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45.決行

「まず、行く人を決めようか。さすがに全員は無理だからね」





 突然現れた神來社(からいと)巫砢々(ふらら)と暴走気味な巫砢々を牽制する娘のアヤネが中心となり、黎冥奪還準備を進める。



 このまま突撃しても人質を取られたらお終いだ。


 目標は黎冥を無傷で助けること。

 無傷が重要。






「相手の狙いのアヤネは決定。武力も欲しいから稔想君と紑蝶君もね。んで……」

「足りないのは?」

「相手に乗って利用する方法。覚えてないかな?」

「拳銃の法則だっけ」



 拳銃本体は事件の事柄。

 弾は相手の狙い。


 あと必要なのは

 弾が回転する力

 行動の開始を知らせる引き金

 全てを準備する撃鉄(ハンマー)




 事柄は誘拐

 弾はアヤネ


 回転力に関しては武力担当

 引き金は囮のアヤネか巫砢々。

 撃鉄は作戦担当の巫砢々。




 人数は最小限で、最高品質で。




「どんな教育してんの……」

「一般家庭とは違うっつったろ」

「思ってた種類が違うわ。もう根本的にちゃうやん」

「まぁ根本になる親がこんなだからね」




 自分で言うあたり自覚症状ありか。


 自覚はするけど自重はしない。



 嫌なところまで似てしまった。





「じゃあ武力は稔想と紑蝶と父さんでいいじゃん」

「私か!」

「ここに置いてってあんたの言う愛娘と一方的に親友と思ってる子がいない間になんかされたら神様が黙ってないんで。向こうでなんかやった場合も最悪神様下ろせばどうにでもなる」

「神様降ろすの難しいよぉ?」

「これの情報はなしか。まぁいいから」




 アヤネが神を容易に降ろすことが出来るのは知らないのか、知っていて遊んでいるのか、まだ敵だから知らないフリをしているのか。






 アヤネは手を払うように動かして次に進めさせる。





「これが行くんやったら俺ら行く意味ないやん。兄さんより強いで?」

「別に待っててもいいけど」

「いや行くけど! 行くけど棒立ちで見てんの嫌や!」

「どうせ零運ばなきゃだから男手はいるよ」

「私が運ぶつもりだったんだが!」

「却下」





 巫砢々に代わってアヤネが指揮を取り始め、巫砢々の情報で慧の作戦を聞き出す。






 建物や人数は分かるが黎冥本人の状態は分からないそうで、倒れたまま縛られているのか椅子に座らされたまま体調不良で動けないのか。





「慧さんが縛ってんでしょ」

「たぶんね」



 なら何もない地べたに放置の可能性が高い。



 椅子なら摩擦で切られる可能性がある。

 黎冥も慧も分かっていて、慧は黎冥が動くことも分かっているだろう。





「……組編とかは使われてないよね?」

「あれは他人には使わせないさ」

「てか親友と思ってんなら殺そうとすんなよ」

「いや死ぬ前に組編が切れる予定だったんだよ? まさか死の女神が降りてくるなんてさ」

「ここで学んだんじゃないんかい……」




 組編、編縄が切れるのは腐蝕に巻き込まれた時かその力が強すぎ時だけ。


 神石が開放された状態で組編を閉め、その時に縄が切れなかったのならその縄は神石で切れることはない。

 編縄なら腐蝕の可能性があるが、組編は外的な腐蝕がない限り切れない。




 黎冥が中てられたのも、身に合わない圧を直の、他に逃げる場所がないまま長時間受け続けたからだ。






 本で成績は優秀だった書いてあったが、その当時の基準が低すぎたのか。


 ただ本人の苦手分野か、歳で忘れただけか。






「使ってないならいいや。今から行けるの?」

「もちろんもちろん。命の危険があるならすぐにでも」

「……父さん一人で助けたら早い話なんだけど」

「安全がない地帯に踏み込む気はない」




 黎冥を助けるため手を組んで身の保身を。

 何もせずに接触したのなら何かしたと思われるため、潔白を示す証拠にも。




 臆病なだけか、心配性か、ただの人間性か。





「いいよ、人を利用するのが得意分野だって言ってたし」

「酷い言いようだなぁ!?」

「自分で言ってたんでしょ」

「父さんは人の裏をかくのが得意って」

「同意義」




 アヤネは楽しそうに見下ろしてくる稔想を奇妙なものを見る目で見上げ、しかし何も言わずに会議室を出て行った。









「神來社、貴方終わった瞬間か、今すぐに捕まるとか思わないの」

「娘が築いた信頼と緊急性が相まれば皆私の事など視界にも入らないだろう。紑蝶君、君なら分かるだろう? 最も強い立場は物語の王様じゃない。それを操る傀儡師であり、傀儡師に影響を与える人物こそが最高にして最強だ」

「貴方は傀儡師に見向きもされない古びた人形ってこと理解しなさい」




 腕を組んで威圧的に見下ろす紑蝶と、机に腰掛けて余裕そうに煽る巫砢々。






 二人が睨み合い、皆がおろおろと顔を見合わせていると何か荷物を持ったアヤネが戻ってきた。



 小さめの白いアタッシュケースと、いくつかの道具。






「アヤネちゃんなんそれ?」

「たぶん死にかけてるから向こうで応急処置だけ終わらせる。向こうで抗生物質と解熱剤飲ませたら帰ってくる頃にはマシになってるだろうからその間に点滴と食事の準備して眠りに付けたら上々。眠れなくてもストレスで寝るだろうし」




