33.神守会議 中編 一
「報告は以上です」
スヒェナの言葉に皆が眉を寄せ、黎冥はアヤネを見上げる。
宗教に潜入していたスヒェナが座ると同時に今度はリリス・ルルべリアが立ち上がる。と、黎冥圜鑒とアヤネの方を険しい顔で見た。
「私からも一つ。匿名で鼓アヤネが神來社巫砢々の娘であることが告げられた。これは誠か?」
「らしいですね。俺も昨日知りました」
「何故報告しない? 鼓、お前はもっと前から知っていただろう?」
「アヤネが知ったのも御三方が来た日の女神の接触時ですよ。それまでは自分の誕生日すら知らなかったんです」
「……その時に報告すればいい」
「何故?」
黎冥の問いにリリスは眉を寄せ、皆が黎冥を見た。
俯いているアヤネは一歩下がり、大丈夫だと言い聞かせる。
「接触する方法も親の素性も分かっていないのに実は娘でしたと報告だけして。その後は? 何も知らない親の罪を着せられて記憶を消されて放置? 貴方なら有り得ますね。俺から散々ルルべリアの悪評を聞いているアヤネだからこそでしょうけど」
腐蝕の一件を片付けたのもアヤネの力があってこそ。
腐蝕以外にも頻繁な神との接触を図れているのはアヤネの力量と加護がなければ夢にも思わないだろう。
存在するだけで中心校を知らぬうちから、リリスと会う前から貢献していたのに何も知らない親のせいで自分の人生がまた狂うと思えば、誰が言い出せようか。
黎冥が問い詰めて素直に話しただけでも十分だと思うが。
「貴方は我々を信用しすぎではありませんか? 我々は立場を固めこの神話界で生きて行くために貴方の下に付いているだけであり貴方を心の底から信頼している人はどれだけいるでしょう。立場上致し方なく従っている人物に命が危ぶまれる報告などしないと思いますが」
「圜鑒黙れ……!」
「兄さん……!」
「使い潰すだけで後処理もしな……」
「黙れ零」
笑ったままリリスを突き刺していく黎冥を、家族は止めれず周囲の視線が集まったアヤネが一言で止める。
力関係が丸分かり。
「お前のことだぞ」
「黙ってた私も悪いし何より誰もそこまで言えとは言ってねぇよ。後半お前の本音だろ」
「アヤネの本心を伝えたまで」
「んな事言ったことない」
睨んできた黎冥を上から圧とともに睨み下ろすとおとなしく前を向いた。
睨んでくる家族を無視して、飯遜に背をさすられるリリスに視線を移すとリリスは半泣きの目で咳払いをした。
まだ九歳の幼子。精神は弱い。
「……鼓が神來社の娘と言うのは事実でいいんだな?」
「はい」
「それを知る人物は?」
少し震えた声で話すので、皆が心配そうにリリスを見る。
「俺とアヤネ。今ここにいる人物のみ。……よな?」
「……神來社巫砢々って本名?」
「うん」
「じゃあ欛虂の父親も知ってる可能性がある。親は死んでるけど」
「欛虂の父親……実弟か。兄弟はそれだけ? アヤネの母親は?」
「……養子の姉が一人。私は叔父から聞いたから神來社の件は知らない可能性が大きい。母親は宗教嫌いだから素性知ってたら寄り付かないと思う。……金と顔で寄った可能性も無きにしも非ず」
「金と顔って……それはさすがに……」
スヒェナが顔を引きつらせてアヤネを止めると、アヤネは口元に手を当てて段々黎冥に似てきた雰囲気をまとって笑った。
「金と立場で離婚した夫と結婚した女ですよ」
「お前親だろ」
「親と思うなって言ったの零だろ」
「言ってねぇ」
と言うか、宗教に目を瞑って再婚したなら知っている可能性はある。
金と立場目的で再婚後に不倫に走っているのはアヤネも目撃しているのでお互い無干渉の可能性はあるが、それでも相手の不倫は許さない人だ。
監視しているかもしれないし把握していないとは言いきれない。
「お前の親どうなってんの?」
「だから宗教依存と浮気女つってんだろ」
「前聞いた時より悪化してるぞ」
「人の感覚は麻痺するもん」
「それをよくもまぁ淡々と……」
とりあえず、確定でアヤネ本人とこの場にいる者。
可能性で実弟、妻。
そして、知っている可能性がある者も含めてリリスのことを知らない者と事実を知らなかった者。
アヤネも当然出していないのは筆跡から分かるだろう。つまりだ。
「私にこれを告げたのは神來社本人と言うことか?」
「アヤネ、神來社の筆跡は?」
「知らん」
「るい、嫁陣さんなら何か分かるかも」
「それより月見里さんに送った方が早い」
「誰?」
「神來社の師匠。アヤネ、筆ペン持ってこい」
「なんで……」
眉を寄せながらもおとなしく部屋を出ていく。
神來社は七年前にここを追放されている。
月見里は黒で孤立していた神來社を弟子にし、神來社のまともな面を育てた師匠。
あれの異常性は入学当時から見え隠れしていたそうなので神來社が大きな問題を起こさず学生時代を過ごせたのは月見里のお陰だろう。
神來社追放後、非難の目と同情の目を受けて辞職して今は北の山奥にいるはずだ。
黎冥は黒として入学前に会った時に仲良くなっている。
「……あぁそうだ」
「何を思い出しましたか」
戻ってきたアヤネの手には和紙のレターセットと黎冥の筆ペン一本。
「お前の屋敷。神來社繋がりで行ったんだ」
「あっそう。これなにすんの」
