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38.情緒不安定

 最近はよく黎冥に髪を編んでもらうことが増えた。





 八月も末。

 黎冥の例のお見合いも終わり、相手も黎冥も双方が断固拒否したため無事|(?)独り身のまま。






 黎冥はアヤネの髪を編むのが好きなようで、毎日暇があっては解いては編んでを繰り返している。



 その後も手入れもしてくれるので楽。






 ちなみに美容関係で行くと、最近ちょっと隈が薄くなった。

 黎冥のビタミンクリームを塗り続けていたおかげだろうか。


 古い皮膚が剥がれて皮膚が少し薄くなっているので薬は必須だが、それと同時に隈も薄くなっているので大満足。






「零はどういう人が好みなわけ? 芸能人関係で結婚すりゃいいじゃん」

「安全な生活は送れなさそう」

「人生危機感が失われがち」

「危機感どころか一息すらつけんわ」




 アヤネのうるうる艶々の髪を梳かして、綺麗な髪だなとずっと触っている。



 本当に、絹髪とはまさにこの事を言うのだろう。



 指にかければサラサラと一本ずつ落ちていき、濡れた手櫛でも引っかかることなく通る。


 三つ編みをすればすぐに解けるし、ゴムでくくるとすぐに緩むが、それでも見ていて気分がいいものだ。









「……恋愛物語って型が決まってるよね」

「本? 恋愛物語?」



 身を乗り出し、アヤネの傍に手を突いて後ろから覗き込む。


 ちなみに今日も今日とてベッドの上。







「主人公の女子と元はライバルとか不仲の主人公男。主人公を一途に思う男と主人公のライバル女子。主人公男を揺らす女と主人公達を引き裂く男。まぁ、最後二人はいらないとして最低四人で成り立つ」




