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44.不可能犯罪

 こいつ、本当に誘拐が多い。




 何回誘拐されれば気が済むのだ。

 てかまさか誘拐されるのが趣味な被虐性愛者ではあるまい。




 綺麗にもぬけの殻になったベッドに足を置き、一体どういうことか思考を巡らせる。








 黎冥は三十八度の高熱。

 栄養状態も非常に悪く、前回のように自ら歩かせることは不可能なので第三者が自ら動かすしかない。


 それでもそんなこと、アヤネがコーヒーを飲むために降りた五分から十分の間には無理だ。




 怪しいものは何もなかったし、何より鍵が掛かっていた。


 アヤネはちゃんと開けて入ったしこじ開けられた様子もない。




 ピッキングは非常に細かい作業なので、それこそ黎冥のような知能と器用さがないと無理だ。



 それか、唯一可能性がある人として慧が挙げられるが慧は先ほどまでアヤネと話していたのでアリバイあり。






 これは不可能犯罪ではないだろうか。


 一人で起き上がるのも困難だった黎冥をどうやって窓もない部屋から連れ出したか。






 黎冥のベッドに座り、横に倒れてこの状態から引っ張るのは無理だし、そもそも鍵も音も人目もあるよなぁと。



 喉がやられて声が出せなかったのは仕方ないとして、早く見つけないと状況によっては命が危ない。



 脱水と栄養失調、呼吸困難や感染症、細菌等は常に死と隣り合わせだ。

 今の黎冥なら尚更。






 仰向けに寝返りを打つ。



 と同時に、天井に奇妙なものを見つけた。




 先日、アヤネが屋敷の掃除から帰ってきた日。


 その日にはなかった、天井の引っ掻き傷のようなもの。





 ベッドに上に立って、頑張ってつま先立ちで天井に手を伸ばす。




「にいさーん!……っと、何やっとんの」



 いつも通り満面の笑み出やってきた稔想が怪訝そうな顔で謎の動きをしているアヤネを睨み、アヤネが乗っている無人のベッドを見下ろす。




「あれ、トイレ?」

「ううん。消えた」

「……ん?」

「ねぇ上にあげて」

「ん……!?」




 理解が出来ないままとりあえずアヤネの言う通りにアヤネを抱き上げる。



 ベッドに乗ってアヤネを抱き上げると、アヤネは見事な体幹で仰け反ったまま天井に触れて爪跡を見る。





 ささくれが反っており、まだ固く張りがある。


 古びて白く繊維ばったものとは違う、新しい証拠。






「下ろしていいよー」

「消えたってどういうこと? え? 聞き間違い?」

「いや、不可能犯罪。また誘拐された」

「またぁ!?」

「立場上しょうがないかもしれんけど今回は体調崩してるし朝から熱上がってるからちょっとまずい」

「兄さん……!」





 稔想が皆に知らせに行く間、寮の鍵が閉まっているのを確認してから、左右にほぼ無限に伸びている廊下を歩き始めた。

 まずは右から。






 歩けど歩けど全く終わる気配がなく、だんだん薄気味悪くなってきたので踵を返して帰ろうとした瞬間。













「姉さん! また兄さん誘拐された!」




 客室で優雅に紅茶片手に遊ぶ紑蝶に怒鳴る並に声を張ってそう言った。



「……は? あんた何言ってんの。馬鹿も程々にしなさいよ」



 怪訝な様子で興味なさそうに振り返った顔を戻す。



「ほんまやって! いいひんくなってん!」

「アヤネは?」

「今手がかり探してる」




 アヤネの状況を聞いてようやく信じたのか、唖然とした様子のリリスとやっていたトランプを床に落とした。





「はぁ……!? 誘拐って、誰!? まさか神來社(からいと)!?」

「わ、分からん。アヤネちゃんはなんか天井見とったけど……」

「アヤネは!?」

