表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/150

41.逃げ込んだ先で

 黎冥が姉弟に連れ出されてアヤネがベッドで眠った後のこと。




 少しの騒がしさで起きたアヤネは髪を整え、騒がしい下に降りる。





 夜中の一時。

 黎冥はまだ帰って来なさそうだ。








 騒がしかったのは、いつもアヤネが使う入口ではない方。






 実験室に続く階段を降りずにそのまま真っ直ぐ行って、道なりに突き当たりを右に曲がった先。




「アヤネちゃん! 黎冥先生は……」

「留守ですよ。どうかしたんですか」

「は、ハクサ様が……!」






 ほぼ私服の皆が避けて道を作り、アヤネの前に現れたのは顔面に殴られた痕があるレチェット。





 頭から血を流し、ぐったりした様子で気絶して壁に寄りかかっている。






戸永(となが)さんは?」

「戸永さんは住み込みじゃないから夜は……いつも黎冥先生が代わりで……」




 そんな人もいるらしい。


 毎朝通勤型。

 初めて聞いた。


 つまり力持ちということか。今はどうでもいい。





「さてと……誰か秒針付きの時計貸してもらえませんか」

「あ、私で良かったら……」

「ありがとうございます」





 兎童から時計を受け取り、向きを正しい方に変える。


 レチェットの前にしゃがみ、手首に触れると脈拍数を測り、口元に手をかざして呼吸に異常がないかも調べる。




 指に触れて一分間、足先に一分間、首筋、腕等に触れて痙攣がないかを確認。






「彼女が来てからどれほど?」

「えっと……三分か四分前ぐらいに来た時にはもうここにいて……夜間見回りが私だったから……」



 いつからこの状態かは分からないということか。






 アヤネはレチェットの唇に触れ、下まぶたや爪を見て健康状態を確認する。





 重軽度は分からないが、唇の乾燥、下まぶたの白さ、爪にバラつきはあれど縦横の線と反った爪。




 貧血、栄養不足、目元の隈を見るに寝不足やストレスもか。






「担架ってありますか? なるべく動かしたくないんですけど」

「あ、分かるわ!」

「お願いします。あ、時計お返しします」






 兎童に時計を返して、妙にやる気の兎童を見送ってからレチェットに何度か声を掛けた。


 やはり反応がない。






 脳震盪を起こした場合、五分以上の気絶は重度症状となる。

 専門医の診察が必須になってくるが、ここは今医療関係者が見事に出払っているので、それまでに応急処置を済ませておきたい。






 本当は点滴も刺した方が良いに良いのだろうが、アヤネはそんな医療技術を鍛えられているというわけではないし、傷害罪で訴えられたくない。


 脳震盪で意識障害を起こした場合、起きて十分は嘔吐と窒息の可能性から水を与えるのは望まれない。







 ということで紙に脈や呼吸、爪等の詳しい情報を書き込む。


 まぁ、後は酒が入らずに帰ってきてくれることを祈ろう。



 あの姉弟は何をしでかすか分からないので、たとえ黎冥が下戸の中の下戸だとしても飲ます可能性がある。


