり前のことしか言っていないのに、その視線が人の嘘を見破る目をしている。




 相手の目を見つめて、目の動きも瞳孔の大きさも、瞬きの回数も。


 相手への罪悪感と圧で目を逸らさせず嘘を吐かせない。


 これが嫡男だったら黎冥家を取り込もうと騙す奴らは全員落とされていただろうな。






 巫砢々は罪悪感を感じるタチではないので問題ないが。


 嘘をつく意味もないので目は逸らさない。




「裏切らないさ。今は共通の敵がいるだろう?」

「……アヤネとるいに危険を及ぼす奴は全員敵ってこと?」

「まぁ、殺そうとする奴はね」




 でも人生にも多少の試練は必要だ。

 ただの誘拐や盗難ならわざわざ手は出さないし姿も現さない。




 だが今回は訳が違う。



 慧はアヤネに明確な殺意を抱いているしアヤネを誘き出すためなら黎冥を殺す手立ても考えている。


 加えて黎冥は体調不良で命の危険があると言う。





 それに、巫砢々と()との契約を利用された。

 代償を、後始末を、罰を受けるのは誰だと思っている。



 大切なものを傷付けるのは許さないが、今回は自分の領域に入ってこられたことが不快で仕方がない。



 もし今回の被害者がアヤネ達ではなかったら、利用された時点で即殺す。









「誘拐や盗難程度ならただの試練としていいんだけど。確かな殺意は人を狂わせるだろう? だから協力した。これ以上大切なものを奪われたくはないのでね」

「……そ。貴方の中で区切りがあるなら口出しはしないわ。弟を助けるって言ってもらえるんだもの」

「優しい姉だ」


















 紑蝶は肩を押さえてうずくまる慧の腕を掴みながら背中に座り、稔想は慧の口にガムテープを貼った。




 アヤネは黎冥の背をさすり、とりあえず咳が止まらないので刺激薬を吸わせた。



 今は縄より薬。





「稔想、縄解いて慧に付けて」

「はぁい」




 黎冥に液体の解熱剤と抗生物質を飲ませてから、水を飲ませる。


 意識がほとんどないのでかなり危険な気がするが、本人の意思で飲んでいるのでたぶん大丈夫。




「足は?」

「腕縛っときゃ暴れられないから」




 滅茶苦茶に暴れるにも体幹が必要だが、腕が縛られているなら平均的な体幹の慧なら問題ないはず。


 問題あっても紑蝶と稔想がいるは限り問題はない。






「さて、にん……」



 アヤネがさっさと帰ろうとした時、上から足音が聞こえた。



 奥の階段付近からだ。




 荷物を片付け、巫砢々に渡す。




「慧せんせ……。……ちょっと委!? 来てんだけど!?」

「なんだ、遅かったね〜」




 階段の上から顔を出した委は皆に手を振り、奪は黎冥を支える巫砢々と二人の前に立つアヤネに目を付けた。




「裏切ったの、神來社」

「元々仲間ではないな」

「ここまで計画したくせに?」

「初めから黎冥君とアヤネが目的と知っていたら協力はしなかったよ。知った時点で裏切っても良かったけどそれより皆に信頼されたかったからね」




 そんなことを言いながら稔想に黎冥を預けた。



 この子達ならアヤネと紑蝶がいれば十分だ。





「父さん、早津は?」

「早津なら上にいるわよ。動かないけど」

「死んでないよー。気絶してるだけ」




 仲間割れか。


 元々黎冥大好きで、委に感化されてアヤネ嫌いになったのでそこの感覚のズレが生じた結果かもしれない。

 別にどうでもいいが。





「委、あんた女の方やりなさい」

「君勝てんの?」

「骨折ればいいんでしょ」

「中心狙いなよ」




 つまりかわすよりも流して相手の後ろを突いた方がいい、と。


 柔道、躰道、相生道、新体道が同時に見られるなどかなり貴重な場面ではないだろうか。




 アヤネはあくまでも護身術で相生道を、委は新体道を殺す気で、紑蝶も躰道を同じく殺す気で、奪も柔道を同じく殺意を剥き出しに。



 アヤネ以外殺伐とした雰囲気で蹴り殴りを繰り返しては流し、流しては蹴り殴り、を繰り返す。








「げほっ…………な、ん……」

「あ、兄さん気ぃ付いた? 大丈夫?」

「……おろせ……」

「じっとしときぃな」

「おろせ」



 黎冥を壁付近に下ろして、水を飲ませる。





「……アヤネつよ」

「非力やのになぁ」

「あとの三人殺意高すぎだろ」

()る気やなぁ……」



 黎冥は稔想からケースを受け取ると、少し配置の変わったケースを漁ってそこの隠しファスナーを開けた。





 自作劇薬漢方。


 二、三日味覚が狂うが上薬で作った最高品質の漢方だ。不味いが。



