35.神守会議 後編
「これが一番可能性が高い。自分の娘、鼓アヤネ」
会議で神來社の目的の人物候補三番目。
黎冥の言葉にリリスは眉を寄せ、アヤネは訝しんで顔を傾げた。
「何故鼓を? 娘なら……言い方は悪いが、とうの前に使ってるだろ」
「それが使えなかったとしたら?」
皆が疑惑の目を黎冥に向け、アヤネ本人もよく分からなさそうな顔をする。
アヤネが分からないのは当たり前だ。
これはこちら側の事情でアヤネには話していない。
「アヤネが見つかったのは去年の春。見つかってすぐに俺と兎童が見に行きました」
あの時の中心校からの手紙には黒かもしれないと書かれていた。
決して高いとも、断定付けることも書かれていなかった。
アヤネの才能が開花したのが十六になる年の春。
離婚して父親と別れたのは十一の秋。
才能開花後、一番初めに接触を図ってきたのは十六の秋。
親の再婚後、同居の誘い。
結局は黎冥がクズ親といても意味がないと止めて何も起こらなかったが、時期的にはおかしくはない。
アヤネの手紙の知らせでここにいることは分かっているのだから、ここにいるということは自身の望む才能が開花したということ。
そう解釈出来たら。
「……おい待て、神來社は力持ちだ。別に遅れて開花してもおかしくは……」
「おかしくない? 神の前で平然と話せる。五大神と同等に話せて時の狭間に行っても平然としている子供ですよ? そんな子供、たかが黒一人から生まれるとでも? もし生まれたとして、それがこの歳まで隠れていたと? それこそ神のお告げが全員に来てもおかしくないでしょう」
黎冥自身、非常に不愉快だ。
たとえアヤネがそれだったとして見放す気は毛頭ないが、そんな事よりも本人の了承も、なんならまだ自我もなかった頃だろう。
親の身勝手さで子供の人生を狂わせる。
黎冥はされている自覚があったからこそ反発出来たが、それすら知らなかったアヤネはどうだ。
今更反発しようにも何もわからない状態で、何が反発で何が従うのか、それすら分かっていなかったはず。
ビリビリと肌を刺すような空気で、アヤネは不安で席に戻らず立っていた稔想の傍に寄った。
「時期を考えればおかしくないでしょう。神來社が実験を始めたのは四月。アヤネが生まれた日から考えれば期間も理由も合います」
「え誕生日分かったの?」
「神來社の娘って聞いて調べた。鼓アヤネは消えてたけど神來社の娘としては消えてなかったし」
夜中に資料作成を放ったらかしてやっていたのはそれか。
アヤネ本人が何も分からない以上黎冥が調べるのに文句は言わないが、せめて資料作成を優先してくれ。
アヤネがどれだけ焦ったと。
「助かった」
「いい加減物事の順序と優先順位を間違えないで」
「俺の中での最優先事項ですから」
「お前の中でじゃねぇよ。私の中で動け」
「お前の中は誰も読めん」
あと他人の感覚に合わせろは普通に難題すぎ。無理。
少し落ち着いたアヤネは黎冥の後ろに戻り、稔想も席に戻った。
息が詰まったリリスに、さらに追い打ちをかける。
「アヤネの加護は報告が上がっているでしょう。人間離れしている理由も説明が付く」
「……だが……何故今更……! ではもう一人もこれからだと言うのか!?」
「知りませんよ。どうでもいい」
「は……!?」
リリスは目を見開き、それと対称的に黎冥は顔をしかめた。
腕を組んで、威圧的にリリスを見据える。
「もう一人が何歳で誰なのかなんて知りませんし。今は神來社の狙いはアヤネでその理由も確かにあるという話です。今もう一人が誰かと話して懸念事項を増やしても意味がないでしょう。無論それがアヤネの身代わりでそいつを神來社に渡せばアヤネの身が安全になると言うなら金でも顔でも使って見付けますが」
他人などどうでもいい。
今日の議題はレチェット救出で、今の話頭は神來社の目的がアヤネなのかどうか。
そのもう一人を見付けることも神來社がアヤネを使った理由もどうでもいい。
「主題と目的を間違えないで下さい。無関係の見知らぬ他人にかける慈悲も貴方の懸念に付き合う時間も余裕もありません」
リリスは俯いて歯を食いしばり、飯遜とヘラシアが駆け寄る。
「圜鑒、言葉を慎みなさい」
「事実だろ。立場が原因で時間を無駄にする気はないし他人の優しさに付き合う心は持ち合わせてない」
「このまま会議が中断されたらそれこそ時間の無駄ですけどね」
アヤネは小さく、でも黎冥には確実に聞こえる声で呟き、黎冥はアヤネを不満そうに見上げた。
「お前のことだろ」
「今はあっちの話してんの。子供に言う言い方じゃない」
「……いっつも見た目子供の歳上相手にしてるもんで」
「これが使えなくなったら会議が進まなくなる」
向こうは一人で、作戦のすり合わせも確認も不必要。
その分でも時間の差が大きいのに、さらに内側で割れていては余計に危険だ。
「分かりきったことだろ。ちょっとは配慮しろよ、お師匠サマ」
「どんだけ割れようが守ってやるよ。なんのために契約結んだと」
「わー頼もし」
「思ってねぇな」
アヤネが内心、結局は契約かと悪態を吐いていると聞き耳を立てていた稔想が話に割り込んできた。
「兄さん俺は?」
「男だろ」
「弟やで」