 アタッシュケースに数種の薬と水を入れる。




 このケースは黎冥が緊急時に持っていく用のものだ。


 もし必要な薬がなかったり緊急で行く時があればこれを使えと、一番初めに教えられていた。



 こんな時に初使用するのは嫌だが変な意地を張ってはいられないので仕方なし。





 薬だけでなく、点滴や羽鄽作のガートル台、怪我の手当道具。なんなら何故かメスや施術道具も一式入っていたり。






「相変わらず準備周到だねぇ黎冥君は。アヤネも教えてもらったのか」

「父さん持って行って」

「無視?」

「教えてはもらってない。全部必要知識」

「私が持っていてもいいのかな? ずいぶん信頼されているようだけど裏切る可能性は?」




 差し出されたアタッシュケースを受け取りながらアヤネを見ると、アヤネは若かりし彼女の得意そうな、不敵な、どこから来るか分からない自信に満ちた笑顔を浮かべた。



「裏切る必要性があるなら初めから来てないでしょ。こんな必要時に重大な話は出さない」

「……よく似たもんだ」

「娘ですから」




 アヤネの頭に手を置き、昔のように優しく大事そうに撫でる。


 と、払われた。




「えぇ……!?」

「触らないでほしい」

「冷たい! 氷より冷たい!」

「はよ行け」



 アヤネは巫砢々の足を蹴りながら部屋から追い出し、稔想と紑蝶は小さく笑いながら二人を追い掛けた。
















 黎冥がいるのはとある工場地帯の一角。

 今はもう使われていない廃工場の事務所内。




 校内迷路を使えば案外すぐに辿り着ける場所だ。


 ただ、そこに行くまでの迷路で時間がかかる。




 校内移動時間約四十分。

 ちなみに外から行くと二時間半。







 この辺りにも寮があるようで、引き戸が幾つかある。

 どこにもドアノブは付いていないが。





「こっちだよ」

「兄さんこれ全部記憶してるんか……」

「てかこの学校って端っこあんの?」

「あるわよ。るいが一回行ってるもの。一週間後に帰ってきたわ」




 迷ってか、迷わず直進でか、寄り道ありでか。

 今度聞いてみよう。




 暇があったら行って地図でも描こうか。






「アヤネ、行けるか」

「いつでも」




 四人で学校から出ると、外はもう日が落ちかけた夕方だった。



 西日が目に染み、皆が顔を逸らす。





 まだ使われている工場もあるのだろうか。

 密集した工場のうちのいくつからか煙が出ている。




 巫砢々はアヤネの肩を叩き、右の突き当たりにある木の両開き扉を指さした。



 アヤネと、それに気付いた稔想と紑蝶もつられてそちらを見る。





「あそこだよ」

「じゃあ父さん。信じてるから」

「信じられても困るなぁ」

「裏切ったら娘と一方的に親友と思ってる黎冥に罵倒されると思っときなよ」

「……気を付けます」




 巫砢々はそんな精神が強い方ではない。



 それは本人も自覚して、自覚したからこそ自分の有利な作戦を立てるが、同じ技量の人間が目の前にいれば調子も狂うというもの。





 おとなしく頷き、三人が両端の道に隠れたのを確認してから扉に手を掛けた。









神來社(からいと)さん」




 久しぶりの協力で緊張しているのかもしれない。いや、娘とだからか。



 自らが重荷を乗せた子に会うからかもしれない。






 取っ手を握った手が強ばったように震え、それでも平然とゆっくり振り返る。






「慧君。調子はどうかな」



 初めて見た、煙草を吸っている慧は腕を組んだまま巫砢々に手を振る。



「順調ですよ。……その手のものは?」

「貢ぎ物だよ。皆からのね」

「また信者からのですか。今度は何を?」

「見てからのお楽しみ」




 慧が傍に来てから扉を開け、中に倒れる人物を見下ろす。





 両腕だけを縛られ、それでも体調不良で動けずにうずくまって酸欠で衰弱状態。



 摂る栄養よりも使われる栄養の方が多く、顔の血色は失せて異音が耳に響く。




「これじゃあ死ぬよ」

「構いません。もうただでは済みませんから。……貴方こそいいんですか。お気に入りの娘の師匠でしょう?」

「いいよ。……一度は捨てた子だからね」





 ケースを置いて黎冥の傍にしゃがみ、乾燥した頬に指を滑らせ髪を耳にかけた。


 相変わらずの色男め。





 僅かな息をすると同時に咳き込み始め、身を縮めて必死に酸素を求める。





「道徳心がやられるなぁ」

「そんなもの、とっくに捨てたかと思っていましたが」

「まさかまさか。ちゃんと妻も皆も労わってるよ」

「口だけならなんとでも」





 慧は咳き込み、異音の種が変わった黎冥の腹を蹴り、こめかみを巫砢々の手諸共踏みつけようとした。





 作戦開始。

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