 いやそれ以前に黎冥が飲まして回避するか。















 それから時間が経過した朝方四時。



 瀕死の黎冥と満足そうな紑蝶、あと初めて見た無表情の稔想が帰ってきた。





 黎冥達が帰ってきたらすぐに連れて来れるよう校内を巡回していてくれた兎童に連れられ三人が保健室にやってくる。




「アヤネー……」

「緊急事態」

「……なんでそいついんの? は?」

「たぶん逃げ出してきた。極度の脱水と栄養不良状態。睡眠不足も見られたからしばらくは起きないかもしれないけど。脈拍と呼吸は共に正常。痙攣と筋肉の緊張はなし」

「電解輸液とガートル台」

「準備は終わらせてます」

「わぁ優秀〜」




 黎冥は石鹸で手を洗うと、アルコール消毒をしてからレチェットの顔を覗いた。





 アヤネが点滴を台にかけている間に殴られ跡のある顔に触れる。





 見たところ骨に異常はなし。


 脳震盪を起こしたなら顎かこめかみ、もしくは後頭部をかなりの力で殴られた可能性がある。


 が、顎にもこめかみにも、アヤネに手伝わせて後頭部にも触れるが全くそういった感じはない。





「稔想、これの目見て」

「ん〜」



 稔想に目を見させている間に点滴を刺し、アヤネが書いた紙を眺める。




 打撲箇所が細かく書かれているが、原因は分かっていなさそうだ。




「……目は問題ないで。兄さん、これほんまに脳震盪なん?」

「知らん。まぁ応急処置はしたし別にこいつが死んでもどうでもいいし」

「極端やなぁ……」

「アヤネはずっとここに?」

「何時間か寝て一時から」

「帰っても良かったのに。紙に書いてあるし」

「叩き起されるよりいいかなと」

「アヤネがそっちの方がいいってんなら」



 こいつ叩き起す気満々で言ったな。


 たぶんアヤネがすぐ起きた場合だろうが、アヤネは基本的に触れられて五分から十分以内には起きる。


 普通か不機嫌かと言うだけ。














 アヤネとともに部屋に帰った黎冥はベッドに身を投げ出し、アヤネは呆れて黎冥を見下ろす。



「なんで連れてこられたの」

「寝るだろ」

「寝るけど。……えここで?」

「そ〜」




 黎冥はアヤネの手を掴むと、普段は絶対にしない甘えるような顔でアヤネを見上げた。




「だめ?」





 俳優魂を悪用しすぎではないだろうか。




 こいつと一緒になる彼女は苦労が多そうだなとそんなことを考えながらも頷いてしまう。


 何故って、家具に押し込められるよりベッドの方が断然いいだろう。




 まぁ黎冥の顔に負けたのも事実だが。




「いいけど着替えさせて」

「俺も着替える」




 さすがに着替えはいちいち持ってくるのが面倒臭いので寮で着替え、ノックをしてから部屋を覗いた。




 いつも通り半袖にレギンス半ズボンだが、いつもと違うのはシャツが白ということか。


 今まで白Tシャツは見た事なかった気がする。





 ほんのり照らされた机の照明で、黎冥の首筋の刺青が透ける。





 なんの模様なのだろうか。

 