「だから?」
「え守ってくれへんの? 弟やで? 将来アヤネちゃんを義妹にするために必要やで?」
「弟じゃねぇし義妹にもしないし必要でもないし守る気もない」
「弟やで!?」
「あぁ、お前の意識だけな」
稔想は勢いよく立ち上がり、現在気分最悪の黎冥は無表情で一蹴する。
そもそも絶縁宣言後に出て行ったのは稔想だ。
親と絶縁したのだからまだ絶縁していない長男とは兄弟にはならないだろう。
「血繋がってんだから兄弟だろ」
「やんな!?」
「でも義妹になる気はないしお前とは有り得ねぇよ?」
「なんでや!」
「好みじゃないから」
稔想は机に突っ伏して意気消沈し、紑蝶はそれを撫でて慰める。
と、耳ざとく聞き付けてきたシュルトがやってきた。
一瞬で黎冥と火花が散ったのは言うまでもない。
「ではアヤネ様、私はいかがですか? 稔想様とはかなり違いますが」
「嫌味やん……」
「好みじゃないので」
「……アヤネ様の好みをお聞きしても?」
「平々凡々突出したものは皆無の影が薄い人間」
わざわざ悪い言葉を選んで言う黎冥の頭を殴り、まぁあながち間違いではないので否定はしない。
「では弟はどうでしょう。なんの取り柄もありませんよ」
「平々凡々と取り柄がないのは違うんですよ。あと権力者の子供って時点で論外です」
「難しいですね」
「簡単ですよ。貴方の家族には興味ありません」
黎冥が笑っていると、飯遜が大きく二度合掌した。
どうやら二十分間の昼食休憩を挟むらしい。
昼食休憩という名の、子供の休憩時間。
家族に呼ばれたシュルトはその場を去っていき、黎冥も立ち上がる。
「あー疲れた。帰りたい」
「これからだろ」
「体調は?」
「大丈夫」
二人は真っ先に退出し、廊下を歩く。と。
後ろから走る足音とアヤネを呼ぶ声が聞こえてきた。
「アヤネ様! 少々お話よろしいですか」
ヘラシア・グラ。
メルス家当主だが話したことはないし、こうして個人的に会うのは初めてかもしれない。
アヤネは黎冥を見上げて足を止め、黎冥も振り返る。
ヘラシアは滑り込むようにアヤネの前にしゃがみ、手を握った。
だからなんなのだろうか。
何故こうもいちいち大袈裟な、御伽噺のような行動をするのか。
「アヤネ様、私は貴方の頭脳に感服致しました。毎月黒い噂が流れる黎冥圜鑒よりも私の元へ来ませんか」
「え、いや……」
「……アヤネ様はご存知ですか? 黎冥様の体のこと」
こいつ。
黎冥はアヤネの肩を抱く手に力を入れ、煽るような笑みで黎冥を見上げるヘラシアを見下ろした。
黎冥との年齢差は二歳。
ヘラシアが歳上だが、お互い何かと衝突してきたので仲はあまり宜しくない。
「体?」
アヤネが小さく首を傾げるとヘラシアは少し顔を近付けて黎冥にも聞こえないほど小さな声でアヤネに伝えた。
「背中の刺青のことです」
「……へぇ。そんなんあるんですか」
「えぇ。幼い頃から入れているんです。怖いでしょう?」
「いえ全く。偏見はありませんし」
「……何をされるか分かりませんよ。アヤネ様の才能は黎冥よりも私の元で……!」
ヘラシアがアヤネの頬に触れようとした瞬間、黎冥はアヤネを抱き寄せて下がらせ、契約の効果か。ヘラシアの手がアヤネの頬から弾かれて首に金の鎖が巻かれた。
「アヤネ、大丈夫か」
「なんにも」
「思ったより発効が遅いな」
「触れない時点で十分でしょ」
「誘われた時点で役に立ってもらわないと」
「危険すぎる」
息が詰まって呼吸が出来なかったヘラシアは首を押え、自身の首に鎖が巻き付いていることに気付いた。
それを掴み、外そうとするがヒビどころか傷一つ付かない。
「し、の……!」
「罰が下るまで外れませんよ」
鎖の跡は罰が下っても残るはずだが、別に興味ないのでそこで話を切り上げた。
アヤネの肩を抱いたまま歩き出す。
気まずい。
たぶん黎冥が一方的に思っているだけなのだろうが、この後何を言われるのだろうか。
今回こそ嫌われた気がする。
肩から手を離し、少し離れた。
「……零って変なところで気遣うよね」
「いや……経験上……」
「別に理由も趣味も聞かないし触れる気もない。興味ないし」
「……それはそれで傷付くぞ?」
「めんどくせぇな」
黎冥は自身の背に触れると、小さく息を吐いたまままたアヤネに近いところを歩き始めた。
アヤネはそれを鼻で笑い、黎冥はアヤネの頬を突く。
「黎冥の長男は全員入れんの。今の当主も入ってるし」
「なんで?」
「まぁ……鎖みたいなもん。長男だから当主以外の道は許されないし有り得ない。当主以外の夢を語った瞬間にそれ関係どころか交友関係も趣味も全部取り上げられる。最悪な家庭」
「……じゃあいつか教師も辞めるってことか」
「んなわけあるか。絶対続けるし最低限アヤネが卒業するまではここにいる」
最悪、教師は無理でもアヤネの師匠を降りる気はないしアヤネを他人に託す気もない。
この立場だけは死んでも守らせてもらう。
「こんなこと言ったら嫌かもしれないけどさ。零が当主になって風習変えたらいいじゃん。子供育てんのは当主とか実親でしょ」
「まぁ……相手がいれば」
「あぁ、先にそっちの問題か」
アヤネは赤くなった頬を擦りながらミニサンドを頬張った。