「興味無さそうだな。月見里さん宛に一通書いて。お前段持ちだろ」
「普通に書いたら駄目なわけ?」
「あの人頑固だから」
場所を開けてもらい、アヤネは袖を紐で縛ってもらう。
皆興味深そうに周りに集まってきた。
「アヤネちゃん段持ちなん?」
「準師範」
「師範にはならんの?」
「面倒臭いし。……てかお前が書けよ。仲良いなら何回かはやってるだろ」
「めんどくさーい」
ふざける黎冥の足を蹴り、周囲を見回す。
段持ちか準師範はいないだろうか。
「兄さんやればええやん。師範やろ」
「師範じゃんお前がやれよ!」
「なんでそんな嫌がんのさ」
「納得するまで百枚書き直してもいいなら書く」
「答えになってない」
黎冥は渋々筆を受け取り、アヤネから解いた紐を自分で結んだ。片手で。
アヤネお墨付きの無駄な器用さが発揮される。
「てか元弟子が問題起こしたのにわざわざ来んの? そんな優しい人?」
「神來社は一番弟子で唯一の弟子だから。あいつのせいで他の生徒が寄り付かなかったし」
「ふーん」
ちょっとばかり黎冥と似ている気がするが、そんなことはどうでもいい。
間違えないように黙って筆を走らせる。
とりあえず神來社がまた動き出していること、神來社の娘が見つかったこと、ハクサ家長女が消えたこと、神來社の筆跡を見てほしいことを記す。
たぶん娘がいると聞けば飛んでくると思う。
黎冥の時も同じだったが、何故か何かを抱えた子供が大好きな人だ。
優しいから故に見て見ぬふり出来ぬのだろうが、にしても構いすぎというか溺愛しすぎというか。
どうしよう今の黎冥と違いないかもしれない。
「……書けた」
「お前一生達筆で書けよ」
「誰も読めんやろ」
「書記がいるし」
「書記も原本は読めん」
乾かしている間に封筒にも宛先を書く。が、これはアヤネ担当。
達筆だと配達員が読めないからと普通の文字を黎冥に書かせたら、それこそ読めなくなってしまう。
黎冥から住所を聞くとそれを書き、封筒の裏表がくっつかないように内側に空洞を開けたまま稔想に渡す。
「えーと……ルルべリアに手紙を送った人物はとりあえず保留。次」
「ハクサ家長女の救出か神來社確保に乗り出すか」
「……別にいなくてもよくね」
「お前はいいだろうよ。仲悪いんだから」
「終わり?」
「お前はな。終わったと思うなら帰れ」
放任で黎冥を待機させるアヤネに皆は小さく拍手を送る。
あの黎冥を従えるのはそう簡単なことではない。
ちなみにアヤネの他に出来るのは絶好調のシュルトが煽って待機させる。
好調以下だと返り討ちにあう。絶好調でも五分五分。
アヤネは手紙を糊で貼るとペンと手紙を持って会議室を出た。
片付けるついでに手紙を早便で出す。
「……じゃ続き」
「なんだ、帰らないのか」
「俺が帰るとアヤネも連れて行きますよ? いいなら帰ります」
「……全員席に戻れ」
どこまで知っているか分からないが、分からないこそ誰も知らないことを知っている可能性がある。
ここで退席させると不利になる可能性があるのはリリスも分かっているだろう。黎冥も分かっている。
皆が席に戻り、弟子達が後ろから師匠の資料を覗き始めた。
「……レチェット救出にも情報が少なすぎるな。スヒェナ、他に何か分からなかったのか?」
「……特に……」
「鼓が知っている可能性は」
「知りませんよ。あれの脳内が分かる人は誰もいませんし」
「あれだけ仲がいいのに?」
「一生無理ですね」
黎冥だってアヤネの行動と情緒の予定表が欲しいぐらいだ。
予定表があっても予定外のことをするのがアヤネなのだろうが。
皆でレチェット救出に、まずレチェットがどこにいるかを話し合っているとアヤネが帰ってきた。
皆がそちらを見たせいで思わず後ずさる。
「アヤネ、行方不明になった奴がどこに行ってるかって知らないよな」
「なんで私が知ってると思ってんの?」
「思ってない」
「じゃあ聞くな」
「なんでそんな喧嘩腰なん?」
「お前が嫌いだから」
「そうですか」
「そもそもその人って確定行方不明なの?」
確定行方不明なら死亡説もあるのだから一人助けるために仕掛けるより、神來社を不意打ちで捕らえて吐かせた方が確実だろう。
死者を救出しようとしてぶつかったとして、本題の神來社確保に警戒されたらそれこそ本末転倒だ。
もし確定ではなく、その日たまたま見えなくなっただけなら潜入先の寺にいる可能性が高い。
伝えずに去ってきたなら向こうこそスヒェナが行方不明と思っているかも。
それで紑蝶に手紙が届かないなら手紙が出せない状況にいるということ。
仮説として
こちらのことを完全に忘れ一般人として過ごしている。
スヒェナの外出に監視が付いたのならレチェットも監視付きで動けない。
他に移動中のため道具又はポストがない。
なんにせよ、思い浮かぶ仮定内でこちらが救出しようとするのはかなり不利だ。
向こうにその意思がない、向こうの防衛が硬すぎる場合はこちらは接触すら難しい。
たとえ接触したとしても覚えていないならついては来ないだろう。
一般人として宗教にのめり込んでいるならここから逃げ出す可能性だって否定は出来ない。
「今一番高い可能性は?……何」
「お前が怖い」