「だから手がかり探しとるって!」

「場所聞いてんのアホ!」

「兄さんの部屋しかないやろ馬鹿!」





 殴られた稔想は頭を擦りながら、唖然としているリリスとスヒェナ、飯遜(ハンソン)とシュルトにも一礼してから紑蝶を追い掛ける。




 後ろから皆も付いてきて、皆で階段を駆け上がった。






「ねぇ……アヤネは……?」

「えおらんの……?」



 ドアノブに手を掛けたが鍵が掛かっており、隣も反対隣もいない。


 まさか、いやまさかまさか。



 そんな二人同時だなんて。





 稔想と紑蝶が顔を見合わせ、リリスが不安と恐怖でスヒェナの服を掴んだ時。





 奥から、アヤネの初めて聞く叫び声が聞こえてきた。




 驚くものから次第に疑問の叫びに変わっていき、右の通路から全力疾走してきたアヤネは安堵する稔想たちを置いて何故かシュルトの後ろに隠れた。




 たぶん、この中で一番安全だと思ったのだろう。

 実際どうかは知らないが。





「あ、アヤネ様……」

「ごめんなさい! ごめんなさいですけどそんなことより!」



 右奥を指さしたアヤネの頭に手を置きながら指の先を見ると、ゆっくりと歩いてくる痩せみの中年男性が一人。



 痩せているのに筋肉はしっかり付いていて、皆がリリスやアヤネを庇い、黎冥二人は警戒して片足を半歩引く。






「なんで……! なんで父さんがここに……!?」

「アヤネ〜、大きくなっ……」

「神來社! なぜお前がここにいる!? どこから入った!」

「……親子の再会を邪魔しないで頂きたい、リトル・ルルべリア」

「答えよ」

「答えよと言われてもここには南校のような正面入口がない。強いて言うなら……アヤネがいつも使っている入口、かな?」




 皆がアヤネを見て、何も知らないアヤネはぶんぶんと首を横に振る。




 普段なら絶対に見せない焦りと動揺具合。





「あぁアヤネと入ったわけじゃないよ。一人でね」

「何をしに来た……! 黎冥をさらったのもお前の仕業か……!?」

「いやぁ、愛娘の師匠には手を出さんよ。私はね」




 どこかアヤネと似た雰囲気のある、優しく微笑むが全てを脳に焼き付けるような雰囲気。


 糸目の奥には嘘を見抜く真実の眼が。

 その口からは他人が想像しないような仮説と確率が述べられ、

 その体の細さからは想像もつかないような優れた体術で相手を圧倒する。




 そんな男が放つ不思議な雰囲気が、いきなり鼓膜が裂けそうなほど張り詰めた雰囲気と言うか圧に変わった。





「裏切り者に気付いた者はいるかな。ずっと彼と一緒にいた子だ」




 皆がそれぞれ黎冥と幼少の頃から一緒にいた人を見上げ、即座にバラける。



 アヤネはリリスの手を引くと、神來社から守るように背に回した。



 シュルトもアヤネをなるべく安全な地に移動させる。




 姉弟の紑蝶と稔想も

 黒で関わりがあったシュルトも

 黎冥が名付け親なのではないかと言われているリリスも

 最も親しいアヤネも。




 皆が警戒していると、アヤネは少し視線を鋭くした。





「慧さんだ」

「どうしてかな?」

「同級生でずっと一緒にいた。オマケに今の校内にはいないし弟子の三人も怪しい。零に警戒されずに近付ける」

「彼女がどうやって拉致したと思う? 細身の女性だよ?」

「そんなん知らん」



 でも父さんが何の疑問も持たずに細身の女性と答えた。



 わざわざ先生と言う職業を隠してまで呼んだのに、性別はともかく体型まで当てられるはずがない。



 父さんは中は何も知らないはずなのだが、今回の計画を練っていた慧だけは知っていた。

 何か関わりがあって、目を付けていたから。




「素晴らしい。満点回答だ」

「で、なんで父さんと関係あんの?」

「ふむ……まぁバレても問題ないし話してあげよう。私と慧は一年ほど前から手を組んでいてね」