 効果が強く、副作用が弱い。

 それが上薬のはずなのに二、三日味覚は狂うし、効果が切れた後に重症化する場合がある。



 もし本当に緊急で治したいなら抗生物質との同時摂取を数日間続けることを勧めるが、今回は短期でいいので一度だけ。

 抗生物質は飲んだしどうせすぐ治るだろう。





 袋に入った散剤を口に入れ、ほとんど空いていない喉で無理やり流し込む。

 と、咳き込み始めた。



「兄さん……!」

「げほっ……げほっ……!」




 止まらないので慌てて刺激薬を吸入し、刺激薬の凄さを身をもって体感し感動する。




「はー死にそう……」

「大丈夫……?」

「問題ない」

「あるやろ!?」

「害がなければないと同等」




 そんなことを言いながら薬を片付けていると、ふと棒立ちで突っ立っている人に気が付いた。


 気配も違和感もなかったので何も気にしていなかったが、なんかいる。





「神來社じゃん」

「気付いた割には平然と……」

「慧と一緒に行動してたし。何、仲間割れ?」

「愛娘と黎冥君が命の危険ならいつでも駆けつけるよ〜」

「駆けつけるなら予防して下さい」

「ほら、試練が必要だしさ」

「必要と言うなら口を出さないで下さい。中途半端な区切りが一番面倒臭い」




 アタッシュケースを閉め、裏側を開けた。



 本当に緊急時用なので長袖長ズボンのジャージが一着だけ入っている。




 その上を羽織って、半袖を整える。




「嫌な違和感」

「見た目変じゃないで」

「そりゃ薄いからな」



 体調不良でも毒舌は健在か。






 下はいつも通り黒のトレンカだし、上はジャージだし下もジャージだし。


 一人だけかなり場違いな気がするがそんなことは言っていられないので我慢。




「……先帰っていい?」

「た、ぶん……」

「アヤネ! 黎冥君だけ帰らすよ!」

「はよ帰って寝ろ! 給料上乗せ!」

「がめつ……」

「無理ならここで死ね」

「お前も殺意高ぇな……」





 稔想に付き添われフラフラのまま工場を出て行く。





 アヤネは黎冥が咳き込み始めたところで気を取られて頬に一発食らっている。



 右肩が思ったように動かなくなってきた。

 あの痣のせいかもしれない。


 早くお祓いに行っておけばよかった。




 アヤネが筋力の限界で少し押され掛けていると、委を抑えた紑蝶がアヤネを飛び越えて奪に飛び蹴りをした。


 脚力どうなってんの。





「アヤネ、大丈夫?」

「眼鏡ないからまともに見えてないんだよね。助かりました」

「これどうする?」




 顔面直撃で失神した奪、弱点が集中した顎を蹴られて呼吸困難になっている委、座って傍観している慧。




「放置でいいんじゃない? どうせ零が帰ったから神守が来るだろうし」

「じゃあ帰ろうか!」





 紑蝶は拳を突き上げ、アヤネは口元の血を拭いながら出て行った。




 二人が校内に入ったのを見て、慧の向かいにしゃがみテープを剥がす。




「っ……! 最初からはめる気でいたのか! 私たちを利用したな!?」

「いやぁ使い始めたのは被害者が黎冥君になるって知ってからだよ。あと利用したんじゃない。君らに利用するほどの価値はないからね」



 張り付いてしまったガムテープを伸ばしながら、また慧の頬に貼った。



 慧は苛立たしそうに巫砢々を睨む。




「何故そこまで黎冥君とアヤネを恨むのか理由(わけ)を聞こうか」

「……黎冥のせいで私はいつも見劣りしてきた。それにあの弟子。あの二人のせいで、私も私の弟子達も馬鹿にされる。ただ同じ歳と、同じ学校と言うだけで! 黒と赤ならその差は当たり前だろう!? それを他人は出来損ないだの選ばれなかっただの……!……だから黎冥をさらって弟子の前で死んでもらおうと思って。弟子は殺さない。一生トラウマを背負って生きたらいい」




 巫砢々はそれを聞くと、仕方なしに顔を逸らす慧の頬を掴んでこちらに向けさせた。



 目が合った瞬間、血の気が引いて思わず後ずさろうと足を動かす。




「私の子供達のことを二度と口にするな。お前が口にしていいほど安い人材じゃない」




 テープを貼って慧を後ろに突き飛ばし、内ポケットから刻みたばこの詰まった煙管とマッチを取り出した。




「裏切るのは君だけじゃないんだよ。……幸運を祈る」




 煙管に火を付けたマッチを床に落とし、地面に灰を落とすと子供達の元へ戻った。

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