 アヤネが背に触れると、黎冥が体を震わせてアヤネを見上げた。




「急に触んなよ……」

「ごめん」

「……何?」

「どんな模様かなと」

「あぁ刺青? 見せないから」

「残念」



 黎冥は首を押さえると、少し残念そうに眉尻を下げるアヤネをジト目で見上げる。




 アヤネは不思議そうだが、一生それでいい。


 まさか姉弟三人この歳になってあんな話をすることになるとは思わなかった。

 もっと言うならしたくなかった。







 アヤネの手を引いてベッドに座らせ、そのまま寝転がる。




「はー疲れた……」

「この隣の部屋って誰?」

「無人。何かの拍子に中てられることがあるみたいで」



 過去に何人か入れ替わったが、結局両二部屋ずつは空き部屋ということになった。



 ちょうど螺旋階段を上がって黎冥の寮を中心に左右にほぼ無限に伸びているため、部屋数などの問題はない。






「後は盗視盗聴防止」

「それが目的だろ」

「だって嫌じゃん」

「まぁ……よくはないわな」




 黎冥はアヤネに腕枕をしながら、反対の手で少しふわふわと型の残っている髪を梳く。




 紑蝶が言っていた通り、これを全て編み込んでしまうのは勿体ないかもしれない。


 明日は下ろして横か半分だけ編んでみよう。








「アヤネってさぁ」

「ん?」

「警戒心あんの?」

「まぁ襲われたら蹴り倒せるぐらいには」

「男とお前で?」

「私の経験が物語ってる」

「……あんな奴らといたら危険極まりないか」




 例の元彼、元々彼、元々元彼と一緒にいたら、嫌でも護身術は身につくか。



 文武両道のアヤネならではかもしれない。






「添い寝はしてた?」

「うん」

「膝枕は?」

「してたけど」

「えーじゃあ……お風呂は?」

「さすがにない」

「添い寝まで?」

「なぁはよ寝ん? もう五時前なんですけど」

「寝る気はない」




 じゃあなんでこの体勢になった。






 アヤネは寝返りを打つと、黎冥に背を向けて丸まった。


 腰に手が回され、当然のようにくっ付いてくる。




 嫌でもないし別に良いが、お前見合い相手探してる真っ最中だろうに。

 弟子とこんなことしていてもいいよ全然という女性はほぼ浮気すると思う。





「……零って浮気は許すの?」

「相手による。家柄で結婚した人なら別にいいけど人として好きな人が浮気は絶対無理。外出られないようにする」

「……それはやりすぎでは」

「監禁して甘やかせたらいい」





 女が黎冥に寄り付いて付き合ったことはあると聞いたが、黎冥からの片想いで付き合った話は聞いたことがない。


 ここに関係しているのだろうか。



 一度愛したら死ぬまで愛すが、その反動で好みがとても限られる、みたいな。






 なんにせよタチの悪い男だ。


 浮気は絶対に許されないが。

 アヤネも許す気はないが。





「……てか家柄で結婚してもいいんだ?」

「えやだ。子供いるもん」

「あぁそう」

「名家の中から見付けろって言われてるけど。名家ってだいたい顔見知りだし言われてなるぐらいなら前からなってると言うか」

「いい人はなしか」





 アヤネが抱いて離さない黎冥の手をさすっていると、黎冥は後ろから足を絡めた。




 背中に顔が埋められ、吐息がかかって少し体を強ばらせる。






「お前婚期真っ只中の婚活中だろ……!」

「別にいいじゃん。付き合ってる人がいるわけでもないし」

「そんなんじゃ一生出来ねぇよ」

「嫌?」

「うん」




 アヤネも黎冥が苦労しないようなるべく尽くすつもりではいるが、本人の気が緩いと周りがどう頑張っても何も実らない。







 おとなしく離れたはいいが、今度は腰に回していた手で髪を梳き始めた。





 だんだん鬱陶しくというかウザったくなってきて、寝返りを打つと黎冥と向かい合う。




「向こう向いてよ」

「お前なんなん? 何がしたいの」

「……アヤネに恋愛感情を湧かせようとしてる?」

「ふざけんのも大概にしろ」

「ふざけじゃない」



 アヤネは目を丸くし、黎冥は起き上がるとそのままアヤネを覆いかぶさり、顔横に手を突く。




 これで動じないアヤネも、本気で脈なしの証拠か。

 ありすぎて慣れているだけか。


 これの場合両方有り得るので分からない。





「一番頼り合ってるんだからいいじゃん。俺の何が気に入らないの?」

「今から恋心は湧かない」

「じゃあ湧かせます」

「無理です」

「湧かせます。無理なら殺して死にます」



 ヤンデレ男め。





 アヤネは黎冥を睨み、黎冥は余裕の笑みでアヤネを見下ろす。




「お前が今まで使ってきた技が通じると思うなよ」

「アヤネだけの方法で惚れさせます」

「なんで私……」



 慧でも奪でも、なんなら元カノとヨリを戻せばいい。



 力持ちじゃないと駄目だと言うならリリスでもセリョアでも、それこそスヒェナやレチェットでもいいだろうに、何故アヤネなのだ。



 やはり力か、顔か。





 アヤネが精一杯睨むと、黎冥はアヤネの喉から首筋にかけてを優しく撫でた。






「俺が好きだから」

酔いは人をダメにします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