 手を組んでいて、慧は黎冥を蹴落す計画を、特に目標もなかった巫砢々(ふらら)は彼女を手伝う代わり、アヤネの近状報告を頼んだ。



 別に人一人蹴落とすぐらい雑作ない。


 恥をかかせて汚点を作って自分を引き立たせたら終わり。




 汚点がなければ作ればいいし、恥など人間穴だらけなのだから好きにかかせられる。





 でも計画を練っていたある日、黎冥の近状について聞く機会があった。



 幼い頃は知っていれど今は知らない。



 初夏になる前ぐらいだっただろうか。



 今、黎冥はアヤネの師匠でアヤネは一から黎冥に教わっていると言う。


 あの幼かった黎冥圜鑒が、自分の愛娘を。




 なんとも言えない嬉しさとともに、この二人を邪魔する慧をこのままにしておいていいのだろうか。

 そんな疑問が浮かび、ふと思い付いた。


 慧を捨てて黎冥側に付けば黎冥とも会えるしアヤネと再会も出来る。いい事づくめの楽園なのでは、と。






 愛娘と、一方的に親友だと思っている子が手と手をとって助け合う姿を眺められる。

 至福のひとときどころか人生最高潮の日だ。




 なので、慧を裏切って二人を助ける。




「それだけ」

「……ずいぶんゲスいお考えのことで」

「アヤネも黎冥君いいと思うでしょ〜?」

「え……いや……どうかな……」




 明らかくっつかせるのが目的の父にいきなりそんなことを言われ、うんとても良い人だよと、そんな従順な答えを出す人はいないと思う。

 少なくともアヤネは無理。





 顔を引きつらせてはぐらかすと、巫砢々は眉を上げて腰を折った。




「おや、ソリがあわないかな? 似た者同士は喧嘩するって言うけどそれかな?」

「いやぁ…………ねぇ…………うん……そうなんじゃない…………?」



 巫砢々は驚いたように叫び、アヤネは見慣れたはずの父の奇行に顔の引きつりを抑えられない。




 幼い頃はこれが父なのだと理解して笑ってながせたが、今思うと何これ何見せられてんの、と疑問が邪魔して顔が引きつる。




「……神來社、お前賞金首だと自覚していないのか」

「賞金首? あぁ何百億のやつ? そんなんに目を眩ませる奴らにバレる気はないしここにいる全員にいっぺんに襲われても対処出来る。試してやろか」

「そんなんより零……。……黎冥早く取り返したいんだけど。あれ今高熱出して倒れてんの」

「……ほんとぉ?」

「嘘もほんとぉ」





 巫砢々は目を丸くし、早足でアヤネの方に歩いてくると肩を掴んだ。



 アヤネは思わず後ずさる。




「看病したかい」

「うん……?」

「お粥作ってあげたんだ?」

「何の話してんの?」




 素の疑問を口に出せば、巫砢々は横に一歩ズレてリリスの前にしゃがんだ。



 制服っぽいローブが床を引きずる。




「初めましてリトル・ルルべリア。ご両親の事故は聞いてるよ。辛かったろう」

「なんっ……! 何故お前に慰められなければならない……!?」

「私も事故で両親を亡くした。幼いながらに一人になった君とは少し境遇が似ていてね。同情と言えば皮肉っぽくなってしまうが、その気持ちの一共感者として挨拶をね」




 物静かな、けれど温かくつっかえのない声でそう言いながらリリスに静かに手を差し出した。



 瞬間、スヒェナがリリスを庇ってシュルトが巫砢々の肩に足を乗せる。




「事故は公表されていないはずだ。何故知っている?」

「いやぁ立場上どんな情報でも入ってくるよ? あぁあと事故で親が死んだのは嘘ね。ただの強盗に襲われただけ」

「父さん、自慢は興味ないから早く行動に移して? 別にいなくても見つけることは出来るからね?」







 娘強っ……

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