 そこに時代背景を、世界観を加えるために脇役が使われて、でも結局は主人公達の終わりで世界は終わる。


 脇役の最後が主人公達ほど事細かに描写されている脇役は極めて少ない。




 それこそ連載で、大人気だった脇役やその人が裏の主人公でした等。


 物語に深く関わった脇役が書かれる場合もあるが、全員が書かれるわけではない。




 例えの六人で言うと、最後の二人の過去等は描かれないだろう。








「何が言いたいの」

「いや別に。もうちょっと型破りな物語が読みたい」

「……書いたら?」

「頭の中で妄想しとく」

「うん」




 アヤネをあぐらに座らせ、後ろで髪を梳きながら次はどんな髪型をしようかなと考える。





 ちなみに今日は黎冥は私服だ。

 私服というか、部屋着。



 出掛ける予定もないし刺青もバレたし、見せてないがバレたのなら見えてもいいし。




 ワンサイズ大きく、かなりダボッとした黒いティーシャツ。


 首元ギリギリまで刺青が入っているのでいつも首が少し高い服しか来ていなかったが、この際どうでもいい。



 ズレたら鎖骨まで見えるほど首の広いティーシャツだ。







「アヤネ、次どんな髪型がいい?」

「おまかせ」

「希望求む」

「じゃあなんかまとめて。邪魔だから」

「はーい」




 黎冥は足まで布団を被り、アヤネはその上に座っている。


 暑いが素足は無理なのでこうなった。

 まぁ半ズボンにレギンスは履いているのだが。






「髪伸びたなぁ」

「切りたいんだけどこうなったら勿体ないじゃん?」

「切らなくていいだろ」

「重いんだよね」

「すいてあげようか」

「私のやる気がある時に」

「座っとくだけだろ」





 アヤネはまだ編まれていない髪を触り、小さく首を横に振った。





「いい。気が済むまで伸ばす」

「そう? まぁ毛先も綺麗だし」

「髪の毛は命と同等なので」

「そりゃ大切にするわけだ」




 ストレスで枝毛や白髪はあれど、それらすらも綺麗なうる艶なので本当に大切にしているのだろう。







「零って真っ暗で壁に血が付いた道歩ける?」

「まぁ」

「幽霊が……」

「無理」

「まだ言ってない」

「幽霊が出るのは無理」

「斧持った殺人鬼は?」

「格好による。透けてたら無理だけど完全人間ならまぁ」



 つまり幽霊が怖いのか。





 殺人犯よりも幽霊が怖い。

 実在よりも未確認の方が。



 面白い。

 研究者として致命的な部分だ。








 片足を曲げ、片足を伸ばして黎冥の伸びた片足に添わせる。




 意図せずそんな体勢になったまま本を読んでいると、黎冥が腰に手を回してアヤネを抱き寄せた。





 視線を上げず、頭の中でついにネジが飛んだかと予測する。





「な〜」

「何」

「なんかいい人紹介して?」

「やだね。私が気まずいって」

「ね〜。……本禁止」




 正直、アヤネが思っているよりも焦っているのが現状だ。



 変な人とくっつかされてそれがアヤネに影響するよりはアヤネの知り合いがくっついた方がいいとは思っているが、当の本人がこの様子なら無理か。







 アヤネから本を取り上げると机に置き、本を取ろうとする腕を自分のアヤネの間で片腕で抑え、アヤネの腰に手を回す。




「お前酔ってんの?」

「至って正常ですけど。酔ってたらこのまま襲うぞ」

「最悪なんですけど……」

「酔ってないから襲わない。それよりも俺が婚約して危なくなるのはアヤネだからな?」






 黎冥が婚約すれば、次は同い歳のレチェットか近しいセリョア、そして弟子のアヤネ。


 シュルト側の男性陣も波立ち、どれだけ乗り越えても無限に押し乗せてくる。





 黎冥はアヤネを合わない他人と婚約させる気はないし望むのはアヤネが選んだ人との婚約だ。

 それまで守るために当主になる。






 そして、伴侶を見つけて当主になったとして。

 その伴侶とアヤネのそりが合わなかったらどうする。


 黎冥はアヤネに合わせるが、それでも夫婦という立場上アヤネが孤立する可能性だってある。




 そんなことになったら結婚した意味は、当主になった意味がなくなってしまう。











 アヤネを壁に押し寄せ、片腕を壁に突き、片腕でアヤネの肩を押える。

 自分でも本気で焦っているのが分かる。


 言葉が出ると同時に涙が滲み、切羽詰まる表情にアヤネもだんだん心配そうな表情になってきた。





 いつの間にか離れていた手で黎冥の頬に触れ、目元に指を滑らせた。







「もう紹介しろとは言わないから真面目に自分の立場考えて? 俺が婚約したら自分がどうなるかぐらいアヤネなら分かるだろ」

「泣かなくてもいいじゃん」

「お前が心配で言ってんの!」

「分かってるよ。心配性なのも一人で責任負おうとすんのも知ってる」




 でも、アヤネは思うのだ。


 黎冥ならその心配性のせいで自分の好みどうこうよりアヤネと上手くやるか、アヤネに迷惑をかけるかかけないか、そういう面を強く意識して相手を選ぶのではないか。




 現に好みは自暴自棄になれど、結婚したくないとは言っていないだろう。

 した方がアヤネが安全になるから。アヤネのために結婚するから、自分よりアヤネとの相性を見る。



 黎冥が無意識かつ常に意識していること。







「自分では気付いてないかも知んないけど。零は自分が思ってるよりも優しいし意識が強い。無意識の中で私を守ってんの」



 自慢とまではいかないが、アヤネは守られていることに関しては誰よりも自信を持って言える。





 過保護で自意識過剰な保護者がいて、それは死ぬ気で保ってくれる師匠だから。













 アヤネの肩に顔を埋めた黎冥の頭を撫で、こいつも限界が来ると情緒不安定になるよなぁと。

 いや全人類そうなのかもしれないが、過労や思考の限界、徹夜の限界が来ると頭のネジが一ダースか、それ以上に飛ぶので修復が必要。






「私は零を信用してるし信頼してる。それは何回も言ってるでしょ」





 黎冥の人を見る目が良いのか悪いのかは知らないが、過去の彼女達と続いていたのならきっと大丈夫。


 ちゃんと自分の希望に沿う人を見付けて細く長く続いていくだろう。

















 三十分ぐらいだろうか。


 数年ぶりにひとしきり泣いた黎冥がベッドで意気消沈して、アヤネが傍に座っていると。





 黎冥がいきなり鼻歌を歌い始めた。



 自分の謎行動を少し自覚しているアヤネが似た者同士だなとそれを聞いていると、黎冥が突っ伏したままアヤネに話し掛ける。





「アヤネが相手になったら早い話なんだけど」

「私の好みから真逆って話をしようか。とことん十二時間」

「精神病むからやめて」





 でも一番信用しているし頼ってくれているのだろう。



 アヤネと一緒になったら一番楽と言うのと、これは誰にも言わない願望というかワガママというか。





 アヤネがもし本当に相性のいい運命の相手とやらを見つけて、黎冥と距離を置かれると少々寂しい。あと普通に髪編みたいし刺繍したいし弁当食べたい。



 それに、もし黎冥の信頼が彼氏に行ったら。




 もしその彼氏が神話関係者でなかったとしても、アヤネの相談相手は、愚痴のはけ口はその彼氏になってしまう。それは嫌だ。






 せっかくここまで積み上げてきた信頼を、会って数カ月の彼氏に取られるのは黎冥のプライドと言いますか。

 自尊心と言うか、たぶん独占欲。が許さない。


 まぁ一種の嫉妬みたいなもの。







 たかが師匠で調子に乗るなと言われるので言わないが、願うなら。望むとこのところとしては、アヤネにはどこにも行かないでずっと黎冥の傍に立っていてほしい。













「……師匠と彼氏が一緒ってなんかやだ」

「それは分かるけど!」




 座った黎冥は立てた膝に頬を乗せ、椅子に移動したアヤネを眺める。





 そんな黎冥を見てか、アヤネはそれに、と付け加えて少し申し訳なさそうな、言いにくそうな表情をした。




「それにこうなってくると恋愛感情は湧かない気がする……」

「人生の運なんかどこで使ったかな」

「学生寮で部屋引き当てた時じゃない?」

「あんな寮いらなかったのに……!」




 いや人生運と恋愛運は関係ないだろう。

 御籤(おみくじ)でも別々で書かれているぐらいだ。



 たぶん関係ない。






「……凹むなぁ……」

「なんでそんな私がいいの?」

「楽だから」

「一生苦労してろ」